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しおりを挟むその甘酸っぱい初恋も記憶と共に遠くなり、恋心はそのまま今まできてしまった
いつか自分は兄達のように政略結婚をする事は頭ではわかっていた
頭の奥で、恋に落ちた、あの日の少年の声が遠く聴こえるようだ
三宜は下唇を噛んだ
いくら政略結婚とはいえ70歳過ぎの皇帝に嫁ぐなんてあんまりではないだろうか?
皇帝には、もう跡取りもおり後宮は女やオメガ達でいっぱいだときく
もういらないだろう!
三宜の言葉に父親は深くため息を吐く
「五家はともかく、お前は指名されているから逃げられないぞ」
「何故!?指名されてるの!?怖い!!父上!今更、子を嫁がせなくても!!」
末っ子の特権をフルに使い上目遣いでしがみつくも、父親はにべもなく首を振る
「もう支度金貰ったし、盛大に送り出してやるから」
ぽんぽんと肩を叩かれて三宜は咽び泣いた
「絶対、絶対ぶち壊してやるからなっ!!」
「まあ……選ばれてもないからなあ…」
三宜はバッと顔を上げた。父親も白けた顔をしていて三宜が選ばれると露とも思ってないようだった
そ、そうだよな。選ばれるわけない。
どう見ても三宜はオメガとしては中の下、よくて中の中
自分で言ってて悲しくなるが、選ばれないならば、それに越した事はない
それに選定の儀に選ばれただけで、まだ輿入れするとも決まっていない
選定の儀とは皇帝の花嫁を選ぶために各高官の家から何人か選定され、それに合格すれば花嫁になれる
これには賄賂や各家の策謀もあるので、いくら皇帝が高齢といえども輿入れしたい家は幾らでもあるのだ
つまり、ちゃんとしていても選ばれる可能性は低い
しかし、あからさまに選ばれない気まんまんでいくのでは不敬に当たる
不敬罪に問われれば三宜だけなら兎も角、家族まで巻き込む事態になるだろう
「準備はちゃんとしておかないと」
三宜は嫁入り道具だと準備された白い着物を摘み上げながら心に決めた
絶対にこの話、ぶち壊してやる。とーー
実際に選定の儀は五家からそれぞれ出され、当日は五家から出る輿入れの宮廷までの一行は朝から夜まで続き、豪華絢爛、この世の贅を全てつぎ込んだような華やかなものとなった
五家とは、皆一様に政界に重鎮を置く。つまり、皇室に人質を出せということだ
右大臣、軍官 蕭家より三宜(Ω、男)
左大臣、文官 眞津家より松末(Ω、男)
将校、軍官 月家より嬰林(α、女)
政務官、文官 華家より胡桃(Ω、女)
政務官、文官 五十鈴家より葵(Ω、女)
五家より出た選定の儀は今後、女官並びに後宮に入る妃達とは別に一ヶ月間執り行われる
つまり、この五家から選定の儀が行われるのは先年、逝去した皇后の代わり、国母になる為の選定なのである
しかし皇帝は70歳に対し選定の儀に選ばれた五家はまだ10代の者もいる
これは後継がすでに決まっている先皇后の第三子、清順との後世の諍いを避けるため、まだ後宮の権力を握っていない若い皇后を据えるためでもあるだろう
つまり飼い殺しが決定している嫁入りなのだ
なので、五家の子息達は揃って顔色は暗い
真っ赤に派手に飾り立てて花を撒かせている月家の嬰林ですら、輿の中で片膝を立てて、虚な表情でぼんやりと市中を眺めている
実は月家の嬰林といえば、熱心に蕭家に通ってきてくれて、三宜を嫁にもらいたいと言ってきていたアルファ性の女性である
三宜もいつまでも叶わぬ恋を夢見ていてはと、満更ではなく、少しずつ嬰林と打ち解けてきており何より嬰林は美人であることから悪くない話だと思っていた
しかし、三宜が返事を出す前に皇帝の選定の儀に選ばれたので話は流れてしまった
蕭家は真っ白な花を撒き、三宜も真っ白な鶴と蟹の見事な刺繍が入った着物を着せられていた
髪も片方が飾り紐と共に結い上げられ、いらないと言ったのだが侍女たちに唇に朱を引かれた
初恋の人と出会った場所に婚姻の姿で向かっているのに、親子よりも更に歳が違う男に嫁がねばならないとは
嫁ぐかどうかは決まってもないんだけれども
一日輿に揺られながら考えていると、いつの間にか輿は宮中に到着したようである
侍従に手をかしてもらいながら輿を降りると、三宜は伸びをする
豪華絢爛な宮中は侍女たちが走り回り、祭りのように騒ぎごったがえしていたが心は暗くなる一方だ
案内された宮廷の広間では五家の胡桃、松末、葵、嬰林はすでに到着しており上座の三宜が到着して着席すると同席の松末以外の人達が座る
これで選定の儀が行われる五家の面々が揃ったのである
三宜の隣に座る眞津家の銀色の髪を花で結え、緑色の見事な孔雀の羽が入った華奢な身体の線にピタリと沿ったオメガらしい男は松末で、赤い衣装の黒髪が豊かな美人が月家の嬰林、青い氷のような衣装の目元に朱が入った小さな細身の女性が五十鈴家の葵、ほわほわとした淡い桜色の可愛らしい女性が華家の胡桃
四者は容姿にも秀でており、教養も豊かだという
ちょっと自分は選ばれそうになくて三宜は安堵する
しかし五家の面々を見渡して皆一様に、この婚儀に乗り気でないとわかるくらい暗い
つまり今から始まるのは、お互いの蹴落とし合いや足の引っ張り合いではない
どれだけ上手く此処から脱落するか
脱落できなければ、即ち皇后になることだが
皇后の権力は魅惑的だろうが、なんせ皇帝は御高齢なのだ
あまりに短期間で権力を失いかねない
儚くも短い権力を取るか安寧を取るか
そもそも五家の子息である時点で高官か皇族に嫁ぐ事は決まっているのだから、やはり上手く脱落することこそ安寧なのだ
「……三宜」
切なそうな、消え入りそうな泣きそうな声で嬰林に呼ばれた気がした、その時に鋭い鐘の音が鳴る
華やかに紫色と金色の扇を舞わせ、香が焚かれ雅楽が盛大に奏でられる
圧倒的なアルファ達の匂いと共に現れたのは侍従を引連れて真っ赤な衣装を身に纏い威厳と高圧的なアルファの頂上、皇帝だった
皆平伏し、三宜も頭を下げたままでも解る。空気までピリついているのが
音楽が止み、こめかみに汗が流れる
低く腹の底までビリビリくる声が宮廷に響く
「顔を上げよ」
威圧感に怯えながら、そろりと顔を上げる
こんなにも怖い匂い初めてだった
真っ直ぐ真ん中の紅い立派な玉座に座っているのは、目は落ち窪み顔は深い皺が刻まれ、枯れ木のような衣装だけは豪奢なアルファ男性だった
本当にこの老人から匂いが発せられ、声を出しているのだろうか?
そう疑問を抱くほど、皇帝は70歳にしてはあまりにも老人で、肌も赤黒い
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