上 下
3 / 41

しおりを挟む
翌朝のこと。
キャンディスと両親はティーカップを片手にテーブルを囲んでいた。
いつもは言葉数の多い家族のはずだが、今日ばかりは、誰かが時折ぽつりと何か言っては、また沈黙に包まれるのを繰り返している。

何をしているのかと言えば、彼らは手紙を待っていたのである。
もちろん、婚約の件についてのドミニクからの手紙だ。

「キャンディス。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。
ドミニク様からは、きっと色好いお返事が来るに決まっているもの」

と伯爵夫人が言えば、

「そうだぞ!
お前も精一杯頑張ったと言っていたのだから、きっと大丈夫だ」

と伯爵も満面の笑顔で頷く。

もう何度同じようなやり取りを繰り返しただろうか。
キャンディスはゲンナリしながら、両親の顔を見つめていた。

時間が経てば経つほど、罪悪感が膨らんでいく。

あれほど酷いことを言ったのだ。
ドミニクから良い返事など来るはずがないと、彼女には分かっていた。

しかし、顔合わせの首尾を両親に聞かれた時、その期待の眼差しの輝きに気圧され、つい『精一杯頑張った』と嘘をついてしまったのである。
だから目の前の2人が、返事が来るのを今か今かと待っているのは、明らかにキャンディス自身のせいだった。

その時である。
ノックの音がして、使用人が入って来たのを見るや、3人とも素早く彼の手に顔を向けた。
が、使用人は手紙どころか何も持っていなかった為、3人は息を吐き出して座り直したのだったけれど。
使用人は思いがけないことを口にしたのである。

「あ、あの……ドミニク・ヘンズリー様がいらっしゃいました」
「なに!?」

思わず立ち上がったのは伯爵である。

「手紙ではなく、ご本人が直接いらっしゃったのか!?」
「は、はい。
応接室でお待ちいただいておりますが……よろしかったでしょうか」
「あ、ああ、問題ない。
すぐに行くようお伝えしておくれ」
「かしこまりました」

使用人が出ていくと、伯爵は目をパチパチさせながらキャンディスを見た。

「まさか直接いらっしゃるとは驚いた。
だがお待たせするわけにはいかない。
すぐに行こう」

伯爵夫人は頷いて、すぐに立ち上がる。
キャンディスも2人の後を追って歩き出したのだったが、その顔はすっかり青ざめてしまっていた。

断るならば、手紙に一言そう書けば終わる話だ。
それを、わざわざやって来るとは……良い予感など全くしなかった。

恐らく彼は、キャンディスの無礼に対する怒りを直接ぶつけにきたのだ。
それ以外に理由など考え付かなかった。

面と向かってなじられるのを想像すると、いっそのこと逃げ出してしまいたい、とさえ思ったが、今更どうしようもない。
しかし最悪の事態ばかりを想像して、恐る恐る応接室に入った彼女の目に映ったのは、何故か満面の笑みを浮かべたドミニクの姿だったのである。

これを見て体を震わせたのは、キャンディスばかりだっただろう。







「……というわけで、是非ともキャンディス嬢と婚約させて頂きたいと思います」

適当な挨拶を終え、ドミニクが切り出したのを聞いた時、キャンディスは一瞬で体の芯まで凍りついてしまったような気がした。

両親が大喜びで手を取り合っている隣で、キャンディスは『なんで!?』と叫び出したくなるのを懸命に堪える。
それほどまでに、彼の言っている意味が分からなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

処理中です...