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「ま、待ってよ。レイラ」

カトリーヌはかすれた声で呟いたが、すぐにレイラの冷たい声に遮られてしまった。

「まあ、カトリーヌったら。
『レイラ』じゃなくて『レイラお姉様』でしょう?」

ついさっきまで『カトリーヌお姉様』と呼んでいたのは、どっちだ……。
そう言ってやりたいのは山々だったけれど。

言ったら言ったで、またつらつらと理不尽な言葉が返ってくるのは分かりきっていたから。
喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、カトリーヌは答えた。

「はい……『レイラお姉様』。
確かに、妹は私の方よ。
でもね、このスチュアート様は、妹はレイラの方だって思っていらっしゃるでしょう?」
「だから『レイラお姉様』だってば!」

いちいち突っ込んでくるレイラにイライラしつつも、カトリーヌは何とか続けた。

「あ、ええーっと……だから、『レイラお姉様』が妹だと思い込んでいるでしょう?
だとしたら、私がお嫁に行ったら、お怒りになるのは目に見えているわ」

レイラのおかげで、説明がややこしくなってしまった。
しかしとにかく、スチュアートが求めているのはカトリーヌではなくレイラの方に決まっている。

それは誰の目にも明らかだったから、そう言ったまでだった。

ところがレイラは見るからに不満そうで。
これでもかとばかりに眉を吊り上げて、唇をプルプルと震わせていた。

カトリーヌは深々と息を吐いた。

いつだって自分の意見を押し通してきたレイラのことだ。
今回だって怒り狂うことは容易に想像できた。

ところが次に口を開いたレイラの目は、怒りに燃えるどころか、段々と潤んできたのである。

これにはカトリーヌも驚いた。
その上、あれよあれよという間に、彼女の大きな目は涙でいっぱいになってしまうと、頬を伝って流れ落ち始めたのだ。

「そんなこと、分かっているわよ……。
大して可愛くもないカトリーヌなんかよりも、可愛い私の方をお嫁さんにしたいと思うのは、当然ですもの」

好き勝手な事を言いながら、レイラは力無く床にへたり込んでしまった。

「でもね、私にだって意思はあるのよ。
まだお父様には言っていなかったけれど、結婚を約束した人だっているんだから」

そしてわざとらしく涙を拭いながら嗚咽を漏らす。
父親はすっかり面食らっているようで、困ったように口をパクパクさせている。
何と声をかけたら良いのか、言葉が思いつかないらしい。

驚いているのはカトリーヌも同じだったが、彼女は、レイラの挙動を鵜呑みにすることはなかった。
これまでの彼女を見ていれば、これが演技であることくらい分かりきっていたから。

「カトリーヌ。
あなたはまだ結婚したい相手なんていないでしょう?
だったら、私の代わりにお嫁に行ってちょうだいよ。
お願い……」

顔を覆った指の間から片目だけ覗かせて、レイラが言う。
その瞳は、ちっとも涙で濡れてなんかいないことに、もちろんカトリーヌは気がついていたけれど。

当然と言うふうに見てくるレイラと、オロオロしながら心配そうな視線を投げかけてくる父親を見ているうちに、なんだかもう全てが面倒くさくなってきてしまって。

「……分かったわ。
私がお嫁に行きます」

気がつけば、投げやりな口調で、そう言ってしまっていた。

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