私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

神楽ゆきな

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「え……なんでよ」

キャンディスは頬を引きつらせながら言った。
しかしドミニクは少しも動じることなく

「そんな野暮な質問するか?
この状況で」

と笑いながら、手を伸ばして頬に触れてきた。

キャンディスは反射的に目を閉じつつも、なんとか抵抗しようと、がむしゃらに腕を前に突き出した。
が、そんな抵抗も虚しく、唇に何かが触れたのを感じて思わず体を震わせた。

それから……

「ふ、ふがっ!?」

次の瞬間、彼女の口から飛び出したのは、可愛らしい悲鳴などというものではなかった。
驚きのあまり、レディーらしからぬ声が飛び出してしまったのである。

何しろ口の中に、とろけるような甘みを感じたものだから、すっかり驚いてしまったのだ。

「こ、これは……」

キャンディスは恐る恐る目を開いた。
身動きすれば鼻がぶつかりそうなほど近くにドミニクの顔がある。
そして彼の足元に目をやれば、可愛らしい箱の中にチョコレート菓子が行儀よく並んでいた。

「……チョコレート?」
「これ、美味いだろう?
食いしん坊なキャンディスはきっと気にいると思ったんだ。
わざわざ用意してやったんだから、ありがたく食べろ」
「あ、ありがとう……」

ホッと胸を撫で下ろしながら、チョコレートを一粒取り上げて、まじまじと見つめる。
これをドミニクは、キャンディスの口に入れただけだったのだ。

「……それなのに、私ったら」

キャンディスは、今度は自分でチョコレートを口に押し込みながら、呟いた。
みるみる頬が熱くなっていくのが、鏡を見なくても分かる。

「なに赤くなってんだ。
もしかして、なにかされるのを期待してたのか?」
「期待なんかしてないわよ!
ちょ、ちょっと日に当たりすぎて赤くなっちゃっただけ」
「へえ?
ここはちょうど良い木陰なのに『日に当たりすぎて』ねえ……」

ドミニクはニヤニヤ笑いを浮かべながら、ゴロンと敷布の上に寝転がった。
慌ててキャンディスは、並んだ食器をどかしてやる。

「あーあ、気持ちいい。
こんなこと使用人の前では出来ないからな。
ゴロゴロしたい日は、人払いするに限る」

キャンディスはどうして彼が使用人を下がらせたのか、ようやく合点がいった。
それから、堪えきれずにクスクス笑ってしまった。

「……子どもみたいだこと」
「ああ?これ、気持ちいいんだぞ。
ほら、キャンディスも来いよ」

ドミニクがポンポンと隣を叩いて見せる。
が、キャンディスは澄ました顔で答えてやった。

「レディーはそんなところに寝転がったりはしないのよ」
「……まったく。本当に可愛くないな」

ドミニクがため息をつくのを聞いて、キャンディスはますます眉を吊り上げた。

「あら!そんなに可愛い婚約者が良いなら、私とは婚約破棄して、他の方と婚約し直せばいいじゃないの」

またいつもみたいに、ポンポンと憎まれ口が返ってくるものだとばかり思っていた。
それなのに、プイッと顔を背けて数秒待ってみても、まだ彼の返事はなくて。

妙な不安に駆られて恐る恐る薄目を開けてみると、ドミニクは虚ろな瞳を空に彷徨わせていた。

「婚約破棄は、一度だけで十分だ」
「そ、そうよね……」

またしても悪いことを言ってしまった。

キャンディスは沈黙に耐えきれず、用意してきていた本を手に取った。
が、どうにも彼が気になってしまって、全く内容が頭に入って来ない。

それでもなんとかページをめくったところで、チラリとドミニクを盗み見たのだったが。

唖然としてしまった。

彼女の気持ちなどお構いなしに、ドミニクはいかにも気持ちよさそうに寝てしまっていたのである。

「なんて勝手な人!」

と小声で文句を言いつつも、彼の寝顔から目が離せなかった。

こうして黙っていれば、やはり整った顔立ちをしているな、と改めて思った。
性格には難があるものの、これならば女性達が注目するのにも合点がいく。
しかし今はハンサムというよりは、まるで子どもみたいに可愛らしい。

キャンディスはクスッと笑って、ブランケットを引き寄せると、そっと彼にかけてやった。

それから、再び本を開き始める。
今度は、ページをめくる彼女の手は、しばらく止まることはなかった。

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