ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

文字の大きさ
上 下
53 / 62

53

しおりを挟む

「あらまあ、ナディアったら」

黙り込んだナディアとハロルドの代わりに、嬉しそうな声を上げたのはマリアだった。

「あなた、そんなに可愛らしいことを言うようになったのね!
良かったわ、ハロルド様と仲良くしているみたいで」

その甲高い声に、ハロルドは我に返った。
あまりに予想外の言葉をナディアが口にしたものだから、思わず呆然としたまま動けなくなってしまっていたのである。

マリアの隣で赤くなってうつむいているナディアは、あまりに可愛らしくて。
つい反射的に動きかけた体を、すんでのところで止めた。
危うく抱きしめてしまうところだった。

こんな言葉で喜んでいたらダメだ。

ハロルドは自分に言い聞かせて、心を落ち着かせた。
自分が婚約者の仮面をかぶってナディアに心配の言葉をかけたように、彼女も仮面をかぶっているだけだ。
今の言葉は本心なんかじゃないんだ。

そう心の内で呟く。

本心だったら良いのに。
と思ったけれど、そんなはずはないと頭を振った。
これ以上、無駄な期待はしたくない。

形だけの婚約者を押し付けたのは自分の方なのに、まさか自分がそれに苦しめられる日がくるなんて。

ハロルドはため息を一つついてから、再び笑顔の仮面を付け直した。

「私もナディアに会えなくて、とても寂しかったよ。
これからは、どうにか時間を作って、なるべく会いに行けるようにするからね」

実行するつもりなどない、明らかな嘘だったが、それでもナディアの顔がほんの少し輝いたように見えた。
が、ハロルドの目が笑っていないことに彼女は気がついたのだろう。
すぐに笑顔が消え失せたのを見て、ハロルドの胸はほんの少し痛んだ。

しかし心を奮い立たせてマリアに顔を向けると会釈した。

「では、用事があるので今日はこれで失礼致します」

これ以上ナディアの顔を見ているのは辛かった。
レナードとのことを思えば怒りが湧いてくるのに、彼女と目を合わせたら、その怒りはどこかへ消えてしまいそうだった。

ハロルドは全てを振り切るように足早に歩き出したが

「あの!」

ナディアの声が彼の足を止めた。
振り返れば彼女が走ってきて、彼の目の前で止まった。

「あ、あの……さっき言ったのは、本心ですから」
「……なにが?」

ハロルドは小声で冷たく言った。

「『会えなくて寂しかった』っていうの……」

ハロルドはドキリとしたが、それには気づかないフリをした。

「もういいよ、婚約者ごっこは。
今は誰も聞いてないんだから、芝居をする必要ないだろ」

ナディアの目が見開かれる。
ハロルドは、しまったと思ったが、もう引き返せない。
クルリと背を向けると

「そういうセリフはレナードに言ってやれよ。
あいつなら、喜ぶから」

と言って、歩き出す。

ナディアが追ってきてくれるかもしれない、とほんの少し期待をしたけれど、もう彼女の声が聞こえることはなかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...