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「……え?私、ですか?」
キャンディスはまるで外国語で話しかけられているかのような気分で、差し出された手をキョトンと見つめていた。
それほどまでに、セオドアが言っている意味がすぐには理解できなかったのである。
呆然としてしまっているキャンディスの代わりに口を開いたのは、セオドアに腕を絡めていた娘の方だった。
「まあ!ひどいですわ、セオドア様!
今夜は私のエスコートをして下さるお約束ではありませんか!」
その文句はもっともである。
しかしセオドアは、なんでもないことのように
「ええ、でも一曲だけですから」
と微笑んでから、
「それに、ほら……」
と小声で言いながら、彼女の耳元で何やら囁いた。
あまりに小さな声だったものだから、その内容まではキャンディスには分からなかった。
しかし彼が口を閉ざすや否や、娘の顔がパーッと明るくなったのである。
そうかと思うと
「そうですか!それなら、構いませんわ。
どうぞ、一曲くらい他の女性と踊っていらして!」
と打って変わって上機嫌になったのには、すっかり驚いてしまった。
その上彼女は余裕たっぷりに、キャンディスにまで微笑んできたのである。
いったいセオドアは何を言ったというのだろう。
不思議ではあったが、いつまでもそんなことを考えている余裕はなかった。
なにしろ、キャンディスがまだ返事をしていないというのに、セオドアはさも当然というふうにスルリと手を取ると、ダンスをする人達の間へと歩き始めてしまったのである。
「あ、あの……」
「あれ、嫌でしたか?」
セオドアは振り返ると、驚くほどあっさりとキャンディスの手を離して立ち止まった。
これにはキャンディスも、妙な寂しささえ感じてしまって、急に離された手をモジモジと動かしてしまう。
急な展開に頭がついていかないとはいえ、このままチャンスを逃すのはあまりに悲しすぎる。
キャンディスは慌てて言った。
「いえ!嫌というわけではありません。
でも、どうして私なんかを誘って下さったのか不思議で……。
大して可愛くもないですし、今夜だってすっかり壁の花になってしまっていましたし……」
しかしそれを聞いたセオドアが、再び手を握ってきたものだから、キャンディスは驚きのあまり目を丸くした。
「壁の花だって、立派な花じゃないですか」
背の高いセオドアは、目線を合わせるようにかがみ込みながら言った。
「それに僕には、ひっそり咲く花がとても可愛らしく見えたのです。
だからお誘いしたのですよ」
明かりに照らされて、彼の黄金の髪がキラキラと輝くのを、キャンディスは唇を薄く開いたまま、ぼんやりと眺めていた。
女性たちの憧れであるセオドアに、そんなことを言ってもらえる時が来るなんて、まるで夢の中の出来事としか思えなかったのである。
「嫌なら無理にとは言いませんが。
良かったら、一曲踊ってもらえると嬉しいです。
いかがですか?」
キャンディスは夢心地のままコクリと頷くと、恐る恐る彼の手を取った。
「良かった。ありがとうございます」
と言って目を細めた彼が、あまりに眩しくて。
キャンディスは熱にでも浮かされたようになってしまったおかげで、せっかくセオドアとダンスをしたというのに、その後の記憶はすっかり曖昧になってしまったのだった。
キャンディスはまるで外国語で話しかけられているかのような気分で、差し出された手をキョトンと見つめていた。
それほどまでに、セオドアが言っている意味がすぐには理解できなかったのである。
呆然としてしまっているキャンディスの代わりに口を開いたのは、セオドアに腕を絡めていた娘の方だった。
「まあ!ひどいですわ、セオドア様!
今夜は私のエスコートをして下さるお約束ではありませんか!」
その文句はもっともである。
しかしセオドアは、なんでもないことのように
「ええ、でも一曲だけですから」
と微笑んでから、
「それに、ほら……」
と小声で言いながら、彼女の耳元で何やら囁いた。
あまりに小さな声だったものだから、その内容まではキャンディスには分からなかった。
しかし彼が口を閉ざすや否や、娘の顔がパーッと明るくなったのである。
そうかと思うと
「そうですか!それなら、構いませんわ。
どうぞ、一曲くらい他の女性と踊っていらして!」
と打って変わって上機嫌になったのには、すっかり驚いてしまった。
その上彼女は余裕たっぷりに、キャンディスにまで微笑んできたのである。
いったいセオドアは何を言ったというのだろう。
不思議ではあったが、いつまでもそんなことを考えている余裕はなかった。
なにしろ、キャンディスがまだ返事をしていないというのに、セオドアはさも当然というふうにスルリと手を取ると、ダンスをする人達の間へと歩き始めてしまったのである。
「あ、あの……」
「あれ、嫌でしたか?」
セオドアは振り返ると、驚くほどあっさりとキャンディスの手を離して立ち止まった。
これにはキャンディスも、妙な寂しささえ感じてしまって、急に離された手をモジモジと動かしてしまう。
急な展開に頭がついていかないとはいえ、このままチャンスを逃すのはあまりに悲しすぎる。
キャンディスは慌てて言った。
「いえ!嫌というわけではありません。
でも、どうして私なんかを誘って下さったのか不思議で……。
大して可愛くもないですし、今夜だってすっかり壁の花になってしまっていましたし……」
しかしそれを聞いたセオドアが、再び手を握ってきたものだから、キャンディスは驚きのあまり目を丸くした。
「壁の花だって、立派な花じゃないですか」
背の高いセオドアは、目線を合わせるようにかがみ込みながら言った。
「それに僕には、ひっそり咲く花がとても可愛らしく見えたのです。
だからお誘いしたのですよ」
明かりに照らされて、彼の黄金の髪がキラキラと輝くのを、キャンディスは唇を薄く開いたまま、ぼんやりと眺めていた。
女性たちの憧れであるセオドアに、そんなことを言ってもらえる時が来るなんて、まるで夢の中の出来事としか思えなかったのである。
「嫌なら無理にとは言いませんが。
良かったら、一曲踊ってもらえると嬉しいです。
いかがですか?」
キャンディスは夢心地のままコクリと頷くと、恐る恐る彼の手を取った。
「良かった。ありがとうございます」
と言って目を細めた彼が、あまりに眩しくて。
キャンディスは熱にでも浮かされたようになってしまったおかげで、せっかくセオドアとダンスをしたというのに、その後の記憶はすっかり曖昧になってしまったのだった。
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