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「あ、え……と」
シャルロッテは、さすがに本人を目の前にして嘘をつく度胸はなかったらしい。
途端に口ごもってしまう。
そうなれば、今の今まで彼女に味方していた取り巻き達も、途端に不安に襲われたようで、互いに目を見合わせてオロオロし始めた。
その顔を見ていれば、ナディアの胸も少しはスッとした。
そして唐突に気が付いた。
ハロルドは、いつから聞いていたのだろう。
『私が何か?』などと言ってはいたが、彼の輝いた目を見ていれば、明らかにシャルロッテが何を言っていたのか聞いていたらしいことが分かる。
そして、あえてそれを言わずに楽しんでいるのだろう、ということも。
しかし、そんなことに気が付いているのは自分だけなのだろう、とナディアは思った。
きっと他の人は、このキョトンとした顔までもキラキラして見える王子様が、まさかそんな腹黒いとは思ってもみないだろうから。
「た、大したことではありませんわ。
いつもとても親切にしていただいて、嬉しいと話していただけですの」
「そうなんですか?
私もシャルロッテ様には、いつもとても良くして頂いているので、嬉しい限りですよ」
ハロルドは得意の眩しい笑顔を浮かべると、ついクラクラっとなってしまったらしいシャルロッテは放っておいて、ナディアの隣に並んだ。
……一応、聞かなかった振りをして、丸く収めるのね。
ナディアは息を吐き出した。
彼なら、シャルロッテを意地悪く追い詰めるのではないかと、一瞬、思ってしまったのである。
しかし、さすがにハロルドもそんなことはしないらしい、とホッとしていたのだったが。
「当然お分かりのことだとは思いますが、一応はっきり言っておきますね」
ハロルドは、いきなりナディアの肩をぐいと抱き寄せて言ったのだ。
「私の婚約者はナディアですから、私がキスをしたいと思う相手は彼女だけです」
それを聞いて、ナディアの顔は真っ赤になってしまった。
人に見られている所で赤くなんてなりたくなかったけれど、こればっかりはどうしようもない。
慌てて顔を伏せたものの、耳まで赤いものだから、隠しようもなかった。
目の前でこちらを睨みつけているシャルロッテの顔が、みるみる引きつっていく。
しかしそれには構わずに、ハロルドはナディアに顔を近づけると、彼女が何も言っていないというのに、一人で頷き始めた。
「なんだい、ナディア。
え?ダメだよ、こんなところで。
人が見ているじゃないか……まったく、仕方ない人だ」
そして何事かとナディアが顔を上げたところで、ニヤリと笑って見下ろしてくるハロルドと、ばっちり目が合った。
その瞳が意地悪い光を放ったことに気がついたのは、ナディアだけだっただろう。
「今すぐキスしてほしいだなんて……甘えん坊さんだな、ナディアは」
ナディアがぎょっとして体を強張らせるのと、ハロルドが顔を寄せてくるのと、周囲から甲高い悲鳴が上がったのは、まさに同時だった。
しかし次の瞬間、ナディアは強引に彼の手を振りほどくと、慌てて逃げ出した。
パニックになってしまったあまり、誰かに肩をぶつけたけれど、小さな声で謝るのが精一杯で。
皆に注目されているのが分かっていたから、一刻も早くこの場から立ち去るべく、足を止めずに走り続けた。
あっと思った時には、靴が片方転げ落ちてしまったことに気が付いたものの、もうそんなことどうでも良かった。
ただただ、ハロルドにからかわれたことが悔しかった。
彼が自分のことなど、なんとも思っていないのだと証明されたような気がして。
ずきずきと痛む胸を押さえながら、ナディアはようやく足を止めた。
胸が痛いのは、息が切れるせいばかりではないと、ようやく分かった。
「私……ハロルドのことが、好きなんだわ……」
気が付かぬうちに、涙が一粒、頬を零れ落ちていった。
シャルロッテは、さすがに本人を目の前にして嘘をつく度胸はなかったらしい。
途端に口ごもってしまう。
そうなれば、今の今まで彼女に味方していた取り巻き達も、途端に不安に襲われたようで、互いに目を見合わせてオロオロし始めた。
その顔を見ていれば、ナディアの胸も少しはスッとした。
そして唐突に気が付いた。
ハロルドは、いつから聞いていたのだろう。
『私が何か?』などと言ってはいたが、彼の輝いた目を見ていれば、明らかにシャルロッテが何を言っていたのか聞いていたらしいことが分かる。
そして、あえてそれを言わずに楽しんでいるのだろう、ということも。
しかし、そんなことに気が付いているのは自分だけなのだろう、とナディアは思った。
きっと他の人は、このキョトンとした顔までもキラキラして見える王子様が、まさかそんな腹黒いとは思ってもみないだろうから。
「た、大したことではありませんわ。
いつもとても親切にしていただいて、嬉しいと話していただけですの」
「そうなんですか?
私もシャルロッテ様には、いつもとても良くして頂いているので、嬉しい限りですよ」
ハロルドは得意の眩しい笑顔を浮かべると、ついクラクラっとなってしまったらしいシャルロッテは放っておいて、ナディアの隣に並んだ。
……一応、聞かなかった振りをして、丸く収めるのね。
ナディアは息を吐き出した。
彼なら、シャルロッテを意地悪く追い詰めるのではないかと、一瞬、思ってしまったのである。
しかし、さすがにハロルドもそんなことはしないらしい、とホッとしていたのだったが。
「当然お分かりのことだとは思いますが、一応はっきり言っておきますね」
ハロルドは、いきなりナディアの肩をぐいと抱き寄せて言ったのだ。
「私の婚約者はナディアですから、私がキスをしたいと思う相手は彼女だけです」
それを聞いて、ナディアの顔は真っ赤になってしまった。
人に見られている所で赤くなんてなりたくなかったけれど、こればっかりはどうしようもない。
慌てて顔を伏せたものの、耳まで赤いものだから、隠しようもなかった。
目の前でこちらを睨みつけているシャルロッテの顔が、みるみる引きつっていく。
しかしそれには構わずに、ハロルドはナディアに顔を近づけると、彼女が何も言っていないというのに、一人で頷き始めた。
「なんだい、ナディア。
え?ダメだよ、こんなところで。
人が見ているじゃないか……まったく、仕方ない人だ」
そして何事かとナディアが顔を上げたところで、ニヤリと笑って見下ろしてくるハロルドと、ばっちり目が合った。
その瞳が意地悪い光を放ったことに気がついたのは、ナディアだけだっただろう。
「今すぐキスしてほしいだなんて……甘えん坊さんだな、ナディアは」
ナディアがぎょっとして体を強張らせるのと、ハロルドが顔を寄せてくるのと、周囲から甲高い悲鳴が上がったのは、まさに同時だった。
しかし次の瞬間、ナディアは強引に彼の手を振りほどくと、慌てて逃げ出した。
パニックになってしまったあまり、誰かに肩をぶつけたけれど、小さな声で謝るのが精一杯で。
皆に注目されているのが分かっていたから、一刻も早くこの場から立ち去るべく、足を止めずに走り続けた。
あっと思った時には、靴が片方転げ落ちてしまったことに気が付いたものの、もうそんなことどうでも良かった。
ただただ、ハロルドにからかわれたことが悔しかった。
彼が自分のことなど、なんとも思っていないのだと証明されたような気がして。
ずきずきと痛む胸を押さえながら、ナディアはようやく足を止めた。
胸が痛いのは、息が切れるせいばかりではないと、ようやく分かった。
「私……ハロルドのことが、好きなんだわ……」
気が付かぬうちに、涙が一粒、頬を零れ落ちていった。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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