私は今日、好きな人の弟と婚約致しました

７

それからキャンディスは、苦手な夜会に積極的に参加するようになった。
もちろんセオドアに会いたかったからである。

しかしいつでも彼は多くの女性達に囲まれていて、とても自分から話しかけられるタイミングなどなかった。
また話しかけてもらえないだろうかと願ってもみたが、そう簡単に望みは叶うものでもない。
そういうわけで、その願いはついに叶うことはなかったのである。

つまりキャンディスがセオドアと話したのはたったの一度きりだった。
しかし恋に落ちるには、たった一度で十分だったのである。

もちろん彼女は、セオドアにも自分のことを好きになって欲しいなどと高望みをしているわけではなかった。
ただひっそりと遠くから見つめていられれば、それでも十分満足していたのだ。

そう、大事なのは『ひっそりと』である。
壁の花である自分が、皆の憧れのセオドアに恋をしているなど、気づかれてはあまりに恥ずかしい。
だから間違っても誰かにこの気持ちがバレることのないよう、彼女なりに気をつけていたはずだったのだが。

とある夜会でいつものように、遠目からセオドアをうっとりと眺めていたある日、突然背後で声がしたのである。

「セオドアのこと、見過ぎ」

ギクリとして振り返れば、鋭い目をこちらに向けていて、唇の端をぐっと引き上げて笑う青年が立っていた。
それこそがドミニクだったのである。

「み、見てなんか……」

キャンディスは咄嗟にそう言ったはいいものの、さすがに無理があると自分でも分かっていた。
もちろん彼もそんな事を言われて引き下がるわけもなく、

「いやいや、さすがに誤魔化しきれないって。
でもさすがに、お前じゃセオドアを落とすのは無理なんじゃないかなー？
ほらあいつ、いつだって美人に囲まれてるしさ」

と、ケタケタと笑っている。
これにはキャンディスも顔を真っ赤にして、ギリギリと下唇を噛むしかなかった。
そんなことは彼に言われなくとも、彼女自身が一番よく分かっていたのである。

これが、彼女とドミニクの最悪の初対面だった。

それからというものドミニクは会うたびに、わざわざ話しかけてくるようになった。
話しかけるというのは正しくないかもしれない。
正確に言えば、セオドアへのキャンディスの想いを、からかい、バカにしてくるようになったのである。

それだけでもキャンディスが彼を嫌いになる理由としては十分だったのだが。
ドミニクがセオドアの弟だと知った時には、その衝撃は凄まじかった。
まさに青天の霹靂かと思うほどのショックを受けて、頭が真っ白になってしまったほどだ。

セオドアには悪いが、全く似ていないし、少しも愛すべき点が見当たらない。
これではまるで、天使と悪魔だ。

とにかく、これからは出来る限りドミニクとは関わらないようにしよう、とキャンディスは決意していたというのに。

どういう巡り合わせか、そのドミニクとキャンディスが婚約することになってしまったのだから、運命とは皮肉なものである……。