ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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ナディアは声を出すことも出来ずに、ただただレナードを見返した。
そうして見ていれば、今に、彼の真剣な表情がふと崩れて笑顔になり「全部冗談です」とでも言ってくれるような気がして。

しかしいつまで経っても、彼の口からそんな言葉が出てくることはなかった。
それどころか彼の眼差しはますます熱を帯びてくるものだから、ナディアももう耐えられなくて。
ふいっと顔を背けると、レナードが、そっとため息をつく音が小さく聞こえてきた。

そして続けて、静かに彼は言った。

「返事は今すぐする必要はありません。
ハロルドとの婚約を破棄するなんて、大事ですから、すぐにどうこう出来るはずもありませんし。
それにご両親のご意向もあるでしょう」

そこまで言ってから、レナードは少し躊躇うように言葉を止めた。
が、すぐに思い直したというふうに顔を振ってから、

「一応言っておくと……僕の国では、僕の家は結構有名なんです。
それに長男ですから、跡取りでもあります。
だからもちろんハロルドには敵いませんが、結婚相手としては悪くないはずです」

と付け足した。

それを聞いてナディアは、一瞬、自分の置かれている状況を忘れて、素直に感心してしまった。
レナードはそんなに名のある家の息子だったのかと、改めて驚いてしまったのである。

深く考えたことはなかったが、こんなに気安くハロルドと言葉を交わしている人なのだから、身分も相応のものに違いない。
少し考えれば分かりそうなものだが、そんなことを考えようともしなかった自分が恥ずかしかった。

しかし今は、いつまでも感心してばかりもいられない。

ナディアは、すっと口を開いた。
考えなくとも、返事は決まっていたのだから。

自分が好きなのは、ハロルドだ。
だからレナードの気持ちには応えられない。

そう言おうとしたのだが、ふとナディアは口を薄く開いたまま固まってしまった。

確かに今、自分はハロルドの婚約者だ。
しかしそれは……いつまで?

突然ふって沸いた問いに、ナディアはゾッとした。

自分は、ただ名ばかりの婚約者なのだ。
ハロルドの気が変わりさえすれば、どんなに泣いて頼んでも、あっさりと捨てられてしまうのだろう。

それはいつ?

ハロルドが自分に飽きたら?
それとも他に好きな人が出来たら?

そんなことになれば、あっという間に婚約者の座から下ろされるに違いない。

彼の気持ちが自分に向くことはないと分かった今、それでも一縷の望みにすがって、婚約者でい続けることが、本当に正しいのだろうか。

それとも……。

ナディアは恐る恐る上目でレナードを見た。
黙ったまま見返してくる彼の瞳は、ハロルドとは違って、あまりにも優しくて。
その暖かさが、心に刻まれた傷の奥底まで、じんわりと染み込んでいくような気がした。
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