上 下
1 / 52

1:ジュリアの理想の夫婦像①

しおりを挟む
「準備は出来た?」

ノックの音が響くと、鏡を覗き込んでいたジュリア・チェスター伯爵令嬢は笑顔で振り返った。

「ええ。どうぞ」

その声に応えるように扉が開き、顔を覗かせたのは、ジュリアの母、チェスター伯爵夫人だった。

「あらあら、随分ご機嫌ね」
「それはそうよ。
なんと言っても、今日は婚約を発表する日ですもの。
楽しみすぎて、昨日はほとんど眠れなかったわ!」

そう、今日はジュリアとダニエル・バークス伯爵令息との婚約を披露する夜会が開かれる日なのである。

ダニエルのことは当然以前から知ってはいたが、口をきいたことはほとんどない。
その状態で、急遽婚約が決まったものだから、ジュリアと彼はほとんど初対面のようなものだった。

ジュリアはウキウキと立ち上がると、鏡の前でクルリと回った。

「どうかしら?」
「とても素敵よ。
これならきっと、ダニエル様も惚れ惚れするに決まっているわ」

ふふっと笑って、ジュリアはスカートのシワを伸ばす。
と、そこへ、またしてもノックの音がした。

「入ってもいいかな?」
「あら、お父様。どうぞ!」

ひょいと顔を覗かせた父、チェスター伯爵は、娘を見て感嘆のため息をもらした。

「ああ、ジュリア!
今日はいつにも増して綺麗だね。
なんだか、ぐっと大人っぽく見える」
「ありがとう。
ダニエルもそう思ってくれたら良いんだけど」
「思うに決まってるさ!
ああ……こんなに可愛い娘がお嫁に行ってしまうなんて、寂しいよ」
「あなたったら!
気が早すぎますよ。
今日は婚約の発表なだけで、結婚式は来年だと言うのに」
「それはそうだけどね。
考えただけでも……」

と、メガネを押し上げて涙を拭い始める伯爵に、ジュリアと伯爵夫人は顔を見合わせて、大きく笑い出してしまった。

「まあまあ、あなた。
寂しいのは分かりますけど、愛する娘の晴れ舞台だと思えば、結婚式も楽しみになりますよ。
それに、ジュリアが家を出ても、私がいるじゃないですか」

伯爵夫人が腕を取ると、伯爵は顔を上げて微笑んだ。

「そうだね、うん。
きみと一緒なら、寂しいことなんてないな」
「そうでしょう?
2人になったら、また旅行にでも行きましょうね」

仲睦まじい様子の両親を見ながら、ジュリアは微笑んだ。

2人は、まさに彼女の理想の夫婦像だった。
ダニエルと自分も、きっとこんなふうに、いつまでも仲の良い素敵な夫婦になってみせる、と心に誓っていたのである。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

令嬢のギャンブル

tartan321
恋愛
婚約を破棄された令嬢。 いつまでも不遇と嘆いていては何事も始まりません。

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

姉と婚約していた王太子が婚約破棄して私を王妃にすると叫んでいますが、私は姉が大好きなシスコンです

みやび
恋愛
そもそも誠意もデリカシーのない顔だけの奴はお断りですわ

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

お姉様のお下がりはもう結構です。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。 慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。 「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」 ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。 幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。 「お姉様、これはあんまりです!」 「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」 ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。 しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。 「お前には従うが、心まで許すつもりはない」 しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。 だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……? 表紙:ノーコピーライトガール様より

とある侯爵令息の婚約と結婚

ふじよし
恋愛
 ノーリッシュ侯爵の令息ダニエルはリグリー伯爵の令嬢アイリスと婚約していた。けれど彼は婚約から半年、アイリスの義妹カレンと婚約することに。社交界では格好の噂になっている。  今回のノーリッシュ侯爵とリグリー伯爵の縁を結ぶための結婚だった。政略としては婚約者が姉妹で入れ替わることに問題はないだろうけれど……

婚約破棄の裏事情

夕鈴
恋愛
王家のパーティで公爵令嬢カローナは第一王子から突然婚約破棄を告げられた。妃教育では王族の命令は絶対と教えられた。鉄壁の笑顔で訳のわからない言葉を聞き流し婚約破棄を受け入れ退場した。多忙な生活を送っていたカローナは憧れの怠惰な生活を送るため思考を巡らせた。

処理中です...