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36:ケインの煽り文句

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それは、少し歩けば汗をかきそうなほどよく晴れた日のことだった。
ケインは公園を歩きながら、ジュリアの姿を探していた。

公園の入り口に彼女の家の馬車が停まっているのは確認済みだから、必ずこの公園のどこかに彼女はいるはずだった。

広い公園は日傘を片手に散歩を楽しむ人々で溢れていたが、運良くすぐに、ちょうどこちらへ歩いてくるジュリアの姿を見つけることができた。
しめた、とばかりに、ケインは早足になる。

ところが、不意に顔を上げた彼女とバチリと目が合ったのである。
思いがけないことに、ケインの胸は思わず高鳴った……のだったが。
何を思ったか、ジュリアはすぐに早足になり、一直線にこちらに向かってきたのだ。
その凄い剣幕に、ケインもドキドキするどころではなくなってしまった。

「こ、こんにちは……」

目の前で立ち止まったジュリアに気押されつつも、ケインはなんとか笑顔を浮かべた。
しかしジュリアの方はと言えば

「こんにちは!」

と、まるで喧嘩腰である。
いったいどうしたというのだろう。

彼女の妙な態度は不思議だったが、その謎はすぐに解けた。
なぜなら聞いてもいないのに、当の本人がペラペラと理由を喋り出したのだから。

「ちょっと聞いて下さい!
最近ダニエルったら、ひどいんですよ。
全然私に構ってくれないんです!」
「あ、ああ……そうでしたか」

ケインはジュリアの迫力に圧倒されながら、曖昧に頷いた。

「会いに来てくれないどころか、手紙を出しても返事もしてくれないんです!
この前までは、すごく優しくしてくれていたのに、急にどうしたんでしょう。
もう私、すっかり不安になってしまって……」

ケインは潤んでいくジュリアの瞳をぼんやりと眺めながら、ようやく合点がいった。
つまり彼女は、ダニエルの愚痴を言う相手が欲しくて、自分を見つけた途端に駆け寄ってきたのだ。

彼女の頭の中には、こうもダニエルのことしかないというのに。
少しでもドキリとしてしまった自分が情けなかった。

しかし実を言えば、ダニエルがジュリアとの連絡を絶ったことは、ケインも承知していたのである。
ダニエルはルイーズに言われるがまま、ジュリアを無視していたのだから、当然そのことはケインの耳にも入っていたのだ。

そこでケインは、これはチャンスとばかりに、ジュリアに接近しに来たというわけだった。
ここまで徹底的に無視されたら、さすがのジュリアもダニエルに愛想を尽かすだろうと思ったのである。

「もしかして私、なにか気に触るようなことをしてしまったのかしら……」

不安げなジュリアに、ケインは肩をすくめて答えた。

「よくは分かりませんが……もしかしたら、そうなのかもしれませんね。
なにかがあって、彼はあなたのことが嫌いになったのかもしれません」
「ええ!?」

自分で聞いてきたくせに、ジュリアは素っ頓狂な声を上げると、勢いよく首を横に振った。

「ま、まさか……そんなはずないですわ。
もしかしたら体調を崩されているだけかもしれませんし……」
「そうですかねえ」

ケインがあまりに適当に言ったからだろう。
カチンときたらしいジュリアが睨みつけてくる。

しかしそんな顔を見ても、今のケインには、怖いと思うどころか可愛いとさえ思えてしまうのである。

「なにがおっしゃりたいのですか?」
「まあ、つまり……ダニエルもただの男だってことですよ。
あなた以外に気になる人が出来た、なんてこともあるかもしれません。
そう考えた事はないのですか?」
「そんな……そんなはずないです!」

ジュリアはムキになって答えたが、ケインがグイッと顔を近づけると、力無くうつむいてしまった。

「だけど……体調が悪くても、危篤でもなければ、たった一言返事を書くくらいは出来そうなものですけどね。
いったい、もう何日返事を待っているんですか?
2日ですか?3日ですか?」
「……今日で10日ですわ」
「10日!!」

ケインは勝ち誇ったように頷いた。
ジュリアの目が不安そうに揺らいだのを、ケインは見逃さなかった。
そして彼女がぼんやりとしている隙に、素早く手を握ると

「きちんと確かめた方が良いですよ。
ダニエルの気持ちを、ね」

と微笑んで見せた。

「大丈夫。
私は何があってもあなたの味方ですよ」

彼の言葉はジュリアの不安の色を濃くしたらしい。
彼女は手を握られていることすら理解できない様子で、しばらくぼんやりと考え事でもしているようだった。

これ幸いとばかりに、強く彼女の手を握りしめるケイン。
が、ジュリアはようやく我にかえると、慌てた様子で手を離すなり、ぶっきらぼうに呟いた。

「……ありがとうございます」

心配そうに眉をひそめているジュリアの横顔を眺めながら、ケインは内心ニンマリとした。

彼女の心の中からダニエルを追い出しさえすれば、彼女は自分のものになる。
そう思うと、つい手に力が入ってしまって。
いつの間にか拳を握っていた両手は、力の入れすぎで真っ白になってしまっていた。

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