28 / 48
28
しおりを挟む
それからは、毎日の習慣だった散歩には必ずレイラが加わるようになった。
天気が悪く図書室で過ごす時も、同様だ。
つまりレイラが来てからというもの、カトリーヌがスチュアートと静かに二人きりで過ごす時間は、パッタリとなくなってしまったのである。
もちろんカトリーヌは、この状態が大いに不満だった。
しかし、もっと不満だったのは、なんとなくスチュアートがレイラといて楽しそうな気がすることの方だった。
もっとも、相変わらずスチュアートは笑顔になることも、言葉数が増えることもなかった為、根拠など無かったのだけれど。
カトリーヌにとっては、静かな屋敷の中でレイラの笑い声はうるさいほどに感じるものの、スチュアートにとってはどうだか分からない。
明るくて話題も豊富な彼女の話は、彼を夢中にさせているのではないかと思うと、なんだか妙にソワソワしてしまった。
なにしろスチュアートが、もともと結婚を申し込んできたのはレイラの方なのである。
そのことが、絶えずカトリーヌを苦しめていた。
あまりに分かりやすく悩んでいたせいだろう。
物思いに沈むカトリーヌに見かねたらしいマリアンナは、ある日、心配そうな顔をして覗き込んできた。
「奥様、どうかしましたか?
なんだか顔色がよくありませんね」
「そう?そんなことないわ……。
大丈夫よ」
カトリーヌは弱々しく微笑んだものの、マリアンナを納得させるほどの元気は明らかに無くて。
安堵するどころか、ますます眉間の皺を深くするマリアンナに、カトリーヌは小さく咳をしてから言った。
「えっと……本当は、ちょっと気になっていることがあるのよ」
「なんですか?
私でお力になれることでしたら、なんなりと……」
「あ、いいの!
そんなに必死になるような話じゃなくて。
もっと気楽に聞いてくれれば良いのよ」
勢い込んで言うマリアンナを抑えてから、カトリーヌはほんのりと頬を赤らめた。
「さ、最近スチュアート様が、なんだか変わられたような気がしていてね……。
ほら、レイラが来てから、なんだか嬉しそうにしていらっしゃるかなー、なんて……?」
言わんとするところが分からないらしいマリアンナは、怪訝な顔のまま動かない。
やけに真剣な眼差しを受けて、ちょっと怯みそうになりながらも、カトリーヌはなんとか先を続けた。
「だ、だからね、つまり……。
もしかしてスチュアート様は、レイラみたいな人の方が一緒にいて楽しいというか。
つまり、す、好きなんじゃないのかなー、なんて思って。
スチュアート様はレイラについて何か言っていなかったかしら……?」
恐る恐る目を上げると、あんぐりと口を開けたマリアンナとバッチリ目が合った。
と思うと次の瞬間
「いえいえ、そんな、まさか!」
耳がキーンとなるほどの声量でマリアンナが言ったのである。
そして続けて
「だってスチュアート様は……」
と言いかけたのだったが。
不意に目を見開いて口をパクパクさせると、
「あー……、いえ、なんでもありません」
急に元気のない声になって黙り込んでしまったのである。
この変わりようには、カトリーヌの方が驚いてしまったほどだった。
ただでさえ恥ずかしい質問をしてしまったというのに、これ以上重ねて聞くのは、どうにも恥ずかしい。
それでもなんとか堪えて
「なにか知っていることがあるなら、教えてくれない?」
とまで言ったというのに。
マリアンナは何か言いたげに目をクルクルと回しはしたものの、やはりそれ以上は口にすることなく、ゆるゆると首を横に振っただけだった。
「私から申し上げられることは、ございません。
ただ、そういうことは……スチュアート様に直接聞いてみた方が良いと思いますよ」
「え……」
「では、すみませんが、やり残している仕事がありますので失礼いたします」
ピョコンと頭を下げるなり、逃げるように去っていくマリアンナの背中を見送りながら、カトリーヌはぼんやりと考えていた。
もしかしたら、マリアンナがはっきりと言わないのは、カトリーヌを傷つけまいとしているからではないか、と思い当たったのである。
もし本当にそうならば……。
カトリーヌはがっくりとうなだれた。
想像とは言え、そんなにハズレてはいないような気がして。
どんどん落ち込んでいってしまったのである。
天気が悪く図書室で過ごす時も、同様だ。
つまりレイラが来てからというもの、カトリーヌがスチュアートと静かに二人きりで過ごす時間は、パッタリとなくなってしまったのである。
もちろんカトリーヌは、この状態が大いに不満だった。
しかし、もっと不満だったのは、なんとなくスチュアートがレイラといて楽しそうな気がすることの方だった。
もっとも、相変わらずスチュアートは笑顔になることも、言葉数が増えることもなかった為、根拠など無かったのだけれど。
カトリーヌにとっては、静かな屋敷の中でレイラの笑い声はうるさいほどに感じるものの、スチュアートにとってはどうだか分からない。
明るくて話題も豊富な彼女の話は、彼を夢中にさせているのではないかと思うと、なんだか妙にソワソワしてしまった。
なにしろスチュアートが、もともと結婚を申し込んできたのはレイラの方なのである。
そのことが、絶えずカトリーヌを苦しめていた。
あまりに分かりやすく悩んでいたせいだろう。
物思いに沈むカトリーヌに見かねたらしいマリアンナは、ある日、心配そうな顔をして覗き込んできた。
「奥様、どうかしましたか?
なんだか顔色がよくありませんね」
「そう?そんなことないわ……。
大丈夫よ」
カトリーヌは弱々しく微笑んだものの、マリアンナを納得させるほどの元気は明らかに無くて。
安堵するどころか、ますます眉間の皺を深くするマリアンナに、カトリーヌは小さく咳をしてから言った。
「えっと……本当は、ちょっと気になっていることがあるのよ」
「なんですか?
私でお力になれることでしたら、なんなりと……」
「あ、いいの!
そんなに必死になるような話じゃなくて。
もっと気楽に聞いてくれれば良いのよ」
勢い込んで言うマリアンナを抑えてから、カトリーヌはほんのりと頬を赤らめた。
「さ、最近スチュアート様が、なんだか変わられたような気がしていてね……。
ほら、レイラが来てから、なんだか嬉しそうにしていらっしゃるかなー、なんて……?」
言わんとするところが分からないらしいマリアンナは、怪訝な顔のまま動かない。
やけに真剣な眼差しを受けて、ちょっと怯みそうになりながらも、カトリーヌはなんとか先を続けた。
「だ、だからね、つまり……。
もしかしてスチュアート様は、レイラみたいな人の方が一緒にいて楽しいというか。
つまり、す、好きなんじゃないのかなー、なんて思って。
スチュアート様はレイラについて何か言っていなかったかしら……?」
恐る恐る目を上げると、あんぐりと口を開けたマリアンナとバッチリ目が合った。
と思うと次の瞬間
「いえいえ、そんな、まさか!」
耳がキーンとなるほどの声量でマリアンナが言ったのである。
そして続けて
「だってスチュアート様は……」
と言いかけたのだったが。
不意に目を見開いて口をパクパクさせると、
「あー……、いえ、なんでもありません」
急に元気のない声になって黙り込んでしまったのである。
この変わりようには、カトリーヌの方が驚いてしまったほどだった。
ただでさえ恥ずかしい質問をしてしまったというのに、これ以上重ねて聞くのは、どうにも恥ずかしい。
それでもなんとか堪えて
「なにか知っていることがあるなら、教えてくれない?」
とまで言ったというのに。
マリアンナは何か言いたげに目をクルクルと回しはしたものの、やはりそれ以上は口にすることなく、ゆるゆると首を横に振っただけだった。
「私から申し上げられることは、ございません。
ただ、そういうことは……スチュアート様に直接聞いてみた方が良いと思いますよ」
「え……」
「では、すみませんが、やり残している仕事がありますので失礼いたします」
ピョコンと頭を下げるなり、逃げるように去っていくマリアンナの背中を見送りながら、カトリーヌはぼんやりと考えていた。
もしかしたら、マリアンナがはっきりと言わないのは、カトリーヌを傷つけまいとしているからではないか、と思い当たったのである。
もし本当にそうならば……。
カトリーヌはがっくりとうなだれた。
想像とは言え、そんなにハズレてはいないような気がして。
どんどん落ち込んでいってしまったのである。
0
お気に入りに追加
185
あなたにおすすめの小説
毒姫ライラは今日も生きている
木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。
だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。
ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。
そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。
それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。
「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」
暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。
「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」
暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。
「お前を妃に迎える気はない」
そして私を認めない暴君。
三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。
「頑張って死んでまいります!」
――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
勝手に私が不幸だと決めつけて同情しないでいただけませんか?
木山楽斗
恋愛
生まれつき顔に大きな痣があるエレティアは、社交界において決して有利ではなかった。
しかし彼女には心強い味方がいた。エレティアの家族は、痣を気にすることなく、彼女のことを一心に愛していたのである。
偉大なる両親や兄姉の影響によって、エレティアは強い令嬢になっていた。
そんな彼女はある時、舞踏会で一人の同じ伯爵令息のルベルスと出会った。
ルベルスはエレティアにひどく同情的だった。
彼はエレティアのことをどこか見下し、対応してきたのである。
そんなルベルスに、エレティアはあまり好感を抱いていなかった。
だが彼は、後日エレティアに婚約を申し込んできた。
ルベルスはエレティアに他に婚約を申し込む者などいないと彼女を侮辱して、自分が引き取ると主張したのである。
ただ、そんな主張をエレティアの家族は認めなかった。
彼らはエレティアのことを大切に思っており、ルベルスのようなふざけた者に渡す気などなかったのである。
そんな折、エレティアにもう一人婚約を申し込んでくる者がいた。
彼の名は、ジオート。エレティアが舞踏会で会っていた侯爵令息である。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
溺愛されている妹の高慢な態度を注意したら、冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになりました。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナフィリアは、妹であるレフーナに辟易としていた。
両親に溺愛されて育ってきた彼女は、他者を見下すわがままな娘に育っており、その相手にラナフィリアは疲れ果てていたのだ。
ある時、レフーナは晩餐会にてとある令嬢のことを罵倒した。
そんな妹の高慢なる態度に限界を感じたラナフィリアは、レフーナを諫めることにした。
だが、レフーナはそれに激昂した。
彼女にとって、自分に従うだけだった姉からの反抗は許せないことだったのだ。
その結果、ラナフィリアは冷血と評判な辺境伯の元に嫁がされることになった。
姉が不幸になるように、レフーナが両親に提言したからである。
しかし、ラナフィリアが嫁ぐことになった辺境伯ガルラントは、噂とは異なる人物だった。
戦士であるため、敵に対して冷血ではあるが、それ以外の人物に対して紳士的で誠実な人物だったのだ。
こうして、レフーナの目論見は外れ、ラナフェリアは辺境で穏やかな生活を送るのだった。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる