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一方その頃、シャロンとスタンリーはフィンドレン国に移住し、無事に結婚していた。
2人とももうブレントとリネットの顔は見たくなかったし、スタンリーの仕事のことを考えても、国を出るのが一番だという結論に達したのだ。
ノアも拠点をフィンドレン国に移し、スタンリーとは仕事上も協力して働くようになっていた。
生まれ育った国での生活は、シャロンの傷ついた心をあっという間に癒してくれた。
もちろん王太子妃のように、宝石や豪華なドレスを数多く持つことなんて出来はしない。
それでもシャロンは幸せだった。
愛する人と一緒に生きていけるのだから、それだけで良かったのである。
移住してからは毎日毎日、懸命に生きることで精一杯で、のんびり過ごすことなど忘れてしまっていた。
しかし今日は結婚してから一年の記念日である。
シャロンはスタンリーと手を繋いで、久しぶりにのんびりと浜辺を歩いていた。
もうすぐ日が暮れる。
大きなオレンジ色の太陽が半分海に沈み込み、波までもが同じ色に輝いている。
もうすっかり肌寒い季節の為、こんな時間の浜辺にはシャロン達以外に人影はない。
それでも2人は、どちらからも帰ろうとは言い出すことなく歩き続けていた。
砂浜に残る足跡を、追いかけてきた波が消していく。
寄せては返す波の音に耳を澄ませていたシャロンだったが、ふと思い出したことがあり、クスクス笑いだした。
「何を笑っているんだい?」
「急に思い出してしまったのよ。
ほら、私が殿下と結婚させられそうになった日のことを。
リネットが飛び込んで来ただけでも驚いたのに、まさかあなたまで来るとは思わなくて……。
国王陛下の前だというのに、思わず声を上げそうになってしまったわよ」
するとスタンリーも遠い記憶を呼び覚まそうとするように、目を細めた。
「ああ……あの時の事か。
僕だって、リネット嬢に殿下の部屋まで送ってくれるよう頼まれた時には本当に驚いたさ。
未婚の女性が殿下の寝室に入れば、どうなるか……結末は分かりきっていたからね。
でもリネット嬢の意思は強かったし……正直なところ、殿下が心変わりすれば、シャロンを助けることが出来ると思ってしまったんだ」
スタンリーはしょんぼりと肩を落とした。
「結果的に、きみが殿下の元から逃げられたのだから嬉しかった。
でも本当はリネット嬢も止めるべきだったかな、と今でも思っているんだ。
不幸になるのを分かっていて、行かせたようなものだからね」
シャロンはスタンリーの手を強く握って、困ったように微笑んだ。
「あなたは優しいわね。
でもあなたが止めたところで、リネットは聞き入れなかったと思うわ」
「まあ……それはそうだろうな」
スタンリーは不意に立ち止まると、シャロンを抱きしめた。
突然の行動に驚きつつ、シャロンも嬉しそうに彼の背中に手を回す。
冷たい風に撫でられているはずなのに、彼女の頬は赤く染まっていた。
「本当に、きみと結婚できて嬉しいよ。
実を言うと、社交界デビューの日に初めて見た時から、シャロンのことが気になっていたんだ。
今にして思えば、一目惚れだったんだろうな」
「ええ?そんな話、初めて聞いたわ」
「うん……今、初めて言ったんだよ。
一目惚れなんて言っても、信じてもらえなさそうだったし。
言うのも恥ずかしいからさ……」
シャロンは彼の顔を見たくて、腕の中から抜け出すべく身をよじった。
しかしスタンリーはますます腕の力を強めるばかり。
どうやら赤くなった顔を見られたくないらしいと察したシャロンは、クスクス笑いながらも、されるがままに彼の胸に顔を押し付けていた。
「まあ、そういうわけだからさ。
市場でシャロンに会えた時、嬉しかったんだよ。
男達に囲まれていたんだから、きみは嬉しくなかっただろうけど」
「恥ずかしいわ。
私、ボロボロの格好だったでしょう」
「確かにそのせいで、すぐにはキミと分からなかった。
それでもよく見れば、すぐシャロンだと分かったんだよ。
その瞬間、自分でも不思議だけれど、運命の人だと思ったんだ。
そんな言葉、信じないかい?」
スタンリーに言われて、シャロンはハッとした。
『運命の人』。
それはブレントに初めて会った時にも言われた言葉だった。
しかしスタンリーが口にすると、全く違う言葉に聞こえる。
今ならシャロンも、その言葉を信じられる気がした。
「いいえ……信じるわ。
そう言ってもらえて、嬉しい」
そう言って微笑むと、ようやく彼はシャロンを離してくれた。
シャロンは胸元に光るロザリオをそっと撫で、あと少しで完全に海へと沈む太陽を、目を細めて見つめた。
これでようやく『めでたしめでたし』だ。
しかしおとぎ話とは違い、人生はこれからも長く続いていく。
辛いことも悲しいことも、たくさんあるだろう。
それでも、と思いながら、シャロンはスタンリーの手を握りしめた。
何があっても、この手を離しさえしなければ、きっといつまでも笑顔でいられると、今なら信じられる。
いつか人生の終わりを迎える時には『めでたしめでたし』と言えるような毎日を過ごしていこう。
そう決意して、きらめく海をいつまでも見つめていた。
おしまい
2人とももうブレントとリネットの顔は見たくなかったし、スタンリーの仕事のことを考えても、国を出るのが一番だという結論に達したのだ。
ノアも拠点をフィンドレン国に移し、スタンリーとは仕事上も協力して働くようになっていた。
生まれ育った国での生活は、シャロンの傷ついた心をあっという間に癒してくれた。
もちろん王太子妃のように、宝石や豪華なドレスを数多く持つことなんて出来はしない。
それでもシャロンは幸せだった。
愛する人と一緒に生きていけるのだから、それだけで良かったのである。
移住してからは毎日毎日、懸命に生きることで精一杯で、のんびり過ごすことなど忘れてしまっていた。
しかし今日は結婚してから一年の記念日である。
シャロンはスタンリーと手を繋いで、久しぶりにのんびりと浜辺を歩いていた。
もうすぐ日が暮れる。
大きなオレンジ色の太陽が半分海に沈み込み、波までもが同じ色に輝いている。
もうすっかり肌寒い季節の為、こんな時間の浜辺にはシャロン達以外に人影はない。
それでも2人は、どちらからも帰ろうとは言い出すことなく歩き続けていた。
砂浜に残る足跡を、追いかけてきた波が消していく。
寄せては返す波の音に耳を澄ませていたシャロンだったが、ふと思い出したことがあり、クスクス笑いだした。
「何を笑っているんだい?」
「急に思い出してしまったのよ。
ほら、私が殿下と結婚させられそうになった日のことを。
リネットが飛び込んで来ただけでも驚いたのに、まさかあなたまで来るとは思わなくて……。
国王陛下の前だというのに、思わず声を上げそうになってしまったわよ」
するとスタンリーも遠い記憶を呼び覚まそうとするように、目を細めた。
「ああ……あの時の事か。
僕だって、リネット嬢に殿下の部屋まで送ってくれるよう頼まれた時には本当に驚いたさ。
未婚の女性が殿下の寝室に入れば、どうなるか……結末は分かりきっていたからね。
でもリネット嬢の意思は強かったし……正直なところ、殿下が心変わりすれば、シャロンを助けることが出来ると思ってしまったんだ」
スタンリーはしょんぼりと肩を落とした。
「結果的に、きみが殿下の元から逃げられたのだから嬉しかった。
でも本当はリネット嬢も止めるべきだったかな、と今でも思っているんだ。
不幸になるのを分かっていて、行かせたようなものだからね」
シャロンはスタンリーの手を強く握って、困ったように微笑んだ。
「あなたは優しいわね。
でもあなたが止めたところで、リネットは聞き入れなかったと思うわ」
「まあ……それはそうだろうな」
スタンリーは不意に立ち止まると、シャロンを抱きしめた。
突然の行動に驚きつつ、シャロンも嬉しそうに彼の背中に手を回す。
冷たい風に撫でられているはずなのに、彼女の頬は赤く染まっていた。
「本当に、きみと結婚できて嬉しいよ。
実を言うと、社交界デビューの日に初めて見た時から、シャロンのことが気になっていたんだ。
今にして思えば、一目惚れだったんだろうな」
「ええ?そんな話、初めて聞いたわ」
「うん……今、初めて言ったんだよ。
一目惚れなんて言っても、信じてもらえなさそうだったし。
言うのも恥ずかしいからさ……」
シャロンは彼の顔を見たくて、腕の中から抜け出すべく身をよじった。
しかしスタンリーはますます腕の力を強めるばかり。
どうやら赤くなった顔を見られたくないらしいと察したシャロンは、クスクス笑いながらも、されるがままに彼の胸に顔を押し付けていた。
「まあ、そういうわけだからさ。
市場でシャロンに会えた時、嬉しかったんだよ。
男達に囲まれていたんだから、きみは嬉しくなかっただろうけど」
「恥ずかしいわ。
私、ボロボロの格好だったでしょう」
「確かにそのせいで、すぐにはキミと分からなかった。
それでもよく見れば、すぐシャロンだと分かったんだよ。
その瞬間、自分でも不思議だけれど、運命の人だと思ったんだ。
そんな言葉、信じないかい?」
スタンリーに言われて、シャロンはハッとした。
『運命の人』。
それはブレントに初めて会った時にも言われた言葉だった。
しかしスタンリーが口にすると、全く違う言葉に聞こえる。
今ならシャロンも、その言葉を信じられる気がした。
「いいえ……信じるわ。
そう言ってもらえて、嬉しい」
そう言って微笑むと、ようやく彼はシャロンを離してくれた。
シャロンは胸元に光るロザリオをそっと撫で、あと少しで完全に海へと沈む太陽を、目を細めて見つめた。
これでようやく『めでたしめでたし』だ。
しかしおとぎ話とは違い、人生はこれからも長く続いていく。
辛いことも悲しいことも、たくさんあるだろう。
それでも、と思いながら、シャロンはスタンリーの手を握りしめた。
何があっても、この手を離しさえしなければ、きっといつまでも笑顔でいられると、今なら信じられる。
いつか人生の終わりを迎える時には『めでたしめでたし』と言えるような毎日を過ごしていこう。
そう決意して、きらめく海をいつまでも見つめていた。
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