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モーリスの家に到着したトーマスは、彼の父親であるアンソニーと向き合って腰かけていた。
テーブルに用意された紅茶は十分に温かく、思わず手を伸ばしたくなるような良い香りが漂っている。
しかし二人は手どころか、眉一つ動かさず、しばらく無言のまま見つめあっていた。
が、ようやく動いたのはアンソニーの方だった。
「今回は息子がとんでもないことをしでかしてしまって……。
本当に申し訳ございません」
「いや……」
とトーマスは言いかけたが、言いかけた言葉を飲み込むと
「そうですね。今回ばかりは私も、簡単に許すとは言うことができません。
私はモーリスが気に入っていました。
きっとシェリナの良い夫になるだろうと期待していました。
だからこそ、残念でなりません」
「……残念だというのは、私の方も同じ気持ちです。
特に妻は、シェリナ嬢のことを本当の娘のように大切に思っていたので……ショックが大きかったようです」
アンソニーは深く息を吐き出してから、まっすぐトーマスを見つめた。
「今更何を言っても、言い訳にしかなりません。
そして、言い訳のしようもないことを息子はしたのです。
シェリナ嬢を悲しませたこともそうですが、ブライス伯爵家を裏切ったことも……何をしても償いきれません。
それでも、金銭で少しは償わせていただくしかないと思っています」
「……そうですな」
トーマスは道中、怒りが収まらないあまり、アンソニーに浴びせかけようと、山ほどの罵倒の言葉を心の内で呟いていた。
しかし、いざ彼を目の前にすると、自然と怒りが解けてくのに、自分でも気が付いていた。
今でもモーリスは憎い。
もちろん、その親であるアンソニーも同じことだ。
それでも、アンソニーがあまりに憔悴しきった顔をしているものだから、この上、罵詈雑言を浴びせる気など、起こらなくなってしまったのだった。
結局、信じていた息子に裏切られた、という点では、アンソニーにも同情の余地はあるのかもしれない。
この状況を作り出したモーリスには、同情の気持など微塵も沸いてはこないけれど。
そんなことを考えながら、土気色の顔をしたアンソニーを眺めていたのだったが、不意に彼が口を開いた。
「息子の処分については……私どもの方で、決めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、構いません。
モーリスにはこれ以上関わりたくないですし。
それに、今後は彼ももう社交界に顔出しできなくなるでしょうしね。
それだけでも、彼にとっては……あなたにとっても痛手でしょう」
アンソニーは何も言わずに弱弱しく微笑んだ。
そして、かすれた声で言った。
「それから……最後に、一つだけお願いがあるのですが」
「なんでしょうか」
「……これだけのことをして、シェリナ嬢を傷つけてしまったことを、本当に申し訳なく思っているのです。
だからこそ……最後に、娘さんに直接謝罪をさせていただけないでしょうか」
「それは……」
トーマスが言葉に詰まったのを見て、アンソニーは慌てて
「モーリスは行かせません!
ただ、私が……シェリナ嬢にお会いできないかと……」
「そうですか……」
トーマスは、どうやって断ろうかと言葉を探した。
これ以上シェリナを、モーリスの関係者に会わせたくなどなかったのだ。
しかし
「お願いします……」
アンソニーが必死に頭を下げるのを見ると、気持ちが揺らいだ。
その上、シェリナが、モーリスの両親のことを気にかけていたことも思い出したのである。
深く息を吐き出したあと、トーマスは渋々口を開いた。
「……分かりました」
テーブルに用意された紅茶は十分に温かく、思わず手を伸ばしたくなるような良い香りが漂っている。
しかし二人は手どころか、眉一つ動かさず、しばらく無言のまま見つめあっていた。
が、ようやく動いたのはアンソニーの方だった。
「今回は息子がとんでもないことをしでかしてしまって……。
本当に申し訳ございません」
「いや……」
とトーマスは言いかけたが、言いかけた言葉を飲み込むと
「そうですね。今回ばかりは私も、簡単に許すとは言うことができません。
私はモーリスが気に入っていました。
きっとシェリナの良い夫になるだろうと期待していました。
だからこそ、残念でなりません」
「……残念だというのは、私の方も同じ気持ちです。
特に妻は、シェリナ嬢のことを本当の娘のように大切に思っていたので……ショックが大きかったようです」
アンソニーは深く息を吐き出してから、まっすぐトーマスを見つめた。
「今更何を言っても、言い訳にしかなりません。
そして、言い訳のしようもないことを息子はしたのです。
シェリナ嬢を悲しませたこともそうですが、ブライス伯爵家を裏切ったことも……何をしても償いきれません。
それでも、金銭で少しは償わせていただくしかないと思っています」
「……そうですな」
トーマスは道中、怒りが収まらないあまり、アンソニーに浴びせかけようと、山ほどの罵倒の言葉を心の内で呟いていた。
しかし、いざ彼を目の前にすると、自然と怒りが解けてくのに、自分でも気が付いていた。
今でもモーリスは憎い。
もちろん、その親であるアンソニーも同じことだ。
それでも、アンソニーがあまりに憔悴しきった顔をしているものだから、この上、罵詈雑言を浴びせる気など、起こらなくなってしまったのだった。
結局、信じていた息子に裏切られた、という点では、アンソニーにも同情の余地はあるのかもしれない。
この状況を作り出したモーリスには、同情の気持など微塵も沸いてはこないけれど。
そんなことを考えながら、土気色の顔をしたアンソニーを眺めていたのだったが、不意に彼が口を開いた。
「息子の処分については……私どもの方で、決めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、構いません。
モーリスにはこれ以上関わりたくないですし。
それに、今後は彼ももう社交界に顔出しできなくなるでしょうしね。
それだけでも、彼にとっては……あなたにとっても痛手でしょう」
アンソニーは何も言わずに弱弱しく微笑んだ。
そして、かすれた声で言った。
「それから……最後に、一つだけお願いがあるのですが」
「なんでしょうか」
「……これだけのことをして、シェリナ嬢を傷つけてしまったことを、本当に申し訳なく思っているのです。
だからこそ……最後に、娘さんに直接謝罪をさせていただけないでしょうか」
「それは……」
トーマスが言葉に詰まったのを見て、アンソニーは慌てて
「モーリスは行かせません!
ただ、私が……シェリナ嬢にお会いできないかと……」
「そうですか……」
トーマスは、どうやって断ろうかと言葉を探した。
これ以上シェリナを、モーリスの関係者に会わせたくなどなかったのだ。
しかし
「お願いします……」
アンソニーが必死に頭を下げるのを見ると、気持ちが揺らいだ。
その上、シェリナが、モーリスの両親のことを気にかけていたことも思い出したのである。
深く息を吐き出したあと、トーマスは渋々口を開いた。
「……分かりました」
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