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ナディアはレナードに言われた通りに、深く息を吸った。
そして今度は思い切り吐き出しながら、キッと前を見据える。
誰が見ていても、関係ない。
誰に聞かれていても、構わない。
ようやくハロルドに会えたのだ。
ずっと考えていたことを、今こそ言葉にして伝えなければ。
ナディアはまっすぐにハロルドの元へと歩いて行った。
彼の周りを取り囲むようにたくさんの女性が立っていたが、ナディアが近付いてくるのに気がつくと、誰も彼もが黙って道を開けるように後ずさっていく。
ようやくハロルドの前まで来ても、ナディアはもう躊躇わなかった。
睨むように鋭い視線を突き刺してくるハロルドに対抗するように、まっすぐに彼を見詰める。
それから意を決して口を開いたのだったが……
「遅い!!」
それよりも一瞬早く怒鳴り声を浴びて、ナディアは思わず固まってしまった。
「え……ご、ごめんなさい」
「来い」
ハロルドは聞く耳を持たなかった。
音楽が流れ始めるや否や、グイグイとナディアの腕を引いて歩いていく。
そして強引にダンスを始めたものだから、仕方なくナディアも合わせて足を動かし始めた。
「あんたがいない間、大変だったんだからな。
まったく……婚約者なのに、黙って俺のそばを離れるなんて」
「それは、本当にすみません。
でも、わ、私……その間に色々考えていたんです。
これからの事を。
だからつまり、この婚約のことですけど……」
「あんたがいないと、困る。
形だけとは言え、婚約者なんだからな」
と、すかさずハロルドが口を挟む。
ナディアが懸命に思いを伝えようとしているせいだろうか。
何か不穏な気配を察知したらしいハロルドの顔が、いつになく険しいものだから、ナディアはチクチクと胸が痛んだ。
「それは分かってます。
形だけでも婚約者がいて欲しいっていうのは。
でも私は形だけじゃなくて……」
「形だけじゃイヤだと?」
「そ、そうです!
だから……形だけの婚約者はもうやめたいんです。
どうか、私との婚約は破棄して下さい」
言うなら今しかないとばかりに、早口にまくし立てた。
やっと言いたかったことが言えたというのに、あまりにハロルドの反応が怖くて、つい俯いてしまう。
しかしその時、予想外の笑い声が聞こえてきたのである。
何事かと思って顔を上げると、何故かハロルドが笑いを堪えて唇を震わせているところだった。
「つまり……形だけじゃなくて、本当に愛して欲しいと……そう言いたいのか?」
「え!?」
ナディアは真っ赤になってしまった。
確かに言いたかったことは、そういうことなのだが、改めて問われると妙に照れ臭い。
しかも、こちらはこんなに真剣に話しているというのに、何故ハロルドは笑っているのか。
訳がわからないながらも、ナディアはしっかりと頷いた。
ここまできてしまったのだ。
今さら恥ずかしいなどといって誤魔化したくはなかった。
「そ、そういうことです!」
「じゃあ聞くが、ナディアは俺のことが好きなのか?」
「え……えっと、それは……」
声が震える。
もうとても踊り続けている余裕などなくて、ナディアは足を止めると、まっすぐにハロルドを見上げて言った。
「……はい、そうです!あなたのことが大好きなんです!
出来ることなら忘れたかったけど、どうしても忘れられませんでした」
ナディアは驚いて目を見開いた。
恥ずかしくなるほど正直に想いを口にしたのは自分の方だと言うのに、何故か耳まで真っ赤になってしまったのはハロルドの方だったのである。
「……だったら、婚約破棄なんてする必要はないだろ」
ハロルドは低く囁いた。
「もうナディアは、形だけの婚約者じゃないんだから」
「え……?
だって好きなのは私だけじゃ……」
キョトンとしたナディアは、気がつけば、力一杯ハロルドに抱きしめられていた。
「俺だって、ナディアのことが好きなんだよ。
だから絶対に婚約破棄なんてしてやらないからな」
彼の言葉に、心臓が大きく跳ね上がった。
そして今度は思い切り吐き出しながら、キッと前を見据える。
誰が見ていても、関係ない。
誰に聞かれていても、構わない。
ようやくハロルドに会えたのだ。
ずっと考えていたことを、今こそ言葉にして伝えなければ。
ナディアはまっすぐにハロルドの元へと歩いて行った。
彼の周りを取り囲むようにたくさんの女性が立っていたが、ナディアが近付いてくるのに気がつくと、誰も彼もが黙って道を開けるように後ずさっていく。
ようやくハロルドの前まで来ても、ナディアはもう躊躇わなかった。
睨むように鋭い視線を突き刺してくるハロルドに対抗するように、まっすぐに彼を見詰める。
それから意を決して口を開いたのだったが……
「遅い!!」
それよりも一瞬早く怒鳴り声を浴びて、ナディアは思わず固まってしまった。
「え……ご、ごめんなさい」
「来い」
ハロルドは聞く耳を持たなかった。
音楽が流れ始めるや否や、グイグイとナディアの腕を引いて歩いていく。
そして強引にダンスを始めたものだから、仕方なくナディアも合わせて足を動かし始めた。
「あんたがいない間、大変だったんだからな。
まったく……婚約者なのに、黙って俺のそばを離れるなんて」
「それは、本当にすみません。
でも、わ、私……その間に色々考えていたんです。
これからの事を。
だからつまり、この婚約のことですけど……」
「あんたがいないと、困る。
形だけとは言え、婚約者なんだからな」
と、すかさずハロルドが口を挟む。
ナディアが懸命に思いを伝えようとしているせいだろうか。
何か不穏な気配を察知したらしいハロルドの顔が、いつになく険しいものだから、ナディアはチクチクと胸が痛んだ。
「それは分かってます。
形だけでも婚約者がいて欲しいっていうのは。
でも私は形だけじゃなくて……」
「形だけじゃイヤだと?」
「そ、そうです!
だから……形だけの婚約者はもうやめたいんです。
どうか、私との婚約は破棄して下さい」
言うなら今しかないとばかりに、早口にまくし立てた。
やっと言いたかったことが言えたというのに、あまりにハロルドの反応が怖くて、つい俯いてしまう。
しかしその時、予想外の笑い声が聞こえてきたのである。
何事かと思って顔を上げると、何故かハロルドが笑いを堪えて唇を震わせているところだった。
「つまり……形だけじゃなくて、本当に愛して欲しいと……そう言いたいのか?」
「え!?」
ナディアは真っ赤になってしまった。
確かに言いたかったことは、そういうことなのだが、改めて問われると妙に照れ臭い。
しかも、こちらはこんなに真剣に話しているというのに、何故ハロルドは笑っているのか。
訳がわからないながらも、ナディアはしっかりと頷いた。
ここまできてしまったのだ。
今さら恥ずかしいなどといって誤魔化したくはなかった。
「そ、そういうことです!」
「じゃあ聞くが、ナディアは俺のことが好きなのか?」
「え……えっと、それは……」
声が震える。
もうとても踊り続けている余裕などなくて、ナディアは足を止めると、まっすぐにハロルドを見上げて言った。
「……はい、そうです!あなたのことが大好きなんです!
出来ることなら忘れたかったけど、どうしても忘れられませんでした」
ナディアは驚いて目を見開いた。
恥ずかしくなるほど正直に想いを口にしたのは自分の方だと言うのに、何故か耳まで真っ赤になってしまったのはハロルドの方だったのである。
「……だったら、婚約破棄なんてする必要はないだろ」
ハロルドは低く囁いた。
「もうナディアは、形だけの婚約者じゃないんだから」
「え……?
だって好きなのは私だけじゃ……」
キョトンとしたナディアは、気がつけば、力一杯ハロルドに抱きしめられていた。
「俺だって、ナディアのことが好きなんだよ。
だから絶対に婚約破棄なんてしてやらないからな」
彼の言葉に、心臓が大きく跳ね上がった。
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