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「落ち着いて聞いておくれ、キャンディス」
父親のリッジウェイ伯爵がやけに真面目な顔で切り出してくるのを見て、キャンディスは思わず吹き出した。
「あら、いやだ!お父様ったら。
どうなさったの?そんなに怖いお顔で」
と茶化してみせたが、父親が眉ひとつ動かさないのを見て、顔をしかめた。
「……なんだかとってもイヤな予感がしますわ」
「ああ……心して聞いてほしい。
いいかい、キャンディス。
実は……事業に失敗してしまってね。
このままでは、この屋敷さえも手放さねばならないくらい、追い詰められているんだ」
あまりにも予想外の話に、キャンディスの頭は真っ白になった。
途端に心臓が早鐘を打ち始める。
「そんな……」
「残念だが、本当なんだ。すまない」
伯爵は重々しく息を吐いてから、続けた。
「だがな、1つだけ我がリッジウェイ伯爵家が助かる道がある。
キャンディス。お前に、とある侯爵家へ嫁いでもらうことだ」
「私……?」
「そうだ。というのも……」
「嫌よ!」
キャンディスは伯爵が言い終わらないうちに、力一杯叫んだ。
これには伯爵も呆気に取られた様子で、娘を見つめている。
しかしキャンディスはここで止めるわけにはいかなかった。
「私だって貴族の娘ですもの。
家の為に、顔も知らない方へ嫁ぐのはよくある事だということくらい、分かっています。
でも今時そんなの古臭いわ!」
と、目の前のローテーブルに勢いよく両手をついたものだから、並んでいたティーカップがわずかに飛び上がる。
ついでに、その音に驚愕した伯爵までもがビクリと飛び上がった。
「最近は夜会などで男女が出会って恋愛結婚することだって、かなり増えてきております!
だから私も最近は、苦手な夜会にすら積極的に出掛けていたのです。
それなのにお父様は、その努力など無かった事にせよとおっしゃるのですか!」
「いや、ま、まあ……落ち着いて、キャンディス。
もちろん私だって、無理強いをするつもりはない。
ただヘンズリー侯爵が言うには……」
「ヘンズリー侯爵!?」
キャンディスはまたしても父親を遮って声を上げた。
「そのお相手というのは、ヘンズリー侯爵令息なのですか?」
「え?あ、ああ……そうだ。
実はこの申し込みは、前々から受けていたんだ。
だが同時に、他にももっと有利な家からも申し込みを受けていてな。
返事を渋っているうちに、我が家がひどい状態になってしまった。
そうなれば、結婚の話など次々に白紙にもどされてしまって……。
ただヘンズリー侯爵家だけは、親切にも、いまだに気持ちを変えずにいてくれているんだ。
その上、持参金を求めるどころか、支度金まで用意して下さるそうだ」
「まあ!だったらこのお話、お受けするしかありませんわね!」
あまりにもコロッとキャンディスの態度が変わったものだから、伯爵は呆気に取られて目を丸くした。
「いい……のか?」
「あら、お父様だって、そうして欲しいのでしょう?」
「そ、それはそうなんだが」
「だったら、それで良いではありませんか!」
「そ……そうか?
いや、そうだな!わかった。
では早速、お受けすると返事を出そう。
ああ、そうだ。顔合わせの挨拶の為に、新しいドレスでも新調しなさい」
「わあ!ありがとうございます、お父様!」
伯爵を残して部屋を出たキャンディスは、後ろ手に扉を閉めるなり、頬を赤く染めて微笑んだ。
婚約の話が出た時はどうなることかと思ったが、まさか相手がヘンズリー侯爵令息だったなんて!
憧れのセオドア様と結婚出来るのならば、願ったり叶ったりだわ!
ウキウキ歩き出した彼女は、人生で一番と言って良いほど幸せを感じていた。
これからはきっと、素晴らしいことばかり起こるに違いないとさえ、思えたほど……だったのだが。
「ドミニク様……?な、なんで……」
いざ顔合わせの日になってみれば、現れたのは待望のセオドアではなく、どういうわけか彼の弟のドミニクだったのである。
その事実を理解した瞬間、今にも卒倒しそうなほど青ざめたことは、言うまでもない……。
父親のリッジウェイ伯爵がやけに真面目な顔で切り出してくるのを見て、キャンディスは思わず吹き出した。
「あら、いやだ!お父様ったら。
どうなさったの?そんなに怖いお顔で」
と茶化してみせたが、父親が眉ひとつ動かさないのを見て、顔をしかめた。
「……なんだかとってもイヤな予感がしますわ」
「ああ……心して聞いてほしい。
いいかい、キャンディス。
実は……事業に失敗してしまってね。
このままでは、この屋敷さえも手放さねばならないくらい、追い詰められているんだ」
あまりにも予想外の話に、キャンディスの頭は真っ白になった。
途端に心臓が早鐘を打ち始める。
「そんな……」
「残念だが、本当なんだ。すまない」
伯爵は重々しく息を吐いてから、続けた。
「だがな、1つだけ我がリッジウェイ伯爵家が助かる道がある。
キャンディス。お前に、とある侯爵家へ嫁いでもらうことだ」
「私……?」
「そうだ。というのも……」
「嫌よ!」
キャンディスは伯爵が言い終わらないうちに、力一杯叫んだ。
これには伯爵も呆気に取られた様子で、娘を見つめている。
しかしキャンディスはここで止めるわけにはいかなかった。
「私だって貴族の娘ですもの。
家の為に、顔も知らない方へ嫁ぐのはよくある事だということくらい、分かっています。
でも今時そんなの古臭いわ!」
と、目の前のローテーブルに勢いよく両手をついたものだから、並んでいたティーカップがわずかに飛び上がる。
ついでに、その音に驚愕した伯爵までもがビクリと飛び上がった。
「最近は夜会などで男女が出会って恋愛結婚することだって、かなり増えてきております!
だから私も最近は、苦手な夜会にすら積極的に出掛けていたのです。
それなのにお父様は、その努力など無かった事にせよとおっしゃるのですか!」
「いや、ま、まあ……落ち着いて、キャンディス。
もちろん私だって、無理強いをするつもりはない。
ただヘンズリー侯爵が言うには……」
「ヘンズリー侯爵!?」
キャンディスはまたしても父親を遮って声を上げた。
「そのお相手というのは、ヘンズリー侯爵令息なのですか?」
「え?あ、ああ……そうだ。
実はこの申し込みは、前々から受けていたんだ。
だが同時に、他にももっと有利な家からも申し込みを受けていてな。
返事を渋っているうちに、我が家がひどい状態になってしまった。
そうなれば、結婚の話など次々に白紙にもどされてしまって……。
ただヘンズリー侯爵家だけは、親切にも、いまだに気持ちを変えずにいてくれているんだ。
その上、持参金を求めるどころか、支度金まで用意して下さるそうだ」
「まあ!だったらこのお話、お受けするしかありませんわね!」
あまりにもコロッとキャンディスの態度が変わったものだから、伯爵は呆気に取られて目を丸くした。
「いい……のか?」
「あら、お父様だって、そうして欲しいのでしょう?」
「そ、それはそうなんだが」
「だったら、それで良いではありませんか!」
「そ……そうか?
いや、そうだな!わかった。
では早速、お受けすると返事を出そう。
ああ、そうだ。顔合わせの挨拶の為に、新しいドレスでも新調しなさい」
「わあ!ありがとうございます、お父様!」
伯爵を残して部屋を出たキャンディスは、後ろ手に扉を閉めるなり、頬を赤く染めて微笑んだ。
婚約の話が出た時はどうなることかと思ったが、まさか相手がヘンズリー侯爵令息だったなんて!
憧れのセオドア様と結婚出来るのならば、願ったり叶ったりだわ!
ウキウキ歩き出した彼女は、人生で一番と言って良いほど幸せを感じていた。
これからはきっと、素晴らしいことばかり起こるに違いないとさえ、思えたほど……だったのだが。
「ドミニク様……?な、なんで……」
いざ顔合わせの日になってみれば、現れたのは待望のセオドアではなく、どういうわけか彼の弟のドミニクだったのである。
その事実を理解した瞬間、今にも卒倒しそうなほど青ざめたことは、言うまでもない……。
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