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47:ジュリアの決断

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「……というわけなの。
勝手を言ってごめんなさい、お父様。
でもダニエル様との婚約は破棄させて下さい」

ダニエルにルイーズという恋人がいたことを、父親のチェスター伯爵に説明し終えたところで、ジュリアは頭を下げた。
簡単にダニエルとルイーズのことは話したが、ケインのことは言わなかった。

婚約を破棄したいと伝えるには2人のことを話すだけで充分だし、父親にはこれ以上、自分の情けないところをさらけ出したくは無かったのである。

しかし、しばらく待っても父親のチェスター伯爵からの返事はなかった。

やはり怒らせてしまったのだろう。
不安のあまり下唇を噛んだところで、不意に頭に温かい大きな手が触れたことに気がついて、ジュリアは反射的に顔を上げた。

「……お父様?」

驚いたことに、こちらを見つめるチェスター伯爵の瞳は涙ぐんでいた。

「すまなかったな、ジュリア。
ダニエルがそんな男だと分かっていたら、最初から婚約などさせなかったものを。
私の責任だ。
可哀想なことをしてしまった……」

ジュリアは強く頭を左右に振った。

騙された自分も悪かったのだ。
それに家の為を思えば、不貞など見て見ぬ振りをして結婚するのが、貴族として正しい道なのかもしれない。
父親に話すまでは、ずっとそんなことを考えていた。

怒られることも、もちろん覚悟の上だった。
だから高ぶる感情を必死に抑え、油断すればすぐに溢れてくる涙をなんとか堪えて、淡々と言葉を紡ごうと努めたというのに。
まさかチェスター伯爵の方が先に涙するとは思わなかった。

「お父様のせいなんかではないわ!
わ、私がバカだったの。
だから……だから……」

もう我慢などできなかった。
息を止めてみても、瞬きをしてみても、とめどなく涙が溢れ、頬を伝って流れていく。
チェスター伯爵は優しく娘に微笑みかけた。

「大丈夫だ。
婚約はもちろん破棄するし、ダニエルの家にも相応の対応をさせるからね。
ジュリアはゆっくり休みなさい」
「ごめんなさい……」
「お前が謝ることなんて、何ひとつないだろう?
謝るべきはダニエルだ。
可愛い娘を傷つけた罪は重い。
償いはしっかりしてもらわなければな……」

ジュリアはチェスター伯爵に頭を撫でられながら、黙って俯いていた。
正直に言えば、どう償ってもらうかなど、どうでも良かった。

ただ婚約破棄さえできれば、それで良かったのである。

もう二度と、ダニエルの顔など見たくなかった。
ルイーズも、それからケインにも、もう会いたくなかった。

このまま時間さえ経てば、徐々にでも3人のことを忘れられるのだろうか。
コソコソと隠れて自分のことを騙し続け、笑っていたであろう3人のことが、記憶から消える日がいつかは来るのだろうか。

早くその日が来るといい。
しかしこうして繰り返し思い出しては、胸がえぐられるような悲しみをおぼえているうちは、とても忘れるどころではない。

ジュリアは黙ったまま、涙を流し続けた。
ダニエルへの想いも、悲しみも、悔しさも、全てを涙と共に流してしまいたいと願いながら。
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