4 / 46
4
しおりを挟む嬰林や松末が眉を顰めて、袂で口元を覆うのが見えた
まるで猿の干物のような、この男に嫁がねばならない悲壮はこちらまでに伝わってくるようだった
特に嬰林は女性ではあるが、アルファ性なので不服だろう
こちらが心配になるくらい嫌悪感を露わにしていた
しかし腹の底から恐ろしい、この松脂のような異臭とうっとりするような甘い匂いと臭いはなんなんだろうか
「選定の儀は明日から執り行われる。五家の子息達なので心配はいらないだろうが、どうした?月家の嬰林よ。浮かぬ顔だが。まさか朕に嫁ぐのが嫌なのか?」
よく通る声で名指しされた嬰林はビクリと体を強張らせ、曖昧な笑みを浮かべる
本当に猿の干物みたいで、皇帝の表情は読めないがニタリと笑うと、ねっとりとした緑の粘液が口端に付着しており黄色いよく尖った犬歯が見えて三宜は心の中で悲鳴をあげる
怖気と共に嬰林をちょっといいなと思ってしまった。皇帝に咎められたら選定の儀に選ばれにくくなるだろうなと思ったからだ
「其方、朕を愚弄する気か?」
短く、でもはっきりと放たれた言葉に、三宜だけではなく松末や葵、胡桃は息を飲んだ
何故ならば解りやすくアルファの怒気に触れたからである
格上のアルファからの威圧だからか嬰林も解りやすく慌てていたが、やはりアルファの機微に敏感なオメガよりは余裕があるように見える
葵は後ろにバタンと後ろに倒れ、胡桃はへなへなと腰が抜けたように、その場に座り込み、松末ですら冷や汗を浮かべて椅子に凭れかかる
三宜も立っているのが、やっとなくらい恐ろしい
アルファ性でも、こんな強烈な威圧をしてくる人はまずいない
確かに嬰林は始終嫌そうにしていたが、それは三宜達も同じである
侍従達も平伏し、震え上がっている
「生意気な子娘め、こやつの四肢を捥いで生きたまま厠に放り込め」
よく響く低い声で、卑しく笑いながら皇帝はそう通達した
三宜は何が起こっているのか理解できないくらい、血が凍るほど全身が冷たくなっていく
「あ……嬰林様は、月家のご令嬢でございます、陛下、なにとぞ…!」
この中で動けるのはベータ性くらいだろう
あまりの怖さにオメガである三宜達は動けない
それはアルファ性である嬰林も同じだろう。固まっている嬰林の前に月家の侍女たちがひれ伏す
嬰林が皇帝の命じるまま極刑になれば、この侍女たちも家に帰れば殺されるだろうから必死だ
「主人想いの侍従達よな、そうだな……お前ら、主人を助けて欲しいか?」
猿の干物がニタリニタリと笑う
侍女たちは、一縷の望みに僅かに顔色が明るくなるのが見えた
「主人想いのお前達には…そうだな、主人と同じにしてやろう。連れていけ」
右手で振り払うように、枯れた骨のような手が上がると、控えていた皇帝の侍従達が嬰林の両腕をつかみ、引き摺り出そうとする
「ひっ…!無礼なっ!私に、私にこんな事をして父が黙っていると思いますか!?触るな!無礼者っ!!」
月家は軍隊を持っているのに、こうも躊躇いがないと今後の自分達の扱いは想像にあまるものがあった
叫び、赤い衣装の袖を翻しながら、嬰林がヒステリックに泣き叫ぶが、皇帝の侍従達は泣き叫ぶ嬰林の侍女たちまで連れて行こうとする
多分、このまま連れていかれれば、皇帝の言う通りになるだろう
三宜は泣きながら、静かに手を上げた
脚はがくがくに震えている
あまりの恐ろしさに、おしっこもちびりそうだ
「あ…あの、陛下、おれ…わたし、蕭家の三宜が発言しても宜しいでしょうか?」
上げた手すら震えて、前も涙で見えない
「許す、何だ?」
皇帝は興が削がれたように、ニタリと笑った顔を止め、つまらなそうな顔で三宜に手を振る
「ありがとうございます。き、今日は、我々が選定の儀に選んで頂きありがとうございます。本日は五家から…その、嫁入りが決まる最初の日、誰が選ばれてもめでたき日にしとうございます。この門出、血で汚さないというわけには、い、いられませんや?」
拙くも辿々しい三宜の言葉が意外だったのか皇帝は一瞬きょとんとした後、哄笑した
「かかかか!花嫁はロマンチストか。良い、良い、確かに門出となるのに、妙な穢れは嫌なものだのう…」
皇帝の赤黒い顔が醜く歪む
侍従達も成り行きを見守る事にしたのか、嬰林をひきずるのを止めていた
「あい、解った。可愛い三宜の為だ…」
なにか聞き捨てならない言葉が聞こえて、三宜の全身に怖気が走る
か、可愛い?
聞き違いかと思ったが隣の泣いていた松末の目が大きく見開かれていて、怖い。聞き違いではないと知る
245
お気に入りに追加
432
あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる