ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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「あらまあ、ナディアったら」

黙り込んだナディアとハロルドの代わりに、嬉しそうな声を上げたのはマリアだった。

「あなた、そんなに可愛らしいことを言うようになったのね!
良かったわ、ハロルド様と仲良くしているみたいで」

その甲高い声に、ハロルドは我に返った。
あまりに予想外の言葉をナディアが口にしたものだから、思わず呆然としたまま動けなくなってしまっていたのである。

マリアの隣で赤くなってうつむいているナディアは、あまりに可愛らしくて。
つい反射的に動きかけた体を、すんでのところで止めた。
危うく抱きしめてしまうところだった。

こんな言葉で喜んでいたらダメだ。

ハロルドは自分に言い聞かせて、心を落ち着かせた。
自分が婚約者の仮面をかぶってナディアに心配の言葉をかけたように、彼女も仮面をかぶっているだけだ。
今の言葉は本心なんかじゃないんだ。

そう心の内で呟く。

本心だったら良いのに。
と思ったけれど、そんなはずはないと頭を振った。
これ以上、無駄な期待はしたくない。

形だけの婚約者を押し付けたのは自分の方なのに、まさか自分がそれに苦しめられる日がくるなんて。

ハロルドはため息を一つついてから、再び笑顔の仮面を付け直した。

「私もナディアに会えなくて、とても寂しかったよ。
これからは、どうにか時間を作って、なるべく会いに行けるようにするからね」

実行するつもりなどない、明らかな嘘だったが、それでもナディアの顔がほんの少し輝いたように見えた。
が、ハロルドの目が笑っていないことに彼女は気がついたのだろう。
すぐに笑顔が消え失せたのを見て、ハロルドの胸はほんの少し痛んだ。

しかし心を奮い立たせてマリアに顔を向けると会釈した。

「では、用事があるので今日はこれで失礼致します」

これ以上ナディアの顔を見ているのは辛かった。
レナードとのことを思えば怒りが湧いてくるのに、彼女と目を合わせたら、その怒りはどこかへ消えてしまいそうだった。

ハロルドは全てを振り切るように足早に歩き出したが

「あの!」

ナディアの声が彼の足を止めた。
振り返れば彼女が走ってきて、彼の目の前で止まった。

「あ、あの……さっき言ったのは、本心ですから」
「……なにが?」

ハロルドは小声で冷たく言った。

「『会えなくて寂しかった』っていうの……」

ハロルドはドキリとしたが、それには気づかないフリをした。

「もういいよ、婚約者ごっこは。
今は誰も聞いてないんだから、芝居をする必要ないだろ」

ナディアの目が見開かれる。
ハロルドは、しまったと思ったが、もう引き返せない。
クルリと背を向けると

「そういうセリフはレナードに言ってやれよ。
あいつなら、喜ぶから」

と言って、歩き出す。

ナディアが追ってきてくれるかもしれない、とほんの少し期待をしたけれど、もう彼女の声が聞こえることはなかった。
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