ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

文字の大きさ
上 下
50 / 62

50

しおりを挟む
『形ばかりの婚約者』としてではなく、本当にあなたが好きです。
はっきりと、そう言いたかったのに。

ハロルドの冷たい視線に射すくめられ、咄嗟に言葉が出てこなくなってしまった。

こんなに恐ろしい顔をしている彼を、初めて見た気がした。
何者をも寄せ付けぬような威圧的な目に、膝がガクガクと震えてくる。

もうとても告白など出来なくなってしまったナディアは、ただ怯えたような顔でハロルドを見上げていることしかできなかった。

やがて彼は、深く息を吐き出すと

「もう、いい」

と、力無く呟いた。

「え……?」
「そんなにレナードが良いなら、勝手にしろ!
俺との婚約は破棄して、優しいレナードと婚約すれば良い!」

とハロルドは勝手に言い放つと、大股に歩き去って行ってしまった。

あまりのことに、ナディアは言い返すことも、引き止めることも出来なかった。
息をすることすら忘れて、呆然としてしまっていた。

ようやく我に返ったのは、とっくにハロルドが姿を消した後。
レナードが優しく肩に手をかけてくれた時だった。

「ナディア様……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……です。
ありがとうございます」

と、弱々しいながらも、なんとか笑顔を浮かべて見せたナディアだったが、ひどい顔をしていることは鏡を見なくとも予想がついた。
案の定、こちらを見下ろすレナードの顔は曇ったままだった。

「すみません、こんな気の利かない質問を……。
あんなことを言われて、大丈夫なはずがないですよね」

そう言われてしまえば、ナディアに返す言葉は無かった。
まさに彼の言う通りだったのだから。

しかしレナードは困ったように眉を下げつつも、ほんの少し微笑んで見せると、言葉を続けた。

「でも、まあ……ハロルドは本気で言ってるわけじゃないですよ。
つい怒りに任せて言ってしまっただけでしょう」
「……そうでしょうか」
「そうだと思いますよ」

レナードは何でもないことのように言ってから、付け足した。

「まあ、僕の本音を言えば……あんなひどいことを言うハロルドに、あなたが愛想を尽かしてしまえば良い、なんて少し期待してもいますけど」
「え!?」

動揺するナディアに、レナードは小さく笑って囁いた。

「僕への返事は、まだしないで下さいね。
今はまだ、僕は完全に不利でしょうから。
これから挽回させて下さい」

ナディアは何も言えなかった。
ただ黙って頷くのが精一杯だ。

頭の中ではまだ、ハロルドの荒い声が響いていて。
レナードの優しい声をいくら聞いても、ハロルドの声を忘れることは出来そうになかった。

思い出すたびに、彼女の心を深い闇に染めて行く声。

これはしばらく頭から離れそうにないな、とナディアは重いため息をついた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】

暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」 高らかに宣言された婚約破棄の言葉。 ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。 でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか? ********* 以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。 内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です

仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。 自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい! ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!! という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑) ※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

処理中です...