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キャンディスがいかに憂鬱でも避けては通れない日が、とうとうやってきた。
もちろん、婚約披露の夜会の日である。

夜会が始まるや否や、キャンディスは気が進まないながらも、なんとか笑顔を浮かべてドミニクと並んで立ち続けた。
顔も知らない人が次から次へと現れては、お辞儀をし、2人に祝福の言葉をかけてくれる。

初めこそ緊張して背筋を伸ばしていたキャンディスだったが、それが何十人と続けばさすがに疲れてくる。
やっとのことで一通りの挨拶が終わった頃には、もうクタクタで、今すぐベッドに飛び込みたい気分だった。

が、まだまだ夜会は始まったばかり。
仕方なくキャンディスは、ドミニクが知り合いと話している間に、せめて喉でも潤そうかと飲み物を取りに立って行ったのだった。

「ああ、疲れる……こういうことって本当に苦手だわ」

独り言を言いながら辺りを見回していると、後ろから女性同士の囁き声が聞こえてきた。

「やっぱりセオドア様って格好いいわよね。
いかにも白馬に乗った王子様っていう感じだわ」

セオドアの名前に反応したキャンディスは、思わず同意するように頷いて、聞き耳をたてる。
やはり考えることは皆同じなんだな、などと呑気に考えながら、小さく微笑んでしまった。

しかし続いて聞こえてきた声には、打って変わって、驚きに目を見開くことになった。

「だけどドミニク様も素敵よね。
セオドア様は優しくて明るいけれど、ドミニク様はクールな感じで」

そんなふうに思う人もいるのか、とキャンディスは失礼なことを思いながら、チラリとドミニクに目をやった。

確かに改めて見れば、セオドアとはタイプが正反対とはいえ、ドミニクもかなり整った顔をしている。
もちろんそれは、彼が黙ってさえいればであるが。

キャンディスは深々とため息をついて、グラスの中身を飲み干した。

「でも、私はやっぱりセオドア様に惹かれちゃうのよね……」

そこへ、話を終えたドミニクが戻ってきた。
そして開口一番

「なんだなんだ、その疲れ切った不細工な顔は。
まだ夜会は続くんだぞ。
とりあえず笑え!」

とケタケタ笑うものだから、もうキャンディスはゲッソリしてしまって、とても笑顔を浮かべる元気などなくなってしまうのだった。
ところが

「おーい、ドミニク!」

と声がした途端、キャンディスはピシリと背筋を伸ばした。
振り向かなくても、声の主がキャンディスには分かったのである。
この声は、セオドアだ。

ドキドキしながら振り向くと、やはりセオドアが、いつも通り爽やかな笑顔を浮かべて立っていた。

「…….なんだよ」
「いや、まだキャンディス嬢に挨拶してなかったなと思ってさ。
慌てて来たんだよ」

不機嫌に呟くドミニクに軽やかに笑ってから、セオドアはキャンディスに顔を向けた。
憧れのセオドアの瞳に、自分がうつっている。
そう思うと緊張してしまって、言葉に詰まってしまったキャンディスに、彼は優しく微笑んだ。

「そんなに緊張しなくて良いですよ。
別に初対面ってわけじゃないのですから。
リラックス、リラックス!」
「わ、私のこと、覚えていて下さっていたんですか!?」
「もちろん!」

セオドアは美しい黄金の髪を揺らしながら頷くと、キャンディスの耳元に顔を寄せて囁いた。

「ちゃんと覚えていますよ?
可愛らしい『壁の花』さん」

彼が自分との会話を覚えていてくれた。
それだけで、もう嬉しくて嬉しくて、キャンディスは指が震えてしまった。

するといきなりセオドアは手を伸ばしてきたかと思うと、キャンディスの頭をポンポン撫でてきたのである。

「あなたが義理の妹になるなんて、嬉しいです。
ああ、もう家族になるのだから、堅苦しいのはやめようか。
ねえ、キャンディスって呼んでいいかな?」
「は、はい。お好きなように呼んで下さいませ」
「だからそんなに固くならないで!」

朗らかに笑うセオドアに、キャンディスは見惚れずにはいられなかった。
隣でドミニクはあからさまにそっぽを向いていたけれど、彼のことは最早視界に入っていなかったのである。
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