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扉の隙間から
しおりを挟む翌日、もしかしてリネットは今日もついてくるつもりでは、と不安になりながらも、シャロンは買い物カゴを手に屋敷を出た。
しかし少し歩いて行って、振り返っても誰かがついてくる気配はない。
そこでようやく胸を撫で下ろしたのは良かったのだが。
いつもの待ち合わせ場所についたところで、シャロンは不安気に眉を寄せた。
スタンリーの馬車が見当たらなかったのである。
「今日は遅れていらっしゃるのかしら」
いつもシャロンより早くから待ってくれていたため違和感を覚えたが、何かの事情で遅れているのかもしれない。
先に行くのも躊躇われて、少し待つことにした。
しかし、待てども待てども馬車が現れる気配はなく、シャロンは小さく息を吐き出した。
「何かあったのかしら。
ご病気なんかじゃないと良いけれど……」
もう一度辺りを見回してから、少し考えたのち、仕方なく歩き出した。
スタンリーのことは心配だったが、これ以上待っていても仕方がない。
彼にだって都合があるのだし、何か急用でも出来たのかもしれない。
そう思いながら、市場へと歩いて行った。
久しぶりに歩いていく市場への道のりは、なんだか妙に遠く感じた。
「ただいま」
「おかえりなさい。
お嬢様、ちょっと出かけてきても良いですか?
奥様にお使いを頼まれちゃって」
シャロンが買い物を済ませて帰ってくると、台所へ入るなり使用人のアリアに声をかけられた。
彼女は父親ノアの再婚前からブーケ家に尽くしてくれている、気のいい女性だ。
5人の子どもを持つ愛情深いアリアは、シャロンが生まれた時から自分の娘のように可愛がってくれていた。
そして使用人同然に働かされるようになった時も、深く心を痛めつつも、優しく仕事を教えてくれたのもアリアだった。
「行ってきて良いわよ。
私が留守番をしているから」
「すみませんね。
急ぎだからって言われてしまったもので……。
リネット様にお客様がいらしているから、お茶の用意もしないといけないのだけれど、それもお願いしてよろしいですか?」
「ええ、大丈夫よ。
行ってらっしゃい」
「じゃあ行ってまいります。
すぐに戻りますので」
アリアが急いで出ていくのと同時に、ベルが鳴った。
壁にずらっと並んだベルのうち、けたたましく鳴っている一つに目をやると、その下のプレートを確認する。
そこに書かれていた『客間』という言葉に頷いて、シャロンは急いでお茶の準備に取り掛かった。
リネットが呼んでいるのだろう。
遅くなれば、また何を言われるか分かったものではない。
テキパキと支度を整え、ティーセットを持って客間へと向かう。
そしてノックをしようとしたところで、シャロンはふと手を止めた。
ドンっという、不穏な音が聞こえてきたのである。
まるで人が倒れた時のような鈍い音にギョッとしたシャロンは、ノックをすることも忘れて、薄く開いた扉の隙間から中を覗き込んだ。
目に入ったのは、長椅子の上に重なる、2つの人影。
リネットと友人の女性だろう。
そう思ったのは、一瞬だった。
リネットの隣にいるのは、明らかに男性だった。
それも、ただ並んで座っているわけではない。
2人は長椅子にもたれかかるようにして、唇を重ね合わせていたのである。
シャロンは息を呑んだ。
音を立てたつもりはなかったが、リネットは何かに気がついたのだろうか。
閉じていた目を開いた。
リネットの頭が揺れた拍子に、隠れていた男の顔がシャロンにも見えた。
それは間違いなく、スタンリーだった。
驚きのあまり、悲鳴を上げそうになるのを、シャロンはなんとか飲み込んだ。
と、その時リネットが肩越しに顔をこちらに向けたものだから、パチリと目が合った。
しかし慌てふためいたのはシャロンだけだった。
リネットはシャロンを認めると、ニタリと笑ったのである。
考えるよりも先にシャロンは駆け出していた。
手にしていたティーセットを置いてこなかった、と思ったけれど、とても戻る気にはならなかった。
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