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扉がきしんだ音を立てて閉まると、キャンディスはドミニクにしがみついたまま、彼を睨んだ。

「……知ってたのね!?」
「ちょ、ちょっと待て。
話は後だ!それより、まず……」
「話を逸らそうとしないで!
あなたはグレース様の妊娠を最初から知っていたんでしょう!?
知っていたのに、私には内緒で……」
「待て待て待て!いいから!」

ドミニクに無理やり体を引き剥がされて、キャンディスは頬を膨らませた。

ドミニクは最初から全てを知っていたに違いないとう確信があった。
セオドアの本性も、グレースの懐妊も、何もかも知っていたのに、何も知らないキャンディスが戸惑い、感情のままに流されてセオドアに惹かれていくのを、見ていたというのが許せなかった。

だから今すぐ、この場で問い詰めたかったのに。
ドミニクは困ったようにキャンディスから目を逸らしたのである。
これが彼の答えなのか、と一瞬、絶望しかけたキャンディスに、ドミニクは目を合わせずに手をヒラヒラと振りながら言った。

「と、とにかく!まずは着替えだ!」

まずキャンディスの頭に浮かんだのはハテナマークだった。
それから言われるがままに自分のドレスを見下ろして、あっと声を上げると、急いで前をかき合わせた。

ドレスがすっかりボロボロで、肌も露わな状態であることを、すっかり忘れていたのである。

「ご、ごめん」

キャンディスは真っ赤になってドミニクに背を向けた。

改めて見れば、ドレスは見るも無惨な状態だった。
あちこちに裂け目ができ、ほつれた糸が飛び出している。

ふと床に目をやれば、壊れてしまった髪飾りが転がっていた。
キャンディスはよろよろとベッドに腰を下ろし、手を伸ばしてそれを拾い上げると、もう一度呟いた。

「ごめん……なさい」
「え?」
「セオドア様には近づくなって言われたのに、彼に言われるがまま、ついて行った私が悪かったんだわ。
それにドレスも髪飾りも。
せっかくプレゼントしてもらったのにダメにしてしまって。
……本当に、ごめんなさい」

顔が上げられなかった。
ドミニクに背を向けたまま、手の中の髪飾りの欠片達をぼんやりと眺めていると、ベッドが軋んだ。
隣にドミニクが腰を下ろしたらしい、と思う間も無く、キャンディスは後ろから彼に抱きしめられていた。

そして手を取られたかと思うと、するりと指輪をはめられて、キャンディスは目を見張った。

「これ……」
「ドレスや髪飾りの代わりってわけじゃないけどさ。
これもプレゼントしようと思って用意してたんだ。
まさかこんなタイミングで渡すことになるとは思わなかったけど」
「あ、ありがとう。
今度こそ、絶対に大切にするわ」
「ああ」

ドミニクはキャンディスの頭に頬を押し付けながら、くぐもった声で続けた。

「怖い思いをさせて、悪かったな。
本当は……グレース様の妊娠のことも、最初から言うべきだった。
でも、無事に結婚するまでは口にしないように、両親からきつく口止めされてたんだ。
それに、キャンディスを見ていたら、どうしても言えなかった……」

どういう意味か分からず振り向くと、彼は困ったように眉を下げた。

「キャンディスがあまりにもセオドアのことばかり見てるからさ。
夢を壊して傷つけるようなことは、したくなかったんだ。
それに、俺がセオドアを悪く言っても、キャンディスは信じないだろうとも思ったしな」
「そんなこと……」

と言いかけて、キャンディスは口をつぐんだ。
確かにそうだっただろうと思ったのである。
しかしすぐに首を横に振って微笑んだ。

「でも、今ならあなたを信じるわ」
「ここまでされたら、さすがにセオドアのことは好きじゃなくなったからか?」
「ええ」

おどけたようなドミニクの口調に、キャンディスは小さく笑ってから、恐る恐る彼に向き直り、ドミニクの胸に体を寄せた。

「でも、今日いきなり気持ちが変わったわけじゃないわ。
少し前からセオドア様に対する感情は変わっていたもの。
……ドミニクのことが好きになってしまったから、ね」
「キャンディス……」

ドミニクが優しくキャンディスの頬に手をかけると、ゆっくりと顔を近づけてきた。
唇が重なり、彼の体温を感じると、心の底がじんわりと温かくなっていく。
その心地よさに、しばらく目をトロンとさせていたが、ドミニクがいきなり彼女の肩をつかんで、顔を離した。

「ダ、ダメだ、ダメだ!
こんな格好のまま、こんなことをしていたら、我慢出来なくなる!」

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