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キャンディスはやけに緊張した面持ちで、両手を握りしめると、キョロキョロと辺りを見回していた。
カチカチと時計の振り子の音だけが響く室内は、あまりに静かで、彼女をますます緊張させる。
ここはドミニクの家の客間である。
彼に手紙で茶会に誘われた彼女は、こうして指定された日時にやって来た。
そして今まさに現れるであろうドミニクを待っているところなのだ。
もちろんキャンディスは、何度かこの屋敷を訪れたことはある。
ではどうして今更、こんなにも緊張しているのかと言えば……
「本当に私宛で間違いなかったのよね?
あの手紙……」
そう、原因は彼から貰った手紙だった。
そもそも、手紙を書くよりも先に直接会いに来るような筆無精な男なのだから、手紙が来たことだけでも驚いたというのに。
中を開いてみれば、やけに丁寧な招待の言葉が並んでいたものだから、もうこれは宛先を間違ったのではないかとさえ思ってしまったのである。
しかし何度見ても、確かにキャンディスの名前が記されている。
それを確認した上で、こうしてやってきたのだったが……
「いきなりどうしちゃったのかしら、ドミニクは。
頭でも打った……わけじゃないわよね」
と、妙に疑ってしまうほどに、キャンディスは動揺していたのだった。
だからノックの音とともに入ってきたドミニクを見た時には、大きく心臓が跳ね上がってしまった。
「やあ、キャンディス。来てくれて嬉しいよ」
「え、あ……わ、私も会えて嬉しいわ……?」
いつになく爽やかな笑顔で、優しい言葉をかけてくる彼を、キャンディスは呆然として見つめた。
これは本当にドミニクなのか。
まさか本当に頭でも打ったのではないかと、本気で心配になってくる。
しかし彼はキャンディスの不安などには気づく様子もなく、
「さあ、行こうか」
とエスコートすべく腕を差し出してくる。
キャンディスはおずおずとそれに指を絡めて歩き出したが、胸の中は不安でいっぱいだった。
「なんだか……ご機嫌ね?」
「そうか?いつも通りだけど」
「そ、そう……」
絶対にいつも通りなんかじゃない!
そう叫び出したかったが、さすがにそうはしなかった。
手紙といい、彼の態度といい、何かがおかしい。
まさか、何か企んでいるのでは……いやいや、まさかそこまではしないだろう、とイヤな想像が頭の中をグルグルと回りだす。
しかし、それもほんの数分のことだった。
ドミニクが足を止めて
「今日はここでお茶にしよう。
良い眺めだろう?」
と言うのを聞きながら顔を上げると、そんな不安はどこかへ吹き飛んでしまったのである。
「わあ……素敵!」
キャンディスは途端に笑顔を浮かべて駆け出した。
テラスに出ると、眼下に広がるのは美しいバラ園だ。
淡いピンクで統一されたバラが、見事に咲き誇っている。
その強い香りが風にのり、ふわりと流れてきて、キャンディスは思わず微笑んだ。
テラスに用意されたテーブルの上は、すでに茶会の準備が整えられている。
そこへ使用人が湯気の立ち上るポットを運んできた。
「さあ、どうぞ」
ドミニクはキャンディスの為に椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
席に座れば、バラの香りに入れ立ての紅茶の香り、それから焼きたてのスコーンの香りに、自然とニッコリしてしまう。
使用人が丁寧に紅茶を注いでくれるのさえ、待ちきれない気分だ。
ふと気がついて顔を上げれば、ドミニクもニコニコしながらこちらを眺めていた。
今日は何故か終始優しく、紳士的な彼。
それはまるで……。
「セオドア様みたい」
ドミニクには聞こえないように、ボソリとキャンディスは呟いた。
彼は、内容までは聞き取れなかったものの、何か言ったのは分かったのだろう。
「どうかしたか?」
と首を傾げてきた。
そこでキャンディスは彼の気分を害さぬよう、言葉を選びながら答えた。
「えーっと……。
今日のドミニクは、やっぱり、なんだかいつもと雰囲気が違うかなーっと思って」
「……こういうのはイヤか?」
「イヤではないけど……」
キャンディスは、まっすぐに向けられるドミニクの視線から逃れるように、うつむいた。
本当に今日の彼は、いつもと全く違う。
意地悪い笑みや、トゲトゲしい軽口はどこへいってしまったのだろうか。
キャンディスはモヤモヤした気持ちを抱えながらも、誘惑に抗えず、ケーキにフォークを伸ばした。
そして口に入れたのは良いのだが、考え事をしていたせいか、クリームが口の端についてしまった。
「あ……」
恥ずかしさに顔を赤らめながら、慌ててナプキンを取り上げる。
が、ドミニクの方が早かった。
彼は手を伸ばしてくると、素早くクリームを拭い取り、あろうことかペロリと舐めてしまったのである。
キャンディスはそれを呆然と眺めながら、耳まで真っ赤になってしまった。
「な……なにして……」
「赤くなっちゃって。
可愛いな、キャンディスは」
これは本当にドミニクなのか。
彼の皮をかぶった別人なのではないか。
キャンディスは思わず立ち上がった。
手にしていたナプキンがフワリと床に落ちたが、そんなことに構っている余裕などない。
もう彼の熱っぽい視線に、じっと耐えていることなんて出来なかった。
カチカチと時計の振り子の音だけが響く室内は、あまりに静かで、彼女をますます緊張させる。
ここはドミニクの家の客間である。
彼に手紙で茶会に誘われた彼女は、こうして指定された日時にやって来た。
そして今まさに現れるであろうドミニクを待っているところなのだ。
もちろんキャンディスは、何度かこの屋敷を訪れたことはある。
ではどうして今更、こんなにも緊張しているのかと言えば……
「本当に私宛で間違いなかったのよね?
あの手紙……」
そう、原因は彼から貰った手紙だった。
そもそも、手紙を書くよりも先に直接会いに来るような筆無精な男なのだから、手紙が来たことだけでも驚いたというのに。
中を開いてみれば、やけに丁寧な招待の言葉が並んでいたものだから、もうこれは宛先を間違ったのではないかとさえ思ってしまったのである。
しかし何度見ても、確かにキャンディスの名前が記されている。
それを確認した上で、こうしてやってきたのだったが……
「いきなりどうしちゃったのかしら、ドミニクは。
頭でも打った……わけじゃないわよね」
と、妙に疑ってしまうほどに、キャンディスは動揺していたのだった。
だからノックの音とともに入ってきたドミニクを見た時には、大きく心臓が跳ね上がってしまった。
「やあ、キャンディス。来てくれて嬉しいよ」
「え、あ……わ、私も会えて嬉しいわ……?」
いつになく爽やかな笑顔で、優しい言葉をかけてくる彼を、キャンディスは呆然として見つめた。
これは本当にドミニクなのか。
まさか本当に頭でも打ったのではないかと、本気で心配になってくる。
しかし彼はキャンディスの不安などには気づく様子もなく、
「さあ、行こうか」
とエスコートすべく腕を差し出してくる。
キャンディスはおずおずとそれに指を絡めて歩き出したが、胸の中は不安でいっぱいだった。
「なんだか……ご機嫌ね?」
「そうか?いつも通りだけど」
「そ、そう……」
絶対にいつも通りなんかじゃない!
そう叫び出したかったが、さすがにそうはしなかった。
手紙といい、彼の態度といい、何かがおかしい。
まさか、何か企んでいるのでは……いやいや、まさかそこまではしないだろう、とイヤな想像が頭の中をグルグルと回りだす。
しかし、それもほんの数分のことだった。
ドミニクが足を止めて
「今日はここでお茶にしよう。
良い眺めだろう?」
と言うのを聞きながら顔を上げると、そんな不安はどこかへ吹き飛んでしまったのである。
「わあ……素敵!」
キャンディスは途端に笑顔を浮かべて駆け出した。
テラスに出ると、眼下に広がるのは美しいバラ園だ。
淡いピンクで統一されたバラが、見事に咲き誇っている。
その強い香りが風にのり、ふわりと流れてきて、キャンディスは思わず微笑んだ。
テラスに用意されたテーブルの上は、すでに茶会の準備が整えられている。
そこへ使用人が湯気の立ち上るポットを運んできた。
「さあ、どうぞ」
ドミニクはキャンディスの為に椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
席に座れば、バラの香りに入れ立ての紅茶の香り、それから焼きたてのスコーンの香りに、自然とニッコリしてしまう。
使用人が丁寧に紅茶を注いでくれるのさえ、待ちきれない気分だ。
ふと気がついて顔を上げれば、ドミニクもニコニコしながらこちらを眺めていた。
今日は何故か終始優しく、紳士的な彼。
それはまるで……。
「セオドア様みたい」
ドミニクには聞こえないように、ボソリとキャンディスは呟いた。
彼は、内容までは聞き取れなかったものの、何か言ったのは分かったのだろう。
「どうかしたか?」
と首を傾げてきた。
そこでキャンディスは彼の気分を害さぬよう、言葉を選びながら答えた。
「えーっと……。
今日のドミニクは、やっぱり、なんだかいつもと雰囲気が違うかなーっと思って」
「……こういうのはイヤか?」
「イヤではないけど……」
キャンディスは、まっすぐに向けられるドミニクの視線から逃れるように、うつむいた。
本当に今日の彼は、いつもと全く違う。
意地悪い笑みや、トゲトゲしい軽口はどこへいってしまったのだろうか。
キャンディスはモヤモヤした気持ちを抱えながらも、誘惑に抗えず、ケーキにフォークを伸ばした。
そして口に入れたのは良いのだが、考え事をしていたせいか、クリームが口の端についてしまった。
「あ……」
恥ずかしさに顔を赤らめながら、慌ててナプキンを取り上げる。
が、ドミニクの方が早かった。
彼は手を伸ばしてくると、素早くクリームを拭い取り、あろうことかペロリと舐めてしまったのである。
キャンディスはそれを呆然と眺めながら、耳まで真っ赤になってしまった。
「な……なにして……」
「赤くなっちゃって。
可愛いな、キャンディスは」
これは本当にドミニクなのか。
彼の皮をかぶった別人なのではないか。
キャンディスは思わず立ち上がった。
手にしていたナプキンがフワリと床に落ちたが、そんなことに構っている余裕などない。
もう彼の熱っぽい視線に、じっと耐えていることなんて出来なかった。
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