自分こそは妹だと言い張る、私の姉

神楽ゆきな

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「結婚の申し込みが来たぞ!」

勢い良く扉を開けて飛び込んできた父親の声に、カトリーヌ・オルディス男爵令嬢は刺繍針を握る指を止めて、顔を上げた。
と同時に、背中を流れる黒髪が揺れる。

チラリと隣を見れば、クッキーを片手に持ったまま、レイラ・オルディス男爵令嬢も同じようにこちらを見ていた。

しかし2人の表情は全く違っていた。
他人事の顔をしているカトリーヌに対して、レイラは、まさしく自分の事だと言わんばかりに、柔らかくカールした金色の巻き毛を揺らして目を輝かせたのである。

そして形の良い唇を開くと、歌うように言った。

「私に?」

自信満々に訊ねるレイラに、オルディス男爵は微笑みながら頷いた。
そして手にしている手紙を開くと

「ああ、そうだ。
お前にだよ、レイラ。
『オルディス男爵の姉妹のうち、是非、妹君を』と書いてある」
「やっぱりね!そうだと思ったわ」

レイラはクッキーを口に放り込んで立ち上がると、クルクルと回って見せた。
レースをたっぷりとあしらったスカートが、フワリと広がる。

カトリーヌは黙ったままそれを眺めていたが、やがて静かに刺繍針を動かし始めた。

「それで?お相手はどなた?」

レイラが楽し気に問いかける。
しかし、男爵が

「スチュアート・リックマン侯爵令息だよ」

と言うのを聞くや否や、声の調子が一変した。

「なんですって!?」

カトリーヌも思わず、手を止めた。
じっと手元を見つめたまま、深く息を吐く。

レイラが、そんな相手を受け入れるはずがない、とカトリーヌは直感した。


スチュアートは、ほとんど人前には顔を出さない、引きこもりとして有名な男だった。

たまに出てきても、もじゃもじゃの黒髪に隠れて、顔など拝めやしない。
隠したくなるほどの顔なのだろうと、噂になるほどだった。

その上、無愛想で、使用人を手荒に扱う乱暴者だと評判だった。

常に男性にチヤホヤされてきたレイラが、よりにもよって、そんなスチュアートの元に嫁に行きたいなどと考えるはずもない。

そうカトリーヌが考えていると、案の定レイラは苛々と手を振って言った。

「嫌よ、私。
どうして、そんな人と結婚しなければならないの。
お断りして下さいな」
「……だがな、レイラ」

いつもはレイラを甘やかしてばかりの父親が、珍しく真剣な顔で言葉を続けた。

「相手は侯爵令息だぞ?
確かに彼は評判は良くない。
しかし我がオルディス家に侯爵との繋がりが出来るのは、喜ばしいことなんだ。
分かるだろう?」
「まさか家の為に、好きでもない男と結婚しろとおっしゃるの!?」

レイラの声が高くなるに従って、父親の声から力が抜けていく。

「い、いや……まあ、そうだな。
だが貴族の娘ならば、家の事も考えてだな……」
「まあ!まさかお父様にそんな事を言われるなんて!
分かったわ!私のことなんて少しも愛していらっしゃらないのね」
「そ、そんなわけないだろう」
「いいえ、そうに決まってるわ!
そうでもなければ、そんな酷いこと……」

レイラはヒステリックに叫んでいたが、不意に声がやんだ。

不思議に思ってカトリーヌが顔を上げると、何故かレイラと目が合った。
その目は、確かに笑っていた。

「そうだわ、お父様。
スチュアート様は『妹』を望んでいるのでしょう?
だったら相手は私じゃなく……カトリーヌの方よ」

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