私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

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セオドアは不意に手を伸ばしてくると、心臓をばくばくさせているキャンディスの頭に優しく触れた。

「この髪飾り、綺麗だね。
キャンディスにピッタリだ」
「あ、ありがとうございます。
これ……ドミニクにプレゼントしてもらったものなんです」

セオドアは弟の名を耳にすると、意外そうに目を見開いた。
そしてキャンディスにしか聞こえないように、小さく笑った。

「へえ、ドミニクがねえ。
もしかして裏には、うちの紋章が刻まれてたりして?」
「え、あ……はい」
「そうなんだ。やるじゃないか、あいつも」

すぐ近くにいるというのに、ドミニクはチラリともこちらを見ようとはしない。
それどころかグレースに微笑みかけてさえいるのである。

それがあまりに悔しくて、キャンディスの唇からは、いつしか不満の言葉が溢れ出ていた。

「実は、このドレスも彼の贈り物なんです。
でも、せっかく着てきたのに、褒めてくれるどころか、今夜はまともに目も合わせてくれなくて……」
「まさか!こんなに可愛い婚約者に、そんなことを?」

大袈裟にセオドアが声を上げた時。
慌てたキャンディスの目と、チラリとこちらを見たドミニクの目が、パチリと合った。

が、ちょうどその時、ドミニクとグレースに3人組の男性が話しかけてきたせいで、すぐにドミニクの視線は彼らにうつっていった。
男性達の背中が、まるで壁のようになり、キャンディスとセオドアを阻む。

今までだったらセオドアと2人で話ができて嬉しい時間のはずなのに、キャンディスの心は沈むばかりだ。

そんな彼女の心を見抜いたのだろうか。
セオドアは腰を屈めると、耳元で優しく囁いてくれた。

「大丈夫だよ。
ドミニクは照れ屋だから、言葉に出来なかっただけさ。
こんなに可愛くて似合ってるのに、そう思わないはずないもの。
自信をもって!」
「あ、ありがとうござ……」

思わず耳の先を赤くして言葉を詰まらせてしまったのは、彼の褒め言葉に動揺したせいではなかった。
セオドアの指がポンポンと肩を叩いてきたかと思うと、不意にその指先が彼女の肌の上を滑り出したせいだったのである。

キャンディスはギクリとしながらも、動くことができなかった。

触れるか触れないかというほど優しく。
しかしキャンディスには確かに彼の指が、鎖骨を撫でるのを感じた。

それはほんの一瞬のことだった。

弾かれたようにセオドアを見上げたが、彼の笑顔はいつも通り完璧で。
微塵も揺らいではいない。

その透き通るような瞳を見つめていたら、もしかしたら、全部夢だったような気さえしてくる。
しかしそれは確かに夢などではなかった。

心臓はいまだに早鐘を打っていたし、そっと鎖骨に触れてみれば、彼の指の感触がまだ残っていたのだから。

じっとセオドアに見つめられながら、キャンディスは身動き一つできないでいた。
鏡を見なくとも、頬が真っ赤であろうことは自分でも分かる。
しかしどうしてか、恐ろしいほど指先が冷えて仕方なかった。

キャンディスは咄嗟にドミニクに顔を向けた。
ちょうどグレースに別れの挨拶をしていた彼は、目が合うなり、こちらに歩いてくる。
そしてやけに心配そうな目つきで顔を覗き込んできたものだから、キャンディスは面食らってしまった。

「なんだ、その顔。
セオドアに何かされたか?」
「え……」

キャンディスは口を開きかけたが、彼の肩越しにグレースがこちらを見ているのに気がつくと、何も言わぬまま口を閉じた。
そして笑顔を浮かべると

「ううん、別になにも」

と言った。

ちょっと心がモヤモヤしただけだ。
べつに言うほどのことじゃない。

そう思ったから。

それに、今はそれよりも気になることがあったから。

キャンディスの目には、ドミニクがグレースに向ける笑顔がしっかりと焼きついてしまっていたのである。
何度瞬きを繰り返しても、その映像は薄れてくれそうになくて。
キャンディスの心の中に暗い影を落としていったのだった。
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