26 / 41
26
しおりを挟む
結局、セオドアとグレース、そしてドミニクとキャンディスは、4人で茶会をすることになった。
そしてしばらく経った頃、セオドアはキャンディスに小さく頷いて見せてから、ドミニクを連れて出て行った。
しかし実は全てがスムーズに進んだわけではなかった。
セオドアが、話があるからとドミニクを誘った時、ドミニクは『自分には話すことはない』とキッパリ断ったのである。
しかし苦笑いしつつもセオドアが何やら囁くと、深くため息をつきながらもようやく重い腰を上げ、渋々後に続いて出て行ったのだった。
残されたキャンディスはすがるような目つきで、セオドアの背中が扉の向こうに消えるまで、じっと見送っていた。
が、扉が閉じる音を聞いて、はっとした。
セオドアがドミニクと2人になる、ということばかりに気を取られていたせいで、すっかり忘れてしまっていたのである。
それはつまり、残されたキャンディスとグレースも2人になるのだ、ということを。
「あ、えーっと……」
すっかり頭が真っ白になってしまったせいで、気の利いた言葉が一つも浮かんでこない。
モゴモゴと唇を動かしていると、先に口を開いたのはグレースだった。
「セオドアとドミニク様が2人になるなんて、珍しいですわね。
いいえ……珍しいどころか、私は初めて見ましたわ」
白い指が艶やかな栗色の髪をかき上げると、形のいい小さな耳がちょこんと現れた。
長いまつ毛がパサリと上がり、髪と同じ色の瞳が、その奥から真っ直ぐこちらに向けられる。
その視線を受け止めた時、キャンディスはドキリとしてしまった。
同じ女性同士だというのに、知らず知らずのうちに頬が赤らんでしまうのを堪えることができなかった。
「そ……そうですよね」
と、俯き加減で呟く。
グレースはクスクス笑って続けた。
「でも、おかげでキャンディス様と2人きりでお話出来ますわね」
「は、はい」
「義理とはいえ、せっかく姉妹になるんですもの。
もっと打ち解けてお話しましょうよ!
キャンディスって呼んでもいいかしら」
「もちろんです」
キャンディスが上目でグレースを見ると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「私、弟が一人いるきりで、姉妹はいないの。
だからこんなに可愛らしい方が義妹になってくれて嬉しいわ。
それに、ドミニク様とも仲が良いみたいで……ほっとしているの」
キャンディスはハッとして目を見開いた。
するとグレースは困ったように眉を下げて、小さく笑った。
「ドミニク様からセオドアに婚約相手を変えたくせに、と思うわよね。
聞いているのでしょう?
私が元々はドミニク様の婚約者だったってこと」
キャンディスが無言で頷くと、グレースはちょっと肩をすくめてから続けた。
「確かに私は、セオドアに惹かれてしまって、ドミニクとの婚約破棄を願い出たわ。
でもそれは決して、ドミニク様が嫌いになったからではないの。
彼には悪いことをしたと思っているし……幸せになって欲しいと思っているわ。
だから、新たな婚約者がキャンディスで良かったと安心しているの」
「そう……なんですか」
「ええ。
でも、まあ今さら、どの口が言うのっていう感じよね」
自嘲気味に笑うグレースを見つめながら、キャンディスは儀礼的に頭を横に振ってみせたが、やがてボソリと呟いた。
「でも、ドミニクはどう思っていたんでしょうか」
「え?」
あまりに小声だったせいで聞こえなかったらしい。
グレースが顔を上げると、キャンディスは先程よりも大きな声で言った。
「ドミニクは本当は……グレース様と結婚したかったんじゃないですか?」
キャンディスが思い詰めた声で言ったせいで、なんだか妙に重々しい空気になってしまったというのに。
グレースが突然弾けたように笑い出したせいで、一気に雰囲気が変わった。
「まさか!
彼は文句なんて何一つ言わなかったもの」
そう言われても、キャンディスは納得できなかった。
ドミニクならばきっと、本当に悲しい時でさえ、自分の気持ちを押し隠してしまいそうな気がしたから。
しかしそれをグレースに伝えたところで意味はないだろう、とキャンディスは口を閉ざした。
「それに、私はもう……セオドアと結婚するしかないのよ。
色々あってね。
まあ、このへんは、キャンディスにももうすぐ分かるわよ。
今はまだ言えないけどね」
グレースが独り言のようにぶつぶつと言葉を並べていたが、キャンディスは適当に相槌を打っていただけで聞いてはいなかった。
頭の中はドミニクのことでいっぱいだった。
きっと今頃セオドアが、ドミニクと話をしているはずだ。
グレースが知るはずのない彼の本心が、分かるかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、気がつけばキャンディスは立ち上がっていた。
「そ、そういえば!
ドミニクとセオドア様遅いですね。
私ちょっと見てきます!」
キョトンとして見上げてくるグレースの返事を待つこともせずに、キャンディスは駆け出した。
心臓が激しく鳴っているのは、走っているせいか、それとも緊張しているせいなのか。
その理由が自分でも分からぬまま、一目散に廊下を駆けて行った。
そしてしばらく経った頃、セオドアはキャンディスに小さく頷いて見せてから、ドミニクを連れて出て行った。
しかし実は全てがスムーズに進んだわけではなかった。
セオドアが、話があるからとドミニクを誘った時、ドミニクは『自分には話すことはない』とキッパリ断ったのである。
しかし苦笑いしつつもセオドアが何やら囁くと、深くため息をつきながらもようやく重い腰を上げ、渋々後に続いて出て行ったのだった。
残されたキャンディスはすがるような目つきで、セオドアの背中が扉の向こうに消えるまで、じっと見送っていた。
が、扉が閉じる音を聞いて、はっとした。
セオドアがドミニクと2人になる、ということばかりに気を取られていたせいで、すっかり忘れてしまっていたのである。
それはつまり、残されたキャンディスとグレースも2人になるのだ、ということを。
「あ、えーっと……」
すっかり頭が真っ白になってしまったせいで、気の利いた言葉が一つも浮かんでこない。
モゴモゴと唇を動かしていると、先に口を開いたのはグレースだった。
「セオドアとドミニク様が2人になるなんて、珍しいですわね。
いいえ……珍しいどころか、私は初めて見ましたわ」
白い指が艶やかな栗色の髪をかき上げると、形のいい小さな耳がちょこんと現れた。
長いまつ毛がパサリと上がり、髪と同じ色の瞳が、その奥から真っ直ぐこちらに向けられる。
その視線を受け止めた時、キャンディスはドキリとしてしまった。
同じ女性同士だというのに、知らず知らずのうちに頬が赤らんでしまうのを堪えることができなかった。
「そ……そうですよね」
と、俯き加減で呟く。
グレースはクスクス笑って続けた。
「でも、おかげでキャンディス様と2人きりでお話出来ますわね」
「は、はい」
「義理とはいえ、せっかく姉妹になるんですもの。
もっと打ち解けてお話しましょうよ!
キャンディスって呼んでもいいかしら」
「もちろんです」
キャンディスが上目でグレースを見ると、彼女は嬉しそうに目を細めた。
「私、弟が一人いるきりで、姉妹はいないの。
だからこんなに可愛らしい方が義妹になってくれて嬉しいわ。
それに、ドミニク様とも仲が良いみたいで……ほっとしているの」
キャンディスはハッとして目を見開いた。
するとグレースは困ったように眉を下げて、小さく笑った。
「ドミニク様からセオドアに婚約相手を変えたくせに、と思うわよね。
聞いているのでしょう?
私が元々はドミニク様の婚約者だったってこと」
キャンディスが無言で頷くと、グレースはちょっと肩をすくめてから続けた。
「確かに私は、セオドアに惹かれてしまって、ドミニクとの婚約破棄を願い出たわ。
でもそれは決して、ドミニク様が嫌いになったからではないの。
彼には悪いことをしたと思っているし……幸せになって欲しいと思っているわ。
だから、新たな婚約者がキャンディスで良かったと安心しているの」
「そう……なんですか」
「ええ。
でも、まあ今さら、どの口が言うのっていう感じよね」
自嘲気味に笑うグレースを見つめながら、キャンディスは儀礼的に頭を横に振ってみせたが、やがてボソリと呟いた。
「でも、ドミニクはどう思っていたんでしょうか」
「え?」
あまりに小声だったせいで聞こえなかったらしい。
グレースが顔を上げると、キャンディスは先程よりも大きな声で言った。
「ドミニクは本当は……グレース様と結婚したかったんじゃないですか?」
キャンディスが思い詰めた声で言ったせいで、なんだか妙に重々しい空気になってしまったというのに。
グレースが突然弾けたように笑い出したせいで、一気に雰囲気が変わった。
「まさか!
彼は文句なんて何一つ言わなかったもの」
そう言われても、キャンディスは納得できなかった。
ドミニクならばきっと、本当に悲しい時でさえ、自分の気持ちを押し隠してしまいそうな気がしたから。
しかしそれをグレースに伝えたところで意味はないだろう、とキャンディスは口を閉ざした。
「それに、私はもう……セオドアと結婚するしかないのよ。
色々あってね。
まあ、このへんは、キャンディスにももうすぐ分かるわよ。
今はまだ言えないけどね」
グレースが独り言のようにぶつぶつと言葉を並べていたが、キャンディスは適当に相槌を打っていただけで聞いてはいなかった。
頭の中はドミニクのことでいっぱいだった。
きっと今頃セオドアが、ドミニクと話をしているはずだ。
グレースが知るはずのない彼の本心が、分かるかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、気がつけばキャンディスは立ち上がっていた。
「そ、そういえば!
ドミニクとセオドア様遅いですね。
私ちょっと見てきます!」
キョトンとして見上げてくるグレースの返事を待つこともせずに、キャンディスは駆け出した。
心臓が激しく鳴っているのは、走っているせいか、それとも緊張しているせいなのか。
その理由が自分でも分からぬまま、一目散に廊下を駆けて行った。
0
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです
珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。
※全4話。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
【完結】彼と私と幼なじみ
Ringo
恋愛
私には婚約者がいて、十八歳を迎えたら結婚する。
ある意味で政略ともとれる婚約者とはうまくやっているし、夫婦として始まる生活も楽しみ…なのだが、周囲はそう思っていない。
私を憐れむか馬鹿にする。
愛されていないお飾りなのだと言って。
その理由は私にも分かっていた。
だって彼には大切な幼なじみがいて、その子を屋敷に住まわせているんだもの。
そんなの、誰が見たってそう思うわよね。
※本編三話+番外編四話
(執筆&公開予約設定済みです)
※シリアスも好物ですが、たまには頭を空っぽにしたくなる。
※タグで大筋のネタバレ三昧。
※R18命の作者にしては珍しく抑え気味♡
※念のためにR15はしておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる