私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

文字の大きさ
上 下
36 / 41

36

しおりを挟む
キャンディスはセオドアが開いてくれた扉の中に、ゆっくりと足を踏み入れた。
しかし数歩いったところで、すぐに足を止めてしまった。

なにしろ室内は真っ暗で、セオドアが手にしている灯りと、わずかに廊下から漏れ入る光の他に頼れるものはなかった為、足元が覚束なかったのである。

来客用の寝室なのだろう。
小さい部屋ながらも調度品が並び、真ん中に天蓋つきのベッドが据えられているのが、ぼんやりと見える。

灯りは消されており、ベッドの上で人影が動く様子もないことから、グレースはグッスリ眠っているのだろうと察しがついた。

「眠っていらっしゃるようですし、出直しましょうか」

キャンディスはベッドへ目を向けたまま、グレースを起こさぬように小声で囁いた。

「うーん、どうしようか」

セオドアが言いながら、一歩部屋の中へと進む。
灯りが近づいてきたおかげで、先程よりもはっきりと部屋の様子が見えるようになった。
ベッドカバーが上品な小花柄であるのさえ見分けられる。
そして天蓋の中では、目を閉じたグレースが規則正しい寝息をたてている……はずだったのだが。

キャンディスはベッドがもぬけのからであることに気がつくと、目を見開いた。
シーツもベッドカバーも綺麗に整えられ、シワひとつないところを見ると、今までグレースが寝ていたというわけでもなさそうだ。

キャンディスは慌てて振り向いた。

「セオドア様?
グレース様は……」

言いながらも、部屋の中が急激に薄暗さを取り戻していることに気がついた。
続いて、ガチャリという音が室内に響く。

セオドアが扉を閉めたせいで、廊下から漏れ入っていた光は完全に締め出されてしまった。
今はただ、セオドアの手にある灯りにしか頼れない。

「……どういうことですか」

心臓が大きく跳ね始めるのを感じながらも、出来る限り平静を装って、キャンディスは訊ねた。
頭の中では危険を知らせる警報が鳴り響いていたが、それをセオドアには悟られたくなかった。

「あれー、おかしいな」

セオドアはキャンディスの方へとさらに一歩近づいてくる。
キャンディスは後退りこそしなかったものの、彼から目を離そうとはしなかった。
これから何が起こるのかなんて、考えるだけでも気が遠くなりそうだ。

「グレース、いないね。
どこに行ったのかな」

クスクス笑うセオドアの瞳がキラリと光る。
彼はベッドの隣の小さなテーブルに灯りを置くと、楽しげに続けた。

「うーん、どうやら僕は部屋を間違えてしまったみたいだな」

そう言いながらも、部屋を出る素振りも見せない。
どうやら正しい部屋へと案内し直すつもりはないらしい。

キャンディスは下唇を痛いほどに噛んでから、静かに言った。

「……わざと違う部屋につれて来たんですか?」
「イヤだなあ、そんなに怖い顔しないでよ。
きみと2人きりになりたかったんだ。
静かな場所で、落ち着いて話がしたくてさ」

今になって、ついて来たことを後悔しても、もう遅い。
こんなところを見たら、ドミニクは何というだろうかと、そればかりが頭の中を駆け巡った。

呆れるのだろうか。
それとも、怒りに任せて怒鳴り散らすのだろうか。

いずれにしても、こんなことになってしまったのは、ドミニクの言う通りにしなかった自分のせいだ。
彼の警告に従うべきだった。

キャンディスは恐怖に慄きつつも、そんな素振りを見せぬように、セオドアを睨み続けた。

彼の唇の端から、チラリと舌が覗く。
まるで獲物を前に舌なめずりする蛇のようだ。

女性なら皆が夢中になる爽やかな王子様の顔は、最早そこにはなかった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾
恋愛
凜凜は、幼い頃から仕えていたお嬢様のお付きとして、後宮に上がる。 後宮では皇帝の動きがなく、お嬢様・央雪英は次第に心を病み、人にキツく当たるようになる。 そんなある日、凜凜は偶然皇帝と出逢う。 思いがけない寵愛を受けることになった凜凜に、悲しい運命が待ち受ける。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

処理中です...