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結局、セオドアとグレース、そしてドミニクとキャンディスは、4人で茶会をすることになった。
そしてしばらく経った頃、セオドアはキャンディスに小さく頷いて見せてから、ドミニクを連れて出て行った。

しかし実は全てがスムーズに進んだわけではなかった。
セオドアが、話があるからとドミニクを誘った時、ドミニクは『自分には話すことはない』とキッパリ断ったのである。
しかし苦笑いしつつもセオドアが何やら囁くと、深くため息をつきながらもようやく重い腰を上げ、渋々後に続いて出て行ったのだった。

残されたキャンディスはすがるような目つきで、セオドアの背中が扉の向こうに消えるまで、じっと見送っていた。
が、扉が閉じる音を聞いて、はっとした。

セオドアがドミニクと2人になる、ということばかりに気を取られていたせいで、すっかり忘れてしまっていたのである。
それはつまり、残されたキャンディスとグレースも2人になるのだ、ということを。

「あ、えーっと……」

すっかり頭が真っ白になってしまったせいで、気の利いた言葉が一つも浮かんでこない。
モゴモゴと唇を動かしていると、先に口を開いたのはグレースだった。

「セオドアとドミニク様が2人になるなんて、珍しいですわね。
いいえ……珍しいどころか、私は初めて見ましたわ」

白い指が艶やかな栗色の髪をかき上げると、形のいい小さな耳がちょこんと現れた。
長いまつ毛がパサリと上がり、髪と同じ色の瞳が、その奥から真っ直ぐこちらに向けられる。

その視線を受け止めた時、キャンディスはドキリとしてしまった。
同じ女性同士だというのに、知らず知らずのうちに頬が赤らんでしまうのを堪えることができなかった。

「そ……そうですよね」

と、俯き加減で呟く。
グレースはクスクス笑って続けた。

「でも、おかげでキャンディス様と2人きりでお話出来ますわね」
「は、はい」
「義理とはいえ、せっかく姉妹になるんですもの。
もっと打ち解けてお話しましょうよ!
キャンディスって呼んでもいいかしら」
「もちろんです」

キャンディスが上目でグレースを見ると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

「私、弟が一人いるきりで、姉妹はいないの。
だからこんなに可愛らしい方が義妹になってくれて嬉しいわ。
それに、ドミニク様とも仲が良いみたいで……ほっとしているの」

キャンディスはハッとして目を見開いた。
するとグレースは困ったように眉を下げて、小さく笑った。

「ドミニク様からセオドアに婚約相手を変えたくせに、と思うわよね。
聞いているのでしょう?
私が元々はドミニク様の婚約者だったってこと」

キャンディスが無言で頷くと、グレースはちょっと肩をすくめてから続けた。

「確かに私は、セオドアに惹かれてしまって、ドミニクとの婚約破棄を願い出たわ。
でもそれは決して、ドミニク様が嫌いになったからではないの。
彼には悪いことをしたと思っているし……幸せになって欲しいと思っているわ。
だから、新たな婚約者がキャンディスで良かったと安心しているの」
「そう……なんですか」
「ええ。
でも、まあ今さら、どの口が言うのっていう感じよね」

自嘲気味に笑うグレースを見つめながら、キャンディスは儀礼的に頭を横に振ってみせたが、やがてボソリと呟いた。

「でも、ドミニクはどう思っていたんでしょうか」
「え?」

あまりに小声だったせいで聞こえなかったらしい。
グレースが顔を上げると、キャンディスは先程よりも大きな声で言った。

「ドミニクは本当は……グレース様と結婚したかったんじゃないですか?」

キャンディスが思い詰めた声で言ったせいで、なんだか妙に重々しい空気になってしまったというのに。
グレースが突然弾けたように笑い出したせいで、一気に雰囲気が変わった。

「まさか!
彼は文句なんて何一つ言わなかったもの」

そう言われても、キャンディスは納得できなかった。
ドミニクならばきっと、本当に悲しい時でさえ、自分の気持ちを押し隠してしまいそうな気がしたから。

しかしそれをグレースに伝えたところで意味はないだろう、とキャンディスは口を閉ざした。

「それに、私はもう……セオドアと結婚するしかないのよ。
色々あってね。
まあ、このへんは、キャンディスにももうすぐ分かるわよ。
今はまだ言えないけどね」

グレースが独り言のようにぶつぶつと言葉を並べていたが、キャンディスは適当に相槌を打っていただけで聞いてはいなかった。
頭の中はドミニクのことでいっぱいだった。

きっと今頃セオドアが、ドミニクと話をしているはずだ。
グレースが知るはずのない彼の本心が、分かるかもしれない。

そう思うと居ても立っても居られず、気がつけばキャンディスは立ち上がっていた。

「そ、そういえば!
ドミニクとセオドア様遅いですね。
私ちょっと見てきます!」

キョトンとして見上げてくるグレースの返事を待つこともせずに、キャンディスは駆け出した。

心臓が激しく鳴っているのは、走っているせいか、それとも緊張しているせいなのか。
その理由が自分でも分からぬまま、一目散に廊下を駆けて行った。
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