私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

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今夜のキャンディスはソワソワしていた。
何度もスカートのしわを伸ばすフリをし、袖のレースを整えるフリをするのを繰り返す。
そして合間合間に、隣に立つドミニクを盗み見る。
ところがどういうわけか、今夜に限って彼とちっとも目が合わないのである。

キャンディスはガックリと肩を落とした。
つい踊り出したくなってしまうようなリズミカルな曲が聞こえてくるというのに、足を動かす気にもならない。

その理由はといえば……。

キャンディスはもう一度、そっぽを向いたままのドミニクに目をやってから、そっと溜め息をついた。
せっかくドミニクにプレゼントしてもらったドレスを着てきたのだが、彼がそれについて何も言ってくれないのである。

一言くらい褒め言葉をかけてくれるだろうと、期待してきたというのに。
屋敷に迎えにきてくれた彼は、一目キャンディスを見るなり、露骨に目を逸らしたかと思うと、それきりほとんど口さえ開こうとしなくなってしまったのである。

機嫌が悪いのだろうか。
そう思ってはみたものの、諦めきれないキャンディスは、なんとかドミニクの関心を引こうとあれこれ奮闘してみた。

が、彼は褒め言葉どころか、いつもの憎まれ口さえ口にしようとはしないまま、結局今に至る、というわけなのである。

とうとう我慢ならなくなったキャンディスは、つかつかと歩いていくと、ドミニクの前に立ちはだかった。
こうすれば、さすがの彼も無視するわけにはいかないだろう。

「素敵なドレスをプレゼントしてくれて、ありがとう」

そう言ってから、ピンと胸を張った。

「どう……かしら」

堂々としてみせようと思ったのに、最後の最後で弱気になったせいで、声が震えてしまった。
しかし彼女が頑張った成果か、ドミニクは確かにこちらに顔を向けたのである。

それからゆっくりと口を開き、何か言いかけた様子だったのだが。
彼は不意に顔を上げると、よりにもよってこのタイミングで、他の女性の名を呼んだのである。

「あ、グレース様」

ぎょっとして振り向くと、そこには仲睦まじい様子で腕を組むグレースとセオドアの姿があった。

別にキャンディスは2人が嫌いなわけではない。
どちらかといえば、もちろん、好意を寄せている。

しかし、2人に会うのは今じゃなくても!
と思うのは仕方のないことだったかもしれない……。


明らかにドミニクは、キャンディスを避けるように足早にグレースの元へと歩み寄ると、なんだか積極的に話し始めた。
自分とは、これっぽっちも話してくれなかったと言うのに。

膨れっ面で2人を見つめていたキャンディスは、

「なに怖い顔してるの」

と、すぐ隣でセオドアに声をかけられて、ビクリとしてしまった。
あろうことか、隣に彼がいることを、すっかり忘れてしまっていたのである。

今までの自分からは考えられない行動に慌てつつ、キャンディスは取り繕うように笑顔を貼り付けた。

「あ、え?
そんな顔してました?」

わざとらしい笑い声も付け足したが、虚しく響いただけだった。
しかしセオドアはそれに突っ込むことはせずに、いかにも自然に微笑むと、

「キャンディスはいつも可愛らしいけど……今夜はいつも以上に素敵だね。
今日のドレス、とても良く似合っているよ」

と、キャンディスが今一番言われたかった言葉を、こともなげに掛けてくれたのである。
これにキャンディスの心臓が騒ぎ出さないはずはなかった。


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