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煌びやかなロウソクの明かりの下で、色とりどりのドレスが音楽に合わせて翻る。
どの男女も目一杯着飾り、互いに意味深な視線を交わし合っている。
その中でも特に注目を集めている男女がいた。
シェリナ・ブライス伯爵令嬢とウォーレン・トルストイ公爵令息である。
というよりも、この場にいる娘たちの目は自分ではなく、全てウォーレンに向けられていることを、シェリナは知っていた。
そしてその相手である自分には、妬みの目が向けられていることも。
涼やかなブルーの瞳に、そこらの女性よりも余程艶のある黄金の髪。
それだけで、漆黒の瞳と髪を持つ自分なんかよりも目立っているというのに、すらりとした長身が、人目を引かぬはずがない。
しかし女性なら誰もが憧れる男性とダンスをしているというのに、シェリナは一刻も早く音楽が止まることだけを祈っていた。
あー、早く終わって!
と心の中で叫びながらも、儀礼的な笑顔を貼り付けて、足を動かし続ける。
彼の腕に背中を預けてクルリと回る、ほんの一瞬、シェリナはウォーレンの肩越しに、壁際に立つ男性の姿を探した。
そして思った通り、グラスを片手に、じっとこちらを見つめているモーリス・アクランド侯爵令息と目が合った。
ちょっとグラスを上げて見せるモーリスに、小さく微笑みかける。
この小さな目配せのおかげで、シェリナはあと少しで終わるダンスに耐える元気が貰えた気分になった。
このモーリスこそが、シェリナの婚約者である。
婚約者とは言っても、もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚だ。
何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。
けれども、それは初めだけ。
同じ歳の2人は、初めて出会った10歳の夏、一目で恋に落ちた。
モーリスの切れ長の目も、日に焼けた肌も、額に張り付いた黒髪も、全てが眩しくて、思わず目を細めてしまったのを覚えている。
「君みたいな可愛い子が婚約者で良かった」
そう言われて、耳まで真っ赤になったシェリナの手を取って、彼は続けた。
「17歳になったら、結婚して下さい」
契約結婚だというのに、わざわざそう言ってくれたのが嬉しくて、涙が出そうになってしまう。
「指輪はその時に渡すから、待っていて下さい。
今日は代わりに、これを……」
と囁かれ、差し出されたのは髪飾りだった。
繊細な花がいくつも並んだ金細工の髪飾りを、モーリスはシェリナの髪にそっと挿して、微笑んだ。
あの時のことは、死ぬまで忘れないだろう。
どの男女も目一杯着飾り、互いに意味深な視線を交わし合っている。
その中でも特に注目を集めている男女がいた。
シェリナ・ブライス伯爵令嬢とウォーレン・トルストイ公爵令息である。
というよりも、この場にいる娘たちの目は自分ではなく、全てウォーレンに向けられていることを、シェリナは知っていた。
そしてその相手である自分には、妬みの目が向けられていることも。
涼やかなブルーの瞳に、そこらの女性よりも余程艶のある黄金の髪。
それだけで、漆黒の瞳と髪を持つ自分なんかよりも目立っているというのに、すらりとした長身が、人目を引かぬはずがない。
しかし女性なら誰もが憧れる男性とダンスをしているというのに、シェリナは一刻も早く音楽が止まることだけを祈っていた。
あー、早く終わって!
と心の中で叫びながらも、儀礼的な笑顔を貼り付けて、足を動かし続ける。
彼の腕に背中を預けてクルリと回る、ほんの一瞬、シェリナはウォーレンの肩越しに、壁際に立つ男性の姿を探した。
そして思った通り、グラスを片手に、じっとこちらを見つめているモーリス・アクランド侯爵令息と目が合った。
ちょっとグラスを上げて見せるモーリスに、小さく微笑みかける。
この小さな目配せのおかげで、シェリナはあと少しで終わるダンスに耐える元気が貰えた気分になった。
このモーリスこそが、シェリナの婚約者である。
婚約者とは言っても、もちろん互いの意思などお構いなしの、家同士が決めた政略結婚だ。
何しろ決まったのは、シェリナがやっと歩き始めたかどうかという頃だったのだから。
けれども、それは初めだけ。
同じ歳の2人は、初めて出会った10歳の夏、一目で恋に落ちた。
モーリスの切れ長の目も、日に焼けた肌も、額に張り付いた黒髪も、全てが眩しくて、思わず目を細めてしまったのを覚えている。
「君みたいな可愛い子が婚約者で良かった」
そう言われて、耳まで真っ赤になったシェリナの手を取って、彼は続けた。
「17歳になったら、結婚して下さい」
契約結婚だというのに、わざわざそう言ってくれたのが嬉しくて、涙が出そうになってしまう。
「指輪はその時に渡すから、待っていて下さい。
今日は代わりに、これを……」
と囁かれ、差し出されたのは髪飾りだった。
繊細な花がいくつも並んだ金細工の髪飾りを、モーリスはシェリナの髪にそっと挿して、微笑んだ。
あの時のことは、死ぬまで忘れないだろう。
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