ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

文字の大きさ
上 下
40 / 62

40

しおりを挟む
胸を躍らせながら、ハロルドがこちらに来るのをうっとりと見つめていたナディア。
しかしここで問題が発生したのである。

突然脇から男が現れたかと思うと、ナディアに向かって手を差し伸べてきたのだ。

「失礼致します。
よろしければ、次のダンスを私と踊って頂けませんか?」

ナディアは驚きのあまり目を見開いたまま、固まってしまった。
その様子を見た男は、小さく笑いながら続ける。

「突然、申し訳ございません。
お見かけしたことのないほど美しい方でしたので、是非お相手頂きたくて……」

自分に向けられた言葉とは、とても思えなかった。
慣れない褒め言葉に慌てるあまり、顔が火照ってしまう。

しかも男は気づいていないようだが、面識のある相手なのである。
正直に正体を明かすべきか迷いながら、チラリとレナードを見ると、彼は笑いを噛み殺したような顔をしていた。

この顔は何を言いたい顔なのだろう。
不思議に思いながら、ゆっくりと顔を上げた時だった。

「申し訳ないのですが、彼女には私と踊る約束がありましてね」

不意に背後で声がして、心臓が大きく跳ねた。
それがハロルドの声だと、すぐに気がついたのである。

そして彼は、誰も何も言わないうちにナディアの手を掴むと、スタスタと歩き出してしまった。

「あ、あの……」
「黙ってろ」

振り向きもせずに低く囁かれて、ナディアはガックリしてしまった。
レナードにも協力してもらって頑張ったというのに、ハロルドには全く通用しなかったらしい。


完全に私だって分かってるじゃないの……。


音楽が流れ始めると、彼は立ち止まって振り返った。
そして片手でナディアの手を取り、もう片方の手を彼女の背中に回してくる。

ナディアは諦めきれずに、チラチラとハロルドを見上げた。
が、ゆっくりと踊り始めても、彼は褒め言葉を口にするどころか、口を開くことさえせずに足を動かし続けている。

これにはナディアも、もうどうしようもなくて。
仕方なく、自分の方から口を開くことにした。

「あ、あの……どうですか?」
「……なにが」
「私のドレスですよ。
いつもと雰囲気を変えてみたんです」

彼の答えを待っている間も、心臓がうるさく跳ねる。
しかし彼の答えは

「随分張り切ったな。
馬子にも衣装ってやつか」

と、至って冷たいものだった。

褒めてくれるとまでは思っていなかったが、まさかここまで酷い反応だとは。

ナディアは思わずヘナヘナと座り込みそうになる足に、懸命に力を入れ続けた。
そうでもしなければ、今にも倒れてしまいそうだったのである。

こんなに頑張ったと言うのに。
その努力が無駄に終わったかと思うと、じわじわと悲しみが込み上げてきて。
視界が揺らいでいった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。 やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。 失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。 愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...