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翌朝のこと。
キャンディスと両親はティーカップを片手にテーブルを囲んでいた。
いつもは言葉数の多い家族のはずだが、今日ばかりは、誰かが時折ぽつりと何か言っては、また沈黙に包まれるのを繰り返している。
何をしているのかと言えば、彼らは手紙を待っていたのである。
もちろん、婚約の件についてのドミニクからの手紙だ。
「キャンディス。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
ドミニク様からは、きっと色好いお返事が来るに決まっているもの」
と伯爵夫人が言えば、
「そうだぞ!
お前も精一杯頑張ったと言っていたのだから、きっと大丈夫だ」
と伯爵も満面の笑顔で頷く。
もう何度同じようなやり取りを繰り返しただろうか。
キャンディスはゲンナリしながら、両親の顔を見つめていた。
時間が経てば経つほど、罪悪感が膨らんでいく。
あれほど酷いことを言ったのだ。
ドミニクから良い返事など来るはずがないと、彼女には分かっていた。
しかし、顔合わせの首尾を両親に聞かれた時、その期待の眼差しの輝きに気圧され、つい『精一杯頑張った』と嘘をついてしまったのである。
だから目の前の2人が、返事が来るのを今か今かと待っているのは、明らかにキャンディス自身のせいだった。
その時である。
ノックの音がして、使用人が入って来たのを見るや、3人とも素早く彼の手に顔を向けた。
が、使用人は手紙どころか何も持っていなかった為、3人は息を吐き出して座り直したのだったけれど。
使用人は思いがけないことを口にしたのである。
「あ、あの……ドミニク・ヘンズリー様がいらっしゃいました」
「なに!?」
思わず立ち上がったのは伯爵である。
「手紙ではなく、ご本人が直接いらっしゃったのか!?」
「は、はい。
応接室でお待ちいただいておりますが……よろしかったでしょうか」
「あ、ああ、問題ない。
すぐに行くようお伝えしておくれ」
「かしこまりました」
使用人が出ていくと、伯爵は目をパチパチさせながらキャンディスを見た。
「まさか直接いらっしゃるとは驚いた。
だがお待たせするわけにはいかない。
すぐに行こう」
伯爵夫人は頷いて、すぐに立ち上がる。
キャンディスも2人の後を追って歩き出したのだったが、その顔はすっかり青ざめてしまっていた。
断るならば、手紙に一言そう書けば終わる話だ。
それを、わざわざやって来るとは……良い予感など全くしなかった。
恐らく彼は、キャンディスの無礼に対する怒りを直接ぶつけにきたのだ。
それ以外に理由など考え付かなかった。
面と向かってなじられるのを想像すると、いっそのこと逃げ出してしまいたい、とさえ思ったが、今更どうしようもない。
しかし最悪の事態ばかりを想像して、恐る恐る応接室に入った彼女の目に映ったのは、何故か満面の笑みを浮かべたドミニクの姿だったのである。
これを見て体を震わせたのは、キャンディスばかりだっただろう。
*
「……というわけで、是非ともキャンディス嬢と婚約させて頂きたいと思います」
適当な挨拶を終え、ドミニクが切り出したのを聞いた時、キャンディスは一瞬で体の芯まで凍りついてしまったような気がした。
両親が大喜びで手を取り合っている隣で、キャンディスは『なんで!?』と叫び出したくなるのを懸命に堪える。
それほどまでに、彼の言っている意味が分からなかった。
キャンディスと両親はティーカップを片手にテーブルを囲んでいた。
いつもは言葉数の多い家族のはずだが、今日ばかりは、誰かが時折ぽつりと何か言っては、また沈黙に包まれるのを繰り返している。
何をしているのかと言えば、彼らは手紙を待っていたのである。
もちろん、婚約の件についてのドミニクからの手紙だ。
「キャンディス。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
ドミニク様からは、きっと色好いお返事が来るに決まっているもの」
と伯爵夫人が言えば、
「そうだぞ!
お前も精一杯頑張ったと言っていたのだから、きっと大丈夫だ」
と伯爵も満面の笑顔で頷く。
もう何度同じようなやり取りを繰り返しただろうか。
キャンディスはゲンナリしながら、両親の顔を見つめていた。
時間が経てば経つほど、罪悪感が膨らんでいく。
あれほど酷いことを言ったのだ。
ドミニクから良い返事など来るはずがないと、彼女には分かっていた。
しかし、顔合わせの首尾を両親に聞かれた時、その期待の眼差しの輝きに気圧され、つい『精一杯頑張った』と嘘をついてしまったのである。
だから目の前の2人が、返事が来るのを今か今かと待っているのは、明らかにキャンディス自身のせいだった。
その時である。
ノックの音がして、使用人が入って来たのを見るや、3人とも素早く彼の手に顔を向けた。
が、使用人は手紙どころか何も持っていなかった為、3人は息を吐き出して座り直したのだったけれど。
使用人は思いがけないことを口にしたのである。
「あ、あの……ドミニク・ヘンズリー様がいらっしゃいました」
「なに!?」
思わず立ち上がったのは伯爵である。
「手紙ではなく、ご本人が直接いらっしゃったのか!?」
「は、はい。
応接室でお待ちいただいておりますが……よろしかったでしょうか」
「あ、ああ、問題ない。
すぐに行くようお伝えしておくれ」
「かしこまりました」
使用人が出ていくと、伯爵は目をパチパチさせながらキャンディスを見た。
「まさか直接いらっしゃるとは驚いた。
だがお待たせするわけにはいかない。
すぐに行こう」
伯爵夫人は頷いて、すぐに立ち上がる。
キャンディスも2人の後を追って歩き出したのだったが、その顔はすっかり青ざめてしまっていた。
断るならば、手紙に一言そう書けば終わる話だ。
それを、わざわざやって来るとは……良い予感など全くしなかった。
恐らく彼は、キャンディスの無礼に対する怒りを直接ぶつけにきたのだ。
それ以外に理由など考え付かなかった。
面と向かってなじられるのを想像すると、いっそのこと逃げ出してしまいたい、とさえ思ったが、今更どうしようもない。
しかし最悪の事態ばかりを想像して、恐る恐る応接室に入った彼女の目に映ったのは、何故か満面の笑みを浮かべたドミニクの姿だったのである。
これを見て体を震わせたのは、キャンディスばかりだっただろう。
*
「……というわけで、是非ともキャンディス嬢と婚約させて頂きたいと思います」
適当な挨拶を終え、ドミニクが切り出したのを聞いた時、キャンディスは一瞬で体の芯まで凍りついてしまったような気がした。
両親が大喜びで手を取り合っている隣で、キャンディスは『なんで!?』と叫び出したくなるのを懸命に堪える。
それほどまでに、彼の言っている意味が分からなかった。
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