私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

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それからというもの、キャンディスはセオドアには近づかないように気をつけた。

しかしそれは、あえて努力しなければならないほど難しいことではなかった。
もちろん夜会などで偶然顔を合わせることはあったが、会釈と短い挨拶さえすれば、それで事足りたからである。

セオドアの方から敢えて引き止めるようなこともされなかったから、この状態であっという間に1ヶ月が経ってしまったのだった。
はっきり言って、キャンディスは拍子抜けしていた。
極端に身構えていた自分が恥ずかしく思えたほどである。

ドミニクも同じ思いなのだろう。
最近では、彼の口からセオドアの名前が出ることはほとんどなくなり、彼のことでピリピリする事も減っていた。

幾分気分が晴れやかになったキャンディスは、自分の中でドミニクへの想いがますます膨らんでいくのを実感していた。
セオドアへの憧れがパンパンに詰まっていた頭の中は、今やすっかりドミニクへの気持ちに詰め替えられてしまっている。

恥ずかしくて、なかなか素直にはなれないけれど、キャンディスは今やドミニクに夢中だった。

朝起きれば、彼に会える日を指折り数える。
昼には、彼に手紙を書こうか迷い、それよりも直接会いに行こうかと悩む。
夜ベッドに入れば、目を閉じて彼の笑顔を思い出す。
いつもの憎まれ口も、時折かけられる優しい言葉も、次から次へと思い出しては、1人でニヤつき、寝付けないまま夜が更けていく。

そんな調子だったから、週に一度か二度は顔を合わせているというのに、まだまだ足りない気がしていた。

もっと彼に触れたい。
もっと……触れて欲しい。

そんなことを考えては、手に顔を埋めて身悶えするのを繰り返していた。

それは今夜も同じだった。

ドミニクの家で行われる夜会に招かれ、ドレスアップしてやって来たキャンディスは、案内された客間で、ドミニクが現れるのを今か今かと待ち侘びていた。
妙に緊張した面持ちだったのも仕方がない事だったかもしれない。
なにしろ今夜は、彼女にとってリベンジの夜だったのである。

キャンディスは窓に映る自分の姿を見て、ドレスにおかしいところがないかを何度も点検した。
そのドレスとは、ドミニクにプレゼントされたものだ。
先日にも着て行ったというのに、ドミニクに褒め言葉の一つもかけてもらえなかった、例のドレスである。

キャンディスは期待に目を輝かせて、何度もスカートのシワを伸ばす。
きっと今夜こそは、ドミニクに何か言ってもらえるはずだ。
そう思うと、自然と胸の鼓動が激しさを増した。

その時だった。
ガチャリとドアノブが回り、ドミニクが顔を覗かせた。

「おう」

と、いつものように照れたように笑ってから、すぐにドミニクは目を見開いた。
きっとキャンディスが例のドレスを着ていることに気がついたのだろう。

何か言ってもらえるかもしれないとばかりに、思わず期待の眼差しを向けると、ドミニクは頭をかきながらボソリと言った。

「に、似合ってる……な」
「本当!?」

キャンディスは駆け寄ると、真意を確かめるように上目で見る。
するとドミニクはそっぽを向いてしまったものだから、キャンディスはしかめ面で言った。

「なによ、その態度!
初めてこのドレスを着て行った時だって、何も言ってくれなかったし。
本当に似合ってると思ってるの?」
「思ってるよ!
だからそう言ったんだろ。
それに、あ、あの時は……」
「『あの時は』なに?」
「だ、だから……」

ドミニクは目を合わせないようにしながら続けた。

「本当は、あの時だって言おうとしたんだよ。
似合ってるって。
でも、その……思ってたよりも、すごい綺麗に見えたっていうか……。
ああ!ったく、こんなこと言えるか!恥ずかしい!」

ドミニクは途中から急に大声になると、背を向けるようにクルリと回ってしまった。
キャンディスはと言えば、もう嬉しくて嬉しくて。
急いで彼の前へと回り込むと、満面の笑みを浮かべた。

「そうだったのね!
綺麗だと思ってくれていたなんて……嬉しい!
ねえ、もう一回言って」
「嫌だ。もう言うもんか」
「そんなこと言わないで!
ね?もう一回だけ」

キャンディスは彼の顔を覗き込み、ぴょんと背伸びをしながら、おねだりした。
すると、そっぽを向いていたドミニクが、チラリとこちらを見たのである。

これにキャンディスの期待が高まった。
しかし彼は、キャンディスの望み通り、褒め言葉を口にはしなかった。

素早く彼女のアゴに指をかけると、唇を重ね合わせたのである。

あまりに突然の出来事に、キャンディスはすぐには何が起こったのか理解できなかった。
キスをされたとようやく気がついたのは、ニヤリと笑いながらドミニクが顔を話した時だった。

キャンディスには、余裕たっぷりに見えたけれど、ドミニクも多少は照れ臭かったのだろうか。
彼は急に早口で

「あ、そうだ!キャンディスに渡すものがあったんだ。
持ってくるのを忘れたから、取ってくる」

と言うなり、さっさと出て行ってしまった。

取り残されたキャンディスは、扉が閉まってからも、そちらを呆けた顔のままで見つめていた。

「なんなのよ、もう……」

口からこぼれるのは文句ばかり。
しかし彼女の顔には明らかにニヤニヤ笑いが浮かんでいて。
それを誤魔化そうと頬に両手を押し付けると、自分でも驚くほどの熱さだった。

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