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まさかスチュアートも、カトリーヌにそんなことをされるとは思ってもみなかったのだろう。
抵抗することも忘れていた、という様子で立ちすくんでいただけだった。
伸び放題の黒髪の下から現れたのは、深い緑の瞳だった。
ろうそくの光を反射して、まるでエメラルドのように煌めく瞳。
涼やかな目元に、すっと通った鼻筋。
それに整った形の薄い唇。
思ってもみなかった美しいスチュアートの顔から、カトリーヌは思わず目が離せなくなってしまった。
そしてしばらく口をぽっかりと開けたまま固まっていたが、スチュアートがギロリとこちらを睨んできたものだから、ようやく我に返った。
「も、申し訳ございません!
つい……」
スチュアートは何も言わなかった。
ただ乱暴にカトリーヌの手を振り払うと、大股に部屋を出ていってしまった。
そして今度はカトリーヌも、それを追いかける気力など残ってはいなくて。
「あー……やっちゃった」
と呟くなり、ドレスが汚れるのも構わず、ヘナヘナと、その場にへたり込んでしまったのである。
「怒ってたよねー、あれは……」
ゆるゆると首を振りながら目を閉じれば、瞼の裏に浮かんでくるのは、先ほど目にしたスチュアートの顔。
その美しい顔は、思い出すだけでも、うっとりとしてしまう。
前髪に隠さねばならないほどの醜い顔に違いない、なんて噂は、間違いだったのだとようやく分かった。
しかしいくら美しいとは言っても、明るさや、にこやかさとは無縁のようだった。
彼の頬に赤みがさしていたのは、溢れ出した怒りのせいだったに違いない。
カトリーヌは思わずブルッと体を震わせた。
「せっかく綺麗な顔をしているんだから、前髪を上げてしまえば良いのに。
まあ、どんなに綺麗でも、笑顔にならないなら意味ないけど……」
カトリーヌはブツブツ言いながら、立ち上がった。
そしてスカートのシワを伸ばしながら、ため息をついた。
「あーあ……せっかくお願いがあったのに……」
ノロノロと廊下に出ると、自分の部屋に向かって歩き出す。
しかしその足取りは重く、部屋までの距離が果てしなく長く思えてきた。
「好きにしろって言ってたし……好きにして良いのよね」
ふと見れば、もう窓ガラスの向こうは完全に暗闇に包まれている。
その中にぼんやりと、ガラスに映った情けない顔が浮かんでいた。
カトリーヌはガラスの向こうの自分を睨みつけると、鼻を鳴らして呟いた。
「ふん……もう良いわよ。
そんなに言うなら、お望み通り、好きにしてやるから!」
抵抗することも忘れていた、という様子で立ちすくんでいただけだった。
伸び放題の黒髪の下から現れたのは、深い緑の瞳だった。
ろうそくの光を反射して、まるでエメラルドのように煌めく瞳。
涼やかな目元に、すっと通った鼻筋。
それに整った形の薄い唇。
思ってもみなかった美しいスチュアートの顔から、カトリーヌは思わず目が離せなくなってしまった。
そしてしばらく口をぽっかりと開けたまま固まっていたが、スチュアートがギロリとこちらを睨んできたものだから、ようやく我に返った。
「も、申し訳ございません!
つい……」
スチュアートは何も言わなかった。
ただ乱暴にカトリーヌの手を振り払うと、大股に部屋を出ていってしまった。
そして今度はカトリーヌも、それを追いかける気力など残ってはいなくて。
「あー……やっちゃった」
と呟くなり、ドレスが汚れるのも構わず、ヘナヘナと、その場にへたり込んでしまったのである。
「怒ってたよねー、あれは……」
ゆるゆると首を振りながら目を閉じれば、瞼の裏に浮かんでくるのは、先ほど目にしたスチュアートの顔。
その美しい顔は、思い出すだけでも、うっとりとしてしまう。
前髪に隠さねばならないほどの醜い顔に違いない、なんて噂は、間違いだったのだとようやく分かった。
しかしいくら美しいとは言っても、明るさや、にこやかさとは無縁のようだった。
彼の頬に赤みがさしていたのは、溢れ出した怒りのせいだったに違いない。
カトリーヌは思わずブルッと体を震わせた。
「せっかく綺麗な顔をしているんだから、前髪を上げてしまえば良いのに。
まあ、どんなに綺麗でも、笑顔にならないなら意味ないけど……」
カトリーヌはブツブツ言いながら、立ち上がった。
そしてスカートのシワを伸ばしながら、ため息をついた。
「あーあ……せっかくお願いがあったのに……」
ノロノロと廊下に出ると、自分の部屋に向かって歩き出す。
しかしその足取りは重く、部屋までの距離が果てしなく長く思えてきた。
「好きにしろって言ってたし……好きにして良いのよね」
ふと見れば、もう窓ガラスの向こうは完全に暗闇に包まれている。
その中にぼんやりと、ガラスに映った情けない顔が浮かんでいた。
カトリーヌはガラスの向こうの自分を睨みつけると、鼻を鳴らして呟いた。
「ふん……もう良いわよ。
そんなに言うなら、お望み通り、好きにしてやるから!」
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