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第二章 間違いが、正解を教えてくれる。

こうして僕らはスマホ交換した。

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 まさか銀田に子供の頃から文才があったとは……。

 俺は、自分の容姿をクラスメイトにからかわれていることに頭がいっぱいで、他人の賞になんか、これっぽっちも興味がなかったからなぁ。

「そんで、試しにコイツに、マミリンとの夢小説書かせてみたら、これがまぁー予想外に良作だったから、才能あんなぁと思って」

「…………夢……小説」

 知ってるよ、あれだろ? アニメキャラと夢主(主に読み手)との妄想小説のことだろ?

 ってか、金太真琴先生の処女作、夢小説だったのか……。しかも俺との(自主規制)。

「それで、せっかくだから、どうにかコイツにラノベ書かせらんねーかなぁーって、マミリンを自キャラに落とし込む方法とか教えながら書かせたら、それがまさかの……」

「……新人賞受賞」

「そうそう。こっからは、俺よりマミリンのが詳しいかもな」

「…………あの、」

 俺には、どうしても確認しておかねばならないことがあった。

「うん?」

「……俺が、宮内杏だとして……『ボク恋』での銀田のキャラって誰なの?」

「いやー、それは……分かるデショ?」

 …………まっ……まさか!?

「「銀乃昇ぎんのしょう」」

 たろさんと、俺で、ハモった。

「んなっ!? んじゃ、コイツの書いてる夢小説、先生と生徒の禁断ラブじゃねーか!」

「あ、それは大丈夫。同人誌は、大人になったマミリンの設定だから」

「大人になったマミリンてなんじゃい!?」


 いやー……マジで? えっと、ちょっとだけ整理していい?? えっとぉ、俺の推し先生が俺の推しでぇー、俺が俺の推しの夢主でぇー、俺のトラウマ同級生が俺の推し先生でぇー、俺のハヂメテの相手がぁー、推しでぇー? ん? 合ってる??

「……たろさん、ちょっと……頭爆発しそうなんで……帰って寝たいです……」

「そうだよなぁー、ヨシ! ほら、お前は早く車の手配しとけよ」

 たろさんに背中をバンバン叩かれて、飛び上がるように銀田が、どこかに電話を掛け始めた。

「……あと、たろさん」

 俺は、やっとの思いで、銀田と部屋を出ようとしている、たろさんを呼び止めた。

「ん? どした??」

「……お願い、してもいい?」

 俺が、そう呟くと、たろさんは、ドアのノブから手を離し、ゆっくりと俺の横たわるソファーまで戻ってくると、しゃがみ込んで俺の手を握った。

「うん、なぁに??」

「……あの、俺のスマホ……預かっておいて欲しい」

「…………いいけど」

 たろさんは、それ以上は何も言わなかった。

「あ、じゃあ、俺のとしばらく交換しておこっか?」

「……いーの?」

「もちろん。でもね、マミリン、これだけは忘れないで欲しいんだけど、」

 たろさんは、俺を握る手に、ぎゅっと力を込めた。

「マミリン、誰だって、間違えるんだよ」

「…………」

「俺にしたってそうだし、銀田なんか、あいつ、いつも間違えしか起こさないしな」

 そう言いながら「ハハハ」と笑っている。

「間違えないヤツなんて、この世に一人もいないよ」

「……うん」

「でもね、マミリン、1つだけ絶対に間違えちゃいけないこともあるよ」

「……?」

「自分の気持ちだよ」

「…………」

 俺は、返事の代わりに小さく笑ってみせた。

 そうして、俺は、未だに怖くてひらけない自分のスマホを、たろさんにたくした。

 いや、それにしたってさ……ちょっと、かなり……良い男すぎんだろ……。

 あれ? 俺と、たろさんって、確か恋敵でしたよね? ちょっと、確認したくなっちゃうよ。

 こんな、自分の恋のライバルを蹴落とせる絶好のチャンスなのに、何はげましちゃってくれてんだ、あの人。お母さんかよ、母性のかたまりか?

 でも、たろさんは慰めてくれたけど、俺は当分スマホを返してもらうつもりは無かった。

 もし、本当に、そんな日が来たのなら、それは俺が完全に山田への気持ちを整理できたとき、そのときだけだ。

 もし、この気持ちに終止符が打てる日が来たのなら、そのときには、山田に電話を掛けようと思う。

 まぁ、そんな日、来るはずないけども……。

 俺はきっと、ジメジメと一生この情けない気持ちと悲しい思い出を引きずりながら、一人寂しく生きていくのだろう。


 そんな、ネガティブなことばかり、考えていたせいだろうか。

 俺は、その日、銀田のタワマンに帰ってきて間もなく、熱を出してしまった。

 銀田の慌てようは、そりゃあ笑えてしまうほどで、スポーツドリンクを慌てて買いに走ったり、みかんの缶詰とかいろいろ買ってきてくれたけど、俺は全く食欲が無かった。

 子供のとき以来とでもいうような高熱は、上がったり下がったりを繰り返しながら、その後、数日続いて、何度も銀田に病院に行くよう説得されたが、俺には、そんなことよりも、ただ、熱にうなされながらでも、ずっと眠っていたかった。

 咳も頭痛もなく、ただバカみたいに熱だけが出る、子供の知恵熱みたいな風邪だった。

 そして、悔しいことに、俺は、銀田が俺に無断で取った職場の1週間の有給をきっちり全て使い切った頃に、ようやく回復したのだった。

 悔しいとは言っても、銀田がその1週間、俺のそばを片時も離れずに、何日か寝ずの看病をしてくれたことを、俺は知っている。

 そして、俺には、目の前で必死になって看病をしてくれている、この男が、自分の尊敬する推し作家であるという事実が、この高熱の火種の1つであるということも、もちろん分かっていた。

 この熱さえ下がってしまえば、銀田への、よく分からない、この感情も、下半身のうずきも、全部一緒に消えてしまうだろうと思っていた。

 全ては、風邪のせいで。熱が下がれば、俺は元の俺に戻っているはずだ。

 また、毎朝、ぎゅうぎゅうの満員電車で通勤し、冴えない安いスーツに身を包んで、ペコペコと営業スマイルで頭を下げまくるのだ。

 苦手な威圧的な上司の機嫌を取りつつ、当たり障りのない適度な距離感で事務の女の子たちに笑顔をふりまく。

 それでも、俺は、この広告代理店の仕事が好きだ。

 そして、この熱も、うずきも、失恋も、全てを仕事にぶつけてしまえばいい。

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