私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

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「えっ……」

あまりに予想外の言葉に、キャンディスは一瞬言葉に詰まってしまった。
それから、ソワソワ指を動かしながら続けた。

「……グレース様が、婚約者の変更を望まれたのですか?」
「うん、そうなんだ。
家としては、兄弟のどちらが婚約しても構わなかったから、結局そのまま僕が婚約することになった。
ドミニクも反対はしなくてね。
どうでも良いって感じだったし……」
「そんな……なんでグレース様は……」

キャンディスは呟いたが、はっとして、すぐに口を閉ざした。
わざわざ問いかけなくとも、理由は分かるような気がしたのだ。

常に優しい言葉をかけてくれるセオドアと、言葉足らずで冷たい態度のドミニク。
その2人を比べれば、女性なら誰でもセオドアを選ぶに決まっているではないか。

そう、キャンディスとて例外ではないのだから。

「そんなことがあったのですね……」

キャンディスは、大きく息を吐き出した。
セオドアは困ったように眉を下げ、小さく頷くばかりで、それ以上は何も語ろうとはしなかった。

そうして会話が途切れたものだから、なんとなく居づらくなったのだろう。
挨拶の言葉もそこそこにセオドアが行ってしまうと、キャンディスは手にしているグラスをぼんやりと眺めた。

ゆっくりグラスを揺らすと、もうすっかりぬるくなってしまった液体が、ユラユラと波を立てる。
思い出したというように、グラスの底に残っていた泡が、ひとつ二つ上っていった。

ずんと重くなってきた頭に思い出されるのは、ドミニクに、どんな女性が好きなのか訊ねた時のことだった。
グレースのような女性が好きなのかと訊ねたキャンディスに、明らかに彼は動揺していた。

あの時は気付かなかったけれど、セオドアの話を聞いた今なら、分かる。
キャンディスに自分の気持ちをズバリ言い当てられて、ドミニクは動揺していたのだろう。

いつになく慌てた表情を浮かべた彼を思い出しながら、ますますキャンディスの頭は重みを増していくようだった。

ドミニクがグレースのことを想っていたのに、兄であるセオドアに婚約者の座を奪われたとしたら……。
彼の心の傷を、自分は軽々しく口にしてしまったのだとしたら……。

「あああー。やっちゃったわ……」

キャンディスはグラスを両手で握りしめながら、がっくりと頭を垂れた。
後悔の黒い渦が、体の中で膨れ上がっていくのを感じて、思わず身震いする。

キャンディスは急いで頭を上げると、キョロキョロと辺りを見回した。
それから手近なテーブルにグラスを置くと、急いで歩き出した。

もちろん目指すはドミニクだ。

「謝らないと……。
いくらいつも意地悪なドミニクが相手でも、さすがに悪いことを言ってしまったわ」

そうして、やっとのことで見つけたドミニクは、人気のないテラスの手すりに寄りかかり、ぼんやりと庭園を眺めているところだった。

キャンディスが足早に近づいていくと、あからさまに不機嫌そうな顔になる。
しかし彼の口から文句が飛び出してくることはなかったから、キャンディスは静かに彼の隣に並んだ。

ドミニクはやはり何も言わない。
そこでキャンディスは、いきなり頭を下げた。

「ごめんなさいっ」
「……は?」

ドミニクは訳が分からないといったように、目を丸くした。

「なに?何の話だよ」
「……聞いたの。グレース様のこと。
もともとは、あなたの婚約者だったって」
「ああ……そのことか」

彼はそう呟いたきり、黙り込んでしまった。
やはり怒っているのだろうか。
不安になったキャンディスは、急いで言葉を連ねていった。

「婚約者をお兄様に取られるなんて、嫌よね。やっぱり。
それなのに私ったら、からかうようなことを言ってしまって。
本当に、ごめ……」

しかしドミニクは

「別に気にしてない」

と、キャンディスの話を遮った。
それから、彼女が口を開くよりも先に訊ねてきたのである。

「聞いたのはそれだけか?」
「それだけって?」
「……婚約者がセオドアに変わった理由は、何か言っていたのか?」
「あ……ううん。
グレース様の希望だったということしか聞いていないわ。
それ以上は聞いたらいけない気がしたから……」

ふん、とドミニクが鼻を鳴らす。
そっぽを向いてしまったせいで、彼の顔は見ることが出来なかった。

怒っているのだろうか。
悲しんでいるのだろうか。
いつもは軽口ばかり叩いてうるさいくらいのドミニクが、やけに静かなものだから、なんだか不安になってくる。

しかしこれ以上不用意に何か言うわけにもいかなくて。
キャンディスは眉間にシワを寄せながら、彼が口を開くのをじっと待つことしかできなかった。
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