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キャンディスはセオドアが開いてくれた扉の中に、ゆっくりと足を踏み入れた。
しかし数歩いったところで、すぐに足を止めてしまった。
なにしろ室内は真っ暗で、セオドアが手にしている灯りと、わずかに廊下から漏れ入る光の他に頼れるものはなかった為、足元が覚束なかったのである。
来客用の寝室なのだろう。
小さい部屋ながらも調度品が並び、真ん中に天蓋つきのベッドが据えられているのが、ぼんやりと見える。
灯りは消されており、ベッドの上で人影が動く様子もないことから、グレースはグッスリ眠っているのだろうと察しがついた。
「眠っていらっしゃるようですし、出直しましょうか」
キャンディスはベッドへ目を向けたまま、グレースを起こさぬように小声で囁いた。
「うーん、どうしようか」
セオドアが言いながら、一歩部屋の中へと進む。
灯りが近づいてきたおかげで、先程よりもはっきりと部屋の様子が見えるようになった。
ベッドカバーが上品な小花柄であるのさえ見分けられる。
そして天蓋の中では、目を閉じたグレースが規則正しい寝息をたてている……はずだったのだが。
キャンディスはベッドがもぬけのからであることに気がつくと、目を見開いた。
シーツもベッドカバーも綺麗に整えられ、シワひとつないところを見ると、今までグレースが寝ていたというわけでもなさそうだ。
キャンディスは慌てて振り向いた。
「セオドア様?
グレース様は……」
言いながらも、部屋の中が急激に薄暗さを取り戻していることに気がついた。
続いて、ガチャリという音が室内に響く。
セオドアが扉を閉めたせいで、廊下から漏れ入っていた光は完全に締め出されてしまった。
今はただ、セオドアの手にある灯りにしか頼れない。
「……どういうことですか」
心臓が大きく跳ね始めるのを感じながらも、出来る限り平静を装って、キャンディスは訊ねた。
頭の中では危険を知らせる警報が鳴り響いていたが、それをセオドアには悟られたくなかった。
「あれー、おかしいな」
セオドアはキャンディスの方へとさらに一歩近づいてくる。
キャンディスは後退りこそしなかったものの、彼から目を離そうとはしなかった。
これから何が起こるのかなんて、考えるだけでも気が遠くなりそうだ。
「グレース、いないね。
どこに行ったのかな」
クスクス笑うセオドアの瞳がキラリと光る。
彼はベッドの隣の小さなテーブルに灯りを置くと、楽しげに続けた。
「うーん、どうやら僕は部屋を間違えてしまったみたいだな」
そう言いながらも、部屋を出る素振りも見せない。
どうやら正しい部屋へと案内し直すつもりはないらしい。
キャンディスは下唇を痛いほどに噛んでから、静かに言った。
「……わざと違う部屋につれて来たんですか?」
「イヤだなあ、そんなに怖い顔しないでよ。
きみと2人きりになりたかったんだ。
静かな場所で、落ち着いて話がしたくてさ」
今になって、ついて来たことを後悔しても、もう遅い。
こんなところを見たら、ドミニクは何というだろうかと、そればかりが頭の中を駆け巡った。
呆れるのだろうか。
それとも、怒りに任せて怒鳴り散らすのだろうか。
いずれにしても、こんなことになってしまったのは、ドミニクの言う通りにしなかった自分のせいだ。
彼の警告に従うべきだった。
キャンディスは恐怖に慄きつつも、そんな素振りを見せぬように、セオドアを睨み続けた。
彼の唇の端から、チラリと舌が覗く。
まるで獲物を前に舌なめずりする蛇のようだ。
女性なら皆が夢中になる爽やかな王子様の顔は、最早そこにはなかった。
しかし数歩いったところで、すぐに足を止めてしまった。
なにしろ室内は真っ暗で、セオドアが手にしている灯りと、わずかに廊下から漏れ入る光の他に頼れるものはなかった為、足元が覚束なかったのである。
来客用の寝室なのだろう。
小さい部屋ながらも調度品が並び、真ん中に天蓋つきのベッドが据えられているのが、ぼんやりと見える。
灯りは消されており、ベッドの上で人影が動く様子もないことから、グレースはグッスリ眠っているのだろうと察しがついた。
「眠っていらっしゃるようですし、出直しましょうか」
キャンディスはベッドへ目を向けたまま、グレースを起こさぬように小声で囁いた。
「うーん、どうしようか」
セオドアが言いながら、一歩部屋の中へと進む。
灯りが近づいてきたおかげで、先程よりもはっきりと部屋の様子が見えるようになった。
ベッドカバーが上品な小花柄であるのさえ見分けられる。
そして天蓋の中では、目を閉じたグレースが規則正しい寝息をたてている……はずだったのだが。
キャンディスはベッドがもぬけのからであることに気がつくと、目を見開いた。
シーツもベッドカバーも綺麗に整えられ、シワひとつないところを見ると、今までグレースが寝ていたというわけでもなさそうだ。
キャンディスは慌てて振り向いた。
「セオドア様?
グレース様は……」
言いながらも、部屋の中が急激に薄暗さを取り戻していることに気がついた。
続いて、ガチャリという音が室内に響く。
セオドアが扉を閉めたせいで、廊下から漏れ入っていた光は完全に締め出されてしまった。
今はただ、セオドアの手にある灯りにしか頼れない。
「……どういうことですか」
心臓が大きく跳ね始めるのを感じながらも、出来る限り平静を装って、キャンディスは訊ねた。
頭の中では危険を知らせる警報が鳴り響いていたが、それをセオドアには悟られたくなかった。
「あれー、おかしいな」
セオドアはキャンディスの方へとさらに一歩近づいてくる。
キャンディスは後退りこそしなかったものの、彼から目を離そうとはしなかった。
これから何が起こるのかなんて、考えるだけでも気が遠くなりそうだ。
「グレース、いないね。
どこに行ったのかな」
クスクス笑うセオドアの瞳がキラリと光る。
彼はベッドの隣の小さなテーブルに灯りを置くと、楽しげに続けた。
「うーん、どうやら僕は部屋を間違えてしまったみたいだな」
そう言いながらも、部屋を出る素振りも見せない。
どうやら正しい部屋へと案内し直すつもりはないらしい。
キャンディスは下唇を痛いほどに噛んでから、静かに言った。
「……わざと違う部屋につれて来たんですか?」
「イヤだなあ、そんなに怖い顔しないでよ。
きみと2人きりになりたかったんだ。
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今になって、ついて来たことを後悔しても、もう遅い。
こんなところを見たら、ドミニクは何というだろうかと、そればかりが頭の中を駆け巡った。
呆れるのだろうか。
それとも、怒りに任せて怒鳴り散らすのだろうか。
いずれにしても、こんなことになってしまったのは、ドミニクの言う通りにしなかった自分のせいだ。
彼の警告に従うべきだった。
キャンディスは恐怖に慄きつつも、そんな素振りを見せぬように、セオドアを睨み続けた。
彼の唇の端から、チラリと舌が覗く。
まるで獲物を前に舌なめずりする蛇のようだ。
女性なら皆が夢中になる爽やかな王子様の顔は、最早そこにはなかった。
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