完結⭐︎キツネの嫁入り

66

文字の大きさ
上 下
9 / 46

9

しおりを挟む
「三宜、覚えてる?ここで初めて会話したよね?」

清順の屈託ない笑顔に三宜も警戒心を緩めて頷く

会って話をしているのが外で、これだけ人がいるのならば問題はない

それよりも、清順が自分を覚えてくれていて嬉しい

「はい、覚えています。清順様はまだ少年でしたね」

「良かった。約束も覚えてる?」

清順の大きな手が三宜の手を取り、俄かに日出達に緊張が走ったのがわかる

噂にでもなったら、身の破滅だ

あの皇帝は醜聞など許さないだろう。皇子である清順はともかく、噂になった時点で三宜はあっさり殺されるだろう

覗き込んでくる輝いているような、ぬばたまの瞳が恐ろしい

「約束?その、俺も小さかったので…清順様とお約束があったでしょうか…」

清順に触れられている部分が火傷をしそうなくらい熱い。声も震えている。

〝僕のものだよ”

あの日の清順の声が蘇ってくる

そんな訳がない。自分なんて欲しがってくれるわけがない。

火で炙られているような離れ難い感触は、あっさりと次の瞬間には離れていく

残念に思ってはいけないのに三宜は手を握り唇を噛んだ

「…………蕭家の武芸の話だったね」

次の瞬間の清順のあまりの雰囲気に三宜は顔を上げられなかった

激しい怒りのような悲しみのような、先程までの朗らかな声と打って変わった硬い声色に緊張が走る

嫌われてしまっただろうか?

萎縮する気持ちと胸がぎゅうと締め付けられるように苦しい

「あ……、俺は…その、武芸とか…よく解らなくて…」

涙が溢れそうで、その場から逃げ出してしまいたい気持ちに駆られる

上手く答えられない自分が嫌になり、もじもじと衣装の袂を掴む

「そう…?そっか…なら時間取らせて悪かったね、ありがとう」

誰もが清順の存在に狂うのだろう、完璧な彼からの返事は冷たいものだった

返ってきた気怠げな清順の言葉に、三宜の気持ちは奈落にまで落ちていくようだった

じんわりと涙まで滲んでくる

どうしてもっと上手く振る舞えないのだろう

「あ、あ…申し訳なかったです。それでは……」

涙を見られないように俯いたまま三宜は、その場を後にする

気分は最悪だった。清順に嫌われてしまったに違いない

初めて会った時から、清順に惹かれている

それなのに上手く返答も出来ずに、嫌われてしまった

暫く歩くと、日出が追いついてきて、輿に乗るように促してきたので日出にしがみついて泣きじゃくりながら輿に乗る

「三宜様、良かったんですよ。皇帝の後継の清順様と噂になるだけでも考えるだに恐ろしい。あら?この匂い……?」

背中を撫でてくれる日出に甘えるように涙も拭いてもらう

長年一緒にいる日出には、いつにない振る舞いから三宜の気持ちはとっくにバレてしまっているだろう

「そうだね、関わっていい相手じゃないよね……」

日出は難しい顔をしたまま、眉間に皺を寄せている。しかし三宜が再び泣き出したので言いかけた言葉を飲み込んだようだった

間違いなく清順は三宜の初恋だったのだ

その初恋の人から嫌われたかもしれない

惹かれてはいけない相手だが堪らなく魅惑的な清順が三宜は欲しかった

それでも彼を愛してはいけない

この気持ちに正直になれば、どんな事が起こるのか考えたくもない

「疲れた…、早く帰って休みたい…」

日出に呟いたが、日出は首を振った

「噂にならぬよう、広場に戻らなければ。歓談が短く済んだとわかれば、妙な事にならないでしょう。しかし、泣き顔はまずいかも知れませんね…冷やしましょう」

ぎゅうと日出の袂を掴むと、幼い頃のように頭を撫でてくれる

「三宜様、ここは宮廷です。誰にも心を許してはいけませんし、挙動に気をつけないと」

ぽんぽんと背中を叩いてくれる日出に頷く

そうだ、たまたま今回は脚を引っ張られるのは考えにくいにしても、外に出たら落ち度や誰かに責めさせる材料を与えてはならない

「ごめんね、ちゃんとするから……日出、俺、ちゃんと上手くできるかな…」

「大丈夫ですよ!私たちの三宜様はいつもちゃんと上手くできています。心配しないで」

力強い日出の言葉に頷く

そのまま広場に帰ると、松末が心配そうに寄ってくる
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った

冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。 「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。 ※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...