完結⭐︎キツネの嫁入り

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嬰林や松末が眉を顰めて、袂で口元を覆うのが見えた

まるで猿の干物のような、この男に嫁がねばならない悲壮はこちらまでに伝わってくるようだった

特に嬰林は女性ではあるが、アルファ性なので不服だろう

こちらが心配になるくらい嫌悪感を露わにしていた

しかし腹の底から恐ろしい、この松脂のような異臭とうっとりするような甘い匂いと臭いはなんなんだろうか

「選定の儀は明日から執り行われる。五家の子息達なので心配はいらないだろうが、どうした?月家の嬰林よ。浮かぬ顔だが。まさか朕に嫁ぐのが嫌なのか?」

よく通る声で名指しされた嬰林はビクリと体を強張らせ、曖昧な笑みを浮かべる

本当に猿の干物みたいで、皇帝の表情は読めないがニタリと笑うと、ねっとりとした緑の粘液が口端に付着しており黄色いよく尖った犬歯が見えて三宜は心の中で悲鳴をあげる

怖気と共に嬰林をちょっといいなと思ってしまった。皇帝に咎められたら選定の儀に選ばれにくくなるだろうなと思ったからだ

「其方、朕を愚弄する気か?」

短く、でもはっきりと放たれた言葉に、三宜だけではなく松末や葵、胡桃は息を飲んだ

何故ならば解りやすくアルファの怒気に触れたからである

格上のアルファからの威圧だからか嬰林も解りやすく慌てていたが、やはりアルファの機微に敏感なオメガよりは余裕があるように見える

葵は後ろにバタンと後ろに倒れ、胡桃はへなへなと腰が抜けたように、その場に座り込み、松末ですら冷や汗を浮かべて椅子に凭れかかる

三宜も立っているのが、やっとなくらい恐ろしい

アルファ性でも、こんな強烈な威圧をしてくる人はまずいない

確かに嬰林は始終嫌そうにしていたが、それは三宜達も同じである

侍従達も平伏し、震え上がっている

「生意気な子娘め、こやつの四肢を捥いで生きたまま厠に放り込め」

よく響く低い声で、卑しく笑いながら皇帝はそう通達した

三宜は何が起こっているのか理解できないくらい、血が凍るほど全身が冷たくなっていく

「あ……嬰林様は、月家のご令嬢でございます、陛下、なにとぞ…!」

この中で動けるのはベータ性くらいだろう

あまりの怖さにオメガである三宜達は動けない

それはアルファ性である嬰林も同じだろう。固まっている嬰林の前に月家の侍女たちがひれ伏す

嬰林が皇帝の命じるまま極刑になれば、この侍女たちも家に帰れば殺されるだろうから必死だ

「主人想いの侍従達よな、そうだな……お前ら、主人を助けて欲しいか?」

猿の干物がニタリニタリと笑う

侍女たちは、一縷の望みに僅かに顔色が明るくなるのが見えた

「主人想いのお前達には…そうだな、主人と同じにしてやろう。連れていけ」

右手で振り払うように、枯れた骨のような手が上がると、控えていた皇帝の侍従達が嬰林の両腕をつかみ、引き摺り出そうとする

「ひっ…!無礼なっ!私に、私にこんな事をして父が黙っていると思いますか!?触るな!無礼者っ!!」

月家は軍隊を持っているのに、こうも躊躇いがないと今後の自分達の扱いは想像にあまるものがあった

叫び、赤い衣装の袖を翻しながら、嬰林がヒステリックに泣き叫ぶが、皇帝の侍従達は泣き叫ぶ嬰林の侍女たちまで連れて行こうとする

多分、このまま連れていかれれば、皇帝の言う通りになるだろう

三宜は泣きながら、静かに手を上げた

脚はがくがくに震えている

あまりの恐ろしさに、おしっこもちびりそうだ

「あ…あの、陛下、おれ…わたし、蕭家の三宜が発言しても宜しいでしょうか?」

上げた手すら震えて、前も涙で見えない

「許す、何だ?」

皇帝は興が削がれたように、ニタリと笑った顔を止め、つまらなそうな顔で三宜に手を振る

「ありがとうございます。き、今日は、我々が選定の儀に選んで頂きありがとうございます。本日は五家から…その、嫁入りが決まる最初の日、誰が選ばれてもめでたき日にしとうございます。この門出、血で汚さないというわけには、い、いられませんや?」

拙くも辿々しい三宜の言葉が意外だったのか皇帝は一瞬きょとんとした後、哄笑した

「かかかか!花嫁はロマンチストか。良い、良い、確かに門出となるのに、妙な穢れは嫌なものだのう…」

皇帝の赤黒い顔が醜く歪む

侍従達も成り行きを見守る事にしたのか、嬰林をひきずるのを止めていた

「あい、解った。可愛い三宜の為だ…」

なにか聞き捨てならない言葉が聞こえて、三宜の全身に怖気が走る

か、可愛い?

聞き違いかと思ったが隣の泣いていた松末の目が大きく見開かれていて、怖い。聞き違いではないと知る
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