金木犀

金木犀

仕事で小さい頃住んでいた街に来た。

父と母は喧嘩が絶えず、
両親が離婚するまでいた街だ。
正直あまりいい思い出がない。

急に先方との約束がキャンセルになり、
時間が余ってしまった。
どうしようかと思っていたら、
金木犀(キンモクセイ)のいい香りが
鼻を掠めた(かすめた)

そういえば…隣の家に金木犀が
植わっていたことを思い出し、
ふと、住んでいた家を見たくなった。

しかし、街の開発が進み、
昔の面影を追うのは大変だった。

よく遊びに来た公園も
通っていた小学校も変わりなくある。
けれど、だいぶ昔と変わっていた。
あまりいい思い出なんてないのに、
なぜだか寂しさを感じていた。

もう…家の隣の金木犀もないかもしれない。
このどこからか香ってくるのは
違う金木犀かもしれない。
けれど、香りを頼りに記憶をたどった。

香りが強くなり、近いのかと
キョロキョロしていると
急にドンッと足元に何かがぶつかってきた。
「あっ…！」

一瞬言葉を失った。
昔にタイムスリップしたかと思った…

あまりいい思い出がないこの街で
唯一の大切な記憶

「すみません！！大丈夫ですか？！
もう！アイったら！
ちゃんとごめんなさいしたの？！」

僕は何も言わず会釈し、
踵をかえし歩き出そうとした

一目見てすぐにわかった。
そうか…もうママになったんだね

いい思い出がないこの街で
唯一忘れたくない記憶。
隣の家のあの子。

「もしかして…こうく…ん？」

金木犀は僕の初恋の香りだ…