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『形ばかりの婚約者』としてではなく、本当にあなたが好きです。
はっきりと、そう言いたかったのに。
ハロルドの冷たい視線に射すくめられ、咄嗟に言葉が出てこなくなってしまった。
こんなに恐ろしい顔をしている彼を、初めて見た気がした。
何者をも寄せ付けぬような威圧的な目に、膝がガクガクと震えてくる。
もうとても告白など出来なくなってしまったナディアは、ただ怯えたような顔でハロルドを見上げていることしかできなかった。
やがて彼は、深く息を吐き出すと
「もう、いい」
と、力無く呟いた。
「え……?」
「そんなにレナードが良いなら、勝手にしろ!
俺との婚約は破棄して、優しいレナードと婚約すれば良い!」
とハロルドは勝手に言い放つと、大股に歩き去って行ってしまった。
あまりのことに、ナディアは言い返すことも、引き止めることも出来なかった。
息をすることすら忘れて、呆然としてしまっていた。
ようやく我に返ったのは、とっくにハロルドが姿を消した後。
レナードが優しく肩に手をかけてくれた時だった。
「ナディア様……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……です。
ありがとうございます」
と、弱々しいながらも、なんとか笑顔を浮かべて見せたナディアだったが、ひどい顔をしていることは鏡を見なくとも予想がついた。
案の定、こちらを見下ろすレナードの顔は曇ったままだった。
「すみません、こんな気の利かない質問を……。
あんなことを言われて、大丈夫なはずがないですよね」
そう言われてしまえば、ナディアに返す言葉は無かった。
まさに彼の言う通りだったのだから。
しかしレナードは困ったように眉を下げつつも、ほんの少し微笑んで見せると、言葉を続けた。
「でも、まあ……ハロルドは本気で言ってるわけじゃないですよ。
つい怒りに任せて言ってしまっただけでしょう」
「……そうでしょうか」
「そうだと思いますよ」
レナードは何でもないことのように言ってから、付け足した。
「まあ、僕の本音を言えば……あんなひどいことを言うハロルドに、あなたが愛想を尽かしてしまえば良い、なんて少し期待してもいますけど」
「え!?」
動揺するナディアに、レナードは小さく笑って囁いた。
「僕への返事は、まだしないで下さいね。
今はまだ、僕は完全に不利でしょうから。
これから挽回させて下さい」
ナディアは何も言えなかった。
ただ黙って頷くのが精一杯だ。
頭の中ではまだ、ハロルドの荒い声が響いていて。
レナードの優しい声をいくら聞いても、ハロルドの声を忘れることは出来そうになかった。
思い出すたびに、彼女の心を深い闇に染めて行く声。
これはしばらく頭から離れそうにないな、とナディアは重いため息をついた。
はっきりと、そう言いたかったのに。
ハロルドの冷たい視線に射すくめられ、咄嗟に言葉が出てこなくなってしまった。
こんなに恐ろしい顔をしている彼を、初めて見た気がした。
何者をも寄せ付けぬような威圧的な目に、膝がガクガクと震えてくる。
もうとても告白など出来なくなってしまったナディアは、ただ怯えたような顔でハロルドを見上げていることしかできなかった。
やがて彼は、深く息を吐き出すと
「もう、いい」
と、力無く呟いた。
「え……?」
「そんなにレナードが良いなら、勝手にしろ!
俺との婚約は破棄して、優しいレナードと婚約すれば良い!」
とハロルドは勝手に言い放つと、大股に歩き去って行ってしまった。
あまりのことに、ナディアは言い返すことも、引き止めることも出来なかった。
息をすることすら忘れて、呆然としてしまっていた。
ようやく我に返ったのは、とっくにハロルドが姿を消した後。
レナードが優しく肩に手をかけてくれた時だった。
「ナディア様……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……です。
ありがとうございます」
と、弱々しいながらも、なんとか笑顔を浮かべて見せたナディアだったが、ひどい顔をしていることは鏡を見なくとも予想がついた。
案の定、こちらを見下ろすレナードの顔は曇ったままだった。
「すみません、こんな気の利かない質問を……。
あんなことを言われて、大丈夫なはずがないですよね」
そう言われてしまえば、ナディアに返す言葉は無かった。
まさに彼の言う通りだったのだから。
しかしレナードは困ったように眉を下げつつも、ほんの少し微笑んで見せると、言葉を続けた。
「でも、まあ……ハロルドは本気で言ってるわけじゃないですよ。
つい怒りに任せて言ってしまっただけでしょう」
「……そうでしょうか」
「そうだと思いますよ」
レナードは何でもないことのように言ってから、付け足した。
「まあ、僕の本音を言えば……あんなひどいことを言うハロルドに、あなたが愛想を尽かしてしまえば良い、なんて少し期待してもいますけど」
「え!?」
動揺するナディアに、レナードは小さく笑って囁いた。
「僕への返事は、まだしないで下さいね。
今はまだ、僕は完全に不利でしょうから。
これから挽回させて下さい」
ナディアは何も言えなかった。
ただ黙って頷くのが精一杯だ。
頭の中ではまだ、ハロルドの荒い声が響いていて。
レナードの優しい声をいくら聞いても、ハロルドの声を忘れることは出来そうになかった。
思い出すたびに、彼女の心を深い闇に染めて行く声。
これはしばらく頭から離れそうにないな、とナディアは重いため息をついた。
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