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一方、その頃。
ハロルドはしかめっ面で馬車に揺られていた。
「なんて言えば良いんだ?
とりあえず謝るべきか?
でも謝るったって、何に対して謝るんだ。
俺が何したって言うんだ……」
馬車の中にいるのは彼ひとり。
質問をしたとしても、もちろん答えてくれる者などいるはずもない。
それでも彼は、何か呟いていなければ落ち着かなくて。
時折膝を揺すり、ため息をついては、独り言を呟き続けていた。
「でも、ナディアがあんな顔をしたってことは、俺が悪かったんだろうな。
うん……確かにあの時『芝居をする必要はない』と言ったのは、ひどかった……よな。
まずは、それを謝るか。
でも謝るって……なんて言えば……?」
ハロルドは最後にナディアに会ってから、ずっと彼女の傷ついたような顔を忘れられないでいた。
何をしていても、頭のどこかに必ずナディアのことが引っかかっているせいで、胸がチクチクと痛んだ。
彼女が『会えなくて寂しかった』と口にした時、本当は嬉しさに胸がドキリとしたというのに。
どうしてそれを素直に言えなかったのか。
ずっと後悔していたのである。
どうして良いか分からず、とにかくナディアを避け続けていたハロルドだったが、もう我慢の限界だった。
彼女に会いたい一心で、とにかくナディアの家へと馬車を出した。
しかし彼女にまずは謝るべきだろうとは分かっていたが、そこから先が分からなかった。
上っ面だけでの謝罪ならともかく、心からの謝罪などしたことはないのである。
色々と頭を悩ませて言葉を探していたのだったが、とうとうハロルドは考えるのを放棄して、大きく伸びをした。
「まあ、良いか。
あいつに会えさえすれば……あとはどうにでもなるだろ。
今までだって、ナディアとは喧嘩ばかりだったからな。
今回だって、どうにかなるさ」
そして優雅に足を組み替えて、窓の外をのんびり眺め始めたハロルド。
この時までは、まだ余裕があったのである。
しかしナディアの屋敷に到着し、彼女が旅行に出ていると聞くや、その余裕はどこかへ吹き飛んでしまった。
「わざわざ来て頂いたのに、娘が不在で申し訳ございません。
あの子ったら……婚約者なんだから、ハロルド様には旅行のことを伝えておくべきでしょうに。
まったく……」
ナディアの代わりに応対してくれた、彼女の母マリアは恐縮しきっていた。
ハロルドは内心ナディアへの怒りでいっぱいだったが、知らされていなかったことを素直に言えば、彼女との仲が上手くいっていないと教えるようなものだ。
仕方なくハロルドは、得意の笑顔の仮面を貼り付けて、つらつらと嘘を並べた。
「いや……そうだ!思い出しました。
確かに彼女から聞いていたと思います。
最近忙しかったもので、すっかり頭から抜けてしまっていました。
こちらこそ、失礼しました」
それから、ほっと胸を撫で下ろすマリアに、余裕たっぷりに頷いて見せた。
「旅行に行けば、彼女にとって良い気分転換にもなるでしょうね」
「ええ、リンデン王国は今頃、すっかり暖かいでしょうからね。
きっとあちこち見物に出かけて、楽しんでいると思いますわ」
「リンデン王国……?」
ハロルドは小さく呟いた。
旅行に行ったとは聞いたが、その場所は今初めて知ったのである。
背中に冷たい汗が伝い落ちていった。
まさか、とは思うが……。
ハロルドは適当にマリアとの会話を切り上げて馬車に戻ると、今度は急いでレナードの家へと向かわせた。
心配は杞憂に終わるはずだ。
そう思いながらも、膝の上で握る両手に、ますまず力がこもっていくのを抑えられなかった。
そして屋敷に到着したハロルドは、レナードもリンデン王国へ戻っていると聞いて、言葉もなく青ざめたのである。
ハロルドはしかめっ面で馬車に揺られていた。
「なんて言えば良いんだ?
とりあえず謝るべきか?
でも謝るったって、何に対して謝るんだ。
俺が何したって言うんだ……」
馬車の中にいるのは彼ひとり。
質問をしたとしても、もちろん答えてくれる者などいるはずもない。
それでも彼は、何か呟いていなければ落ち着かなくて。
時折膝を揺すり、ため息をついては、独り言を呟き続けていた。
「でも、ナディアがあんな顔をしたってことは、俺が悪かったんだろうな。
うん……確かにあの時『芝居をする必要はない』と言ったのは、ひどかった……よな。
まずは、それを謝るか。
でも謝るって……なんて言えば……?」
ハロルドは最後にナディアに会ってから、ずっと彼女の傷ついたような顔を忘れられないでいた。
何をしていても、頭のどこかに必ずナディアのことが引っかかっているせいで、胸がチクチクと痛んだ。
彼女が『会えなくて寂しかった』と口にした時、本当は嬉しさに胸がドキリとしたというのに。
どうしてそれを素直に言えなかったのか。
ずっと後悔していたのである。
どうして良いか分からず、とにかくナディアを避け続けていたハロルドだったが、もう我慢の限界だった。
彼女に会いたい一心で、とにかくナディアの家へと馬車を出した。
しかし彼女にまずは謝るべきだろうとは分かっていたが、そこから先が分からなかった。
上っ面だけでの謝罪ならともかく、心からの謝罪などしたことはないのである。
色々と頭を悩ませて言葉を探していたのだったが、とうとうハロルドは考えるのを放棄して、大きく伸びをした。
「まあ、良いか。
あいつに会えさえすれば……あとはどうにでもなるだろ。
今までだって、ナディアとは喧嘩ばかりだったからな。
今回だって、どうにかなるさ」
そして優雅に足を組み替えて、窓の外をのんびり眺め始めたハロルド。
この時までは、まだ余裕があったのである。
しかしナディアの屋敷に到着し、彼女が旅行に出ていると聞くや、その余裕はどこかへ吹き飛んでしまった。
「わざわざ来て頂いたのに、娘が不在で申し訳ございません。
あの子ったら……婚約者なんだから、ハロルド様には旅行のことを伝えておくべきでしょうに。
まったく……」
ナディアの代わりに応対してくれた、彼女の母マリアは恐縮しきっていた。
ハロルドは内心ナディアへの怒りでいっぱいだったが、知らされていなかったことを素直に言えば、彼女との仲が上手くいっていないと教えるようなものだ。
仕方なくハロルドは、得意の笑顔の仮面を貼り付けて、つらつらと嘘を並べた。
「いや……そうだ!思い出しました。
確かに彼女から聞いていたと思います。
最近忙しかったもので、すっかり頭から抜けてしまっていました。
こちらこそ、失礼しました」
それから、ほっと胸を撫で下ろすマリアに、余裕たっぷりに頷いて見せた。
「旅行に行けば、彼女にとって良い気分転換にもなるでしょうね」
「ええ、リンデン王国は今頃、すっかり暖かいでしょうからね。
きっとあちこち見物に出かけて、楽しんでいると思いますわ」
「リンデン王国……?」
ハロルドは小さく呟いた。
旅行に行ったとは聞いたが、その場所は今初めて知ったのである。
背中に冷たい汗が伝い落ちていった。
まさか、とは思うが……。
ハロルドは適当にマリアとの会話を切り上げて馬車に戻ると、今度は急いでレナードの家へと向かわせた。
心配は杞憂に終わるはずだ。
そう思いながらも、膝の上で握る両手に、ますまず力がこもっていくのを抑えられなかった。
そして屋敷に到着したハロルドは、レナードもリンデン王国へ戻っていると聞いて、言葉もなく青ざめたのである。
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