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48:ダニエルの後悔

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ダニエルは書斎へ入ると、父親であるバークス伯爵の前に首を垂れて立った。
自分から口を開かなければならない、と分かってはいたが、なかなか声が出てこない。

グズグズしているうちに、バークス伯爵の深いため息が聞こえてきた。
そして次に耳にしたのは、聞いたこともないほどの低い声。
それも怒りに震える声だった。

「ダニエル、お前は家を出て留学するんだ。
もう全て手続きは済んでいる。
それから金輪際、バークスと名乗ることは許さん」

思いがけない言葉に、彼は慌てて顔を上げた。
バークス伯爵の細い目に睨まれてゴクリと喉を鳴らしてから、ダニエルは言った。

「いきなりなんの話?
どうして留学なんて……。
だいたい僕には、結婚式の日が迫ってるんだよ」

と乾いた笑い声さえ上げたものの、バークス伯爵はニコリともしない。
それどころかますます眉を吊り上げた。

「……理由はお前が一番良く分かっているだろう?
今さら結婚式などと、なにを寝ぼけたことを言っているんだ。
婚約は破棄。
ジュリア嬢は、二度とお前の顔など見たくはないそうだ」
「なんだって!?
婚約破棄?どうしてそんな大切なことを僕抜きで決めたんだよ!
確かにジュリア様には少し誤解されていたけれど……それはただのケンカみたいなものだよ!
僕の話さえ聞いてもらえれば、きっと仲直りできたはずだったのに!」

ダニエルは拳を振り上げた。
ジュリアに会えさえすれば、まだやり直せる。
彼女はあんなに深く自分のことを愛してくれたではないか。
そんな希望にすがって、伯爵を見上げたのだったが

「婚約破棄は、ジュリア嬢自身の強い希望によるものだ。
それに私だって、あっさり承知したわけじゃない。
お前の不貞が原因と言われた時は、単なる行き違いだろうと思ったさ。
だから始めは笑っていられたんだが……調査してみて青ざめたよ。
ルイーズとかいう娘と、かなり前から関係があったそうだな」
「か、関係って……」

伯爵は引き出しから紙の束を取り出すと、乱暴に机の上に投げ出した。
ダニエルは見下ろしてギクリとした。

それは大量の手紙だった。
それもダニエルがルイーズに宛てて書き送った、熱烈な愛の言葉がしたためられた手紙の山だ。

「ルイーズ嬢が私宛に送って来たものだ。
もちろん見覚えがあるだろう?」
「あ……それは……」
「彼女は、この手紙の山と共に、慰謝料の請求書まで送りつけて来たよ。
もちろんそれは支払う気などない。
それどころか、こちらから請求しても良いくらいだが……泥沼になるのは目に見えているからな。
どうにか話し合いで終わらせたいところだ」

伯爵は体中の空気が抜けてしまうんじゃないかというほど、深くため息をついてから、きっぱりと言った。

「まあ、もうお前には関係の無いことだ。
尻拭いはしてやる。
とにかくお前がやらねばならないことは、荷物を纏めること。
それだけだ」
「そ、そんな……あまりに一方的すぎるよ!
少しは僕の話も……」

ダニエルは真っ赤になって訴えた。
しかし伯爵の疲れた顔は、最早ぴくりとも動こうとはしない。

冷たい目で睨まれたダニエルは、握りしめた両手をぶるぶると震わせながら、今までの行いを後悔していた。
が、それももう後の祭り。
今さら挽回のチャンスなど、少しも残っていないことを悟り、歯ぎしりするしかなかった。
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