21 / 62
21
しおりを挟む
「あーあ、もう十分務めは果たしただろ。
これで今日は帰るとするか」
隣でハロルドがあくび交じりに言うのを聞くと、ナディアはほっと胸を撫でおろした。
ようやく家に帰れると思うと、一気に気持ちが軽くなる。
そして、歩き出した彼の後ろについていった。
「お疲れ様、ナディア」
後ろからレナードがひょいと顔を覗かせて言うと、ハロルドが目をぎらつかせて振り向いた。
「『ナディア様』だろうが。
誤解をまねくようなことを言うな」
「はいはい、『お疲れさまでした、ナディア様』」
入口には、すでに馬車が待っていた。
そこでナディアは、ハロルドに続いて乗り込もうと、スカートを引っ張り上げたのだったが
「何をしている?」
ちょうど座席に座ったハロルドに言われたものだから、頭にハテナマークを浮かべつつも、上げかけた足を下ろした。
「え?だって……」
「だってじゃない。
俺はもう疲れた。
今すぐにでもベッドに倒れこみたいくらい、疲れたんだ。
あんたを送ってる暇なんてない」
ハロルドは冷たく言い放つと、ナディアの後ろに立っていたレナードに声をかけた。
「おい、こいつ、送って行ってくれ」
そしてナディアどころか、レナードもまだ返事をしないうちに
「じゃあな」
と言うなり、さっさと扉を閉めてしまったのである。
「ええ!?ちょっと!」
ナディアは声を荒げたが、窓の向こうのハロルドはなんのその。
むしろいつもよりも爽やかに微笑むと、片目をつぶって見せた。
馬車はそのまま走り出し、呆気に取られているナディアと、苦笑いを浮かべたレナードは、寂し気にそれを見送ったのだった。
「……信じられない。
あれでも婚約者なの!?」
ナディアは大声を上げた。
「まあまあ、あいつはああいう奴ですから。
さあ、ちょうど僕の馬車が来ましたから、冷えないうちに乗ってください」
そう言ってレナードはナディアの手を取り、馬車に乗り込む。
二人が腰を下ろしたところで、レナードは小さく笑った。
「それにしても、今日のハロルドは、なんだか楽しそうでしたね。
あんなに生き生きしてるのを見るのは、初めてかもしれません」
「生き生き……そうですか?
私には、いつも通り意地悪なだけにしか見えませんでしたけど」
「あいつが心置きなく意地悪ができるのも、あなたがいるからですよ。
許してあげてください」
「そんな……」
ナディアは悲鳴を上げた。
「そんなに私が気に入らないなら、婚約は破棄すれば良いんですよ。
私はずっと、そう言ってるのに!」
「いや、ナディア様のこと、かなり気に入ってると思いますよ?
さっきだって……」
と、何を思い出したのか、クスクス笑っている。
しかし、そうは言われても、ナディアにはとても、ハロルドが自分のことを気に入っているなどとは思えなかった。
少しでも気に入ってくれているのならば、少なくとももう少し優しくしてくれるに違いない。
帰り際に片目をつぶって見せたハロルドを思い出すと、ムカムカしてきて。
ナディアは悔しさにスカートを握りしめた。
「まったく、馬鹿にしてますよ!
他の人が見ている前では良い人ぶってるのに、二人きりになると、いつだって冷たいんですから!
婚約者っていうんなら、もう少しくらい優しくしてくれたっていいのに」
そう言うと、レナードがニヤニヤ笑いながら答えた。
「優しくしてほしいんですか?」
「そ、それは……まあ……優しくしてほしいです、よ」
不意に、初めてハロルドに見つめられた時のことを思い出した。
またあんなふうに、青い瞳を細めて、優しく微笑まれれば、好きになってしまうかもしれない。
そう考えて、ハッとしたナディアは、ブンブンと首を横に振った。
いやいや!
あんな奴を好きになってたまるか!!
「まあ、意地悪できるほど本音を見せられる相手だってことですよ。
許してあげてください」
「はあ……」
ふう、と息をつくナディアの横で、レナードはなんだか楽し気だ。
「僕は、きみたちはお似合いだと思いますけどね」
その言葉には、言い返したいことが山ほどあったけれど。
もうすっかり疲れてしまっていたナディアは、
「はあ……」
と力なく言っただけだった。
そしてぐったりと座席に沈み込んだのだった。
これで今日は帰るとするか」
隣でハロルドがあくび交じりに言うのを聞くと、ナディアはほっと胸を撫でおろした。
ようやく家に帰れると思うと、一気に気持ちが軽くなる。
そして、歩き出した彼の後ろについていった。
「お疲れ様、ナディア」
後ろからレナードがひょいと顔を覗かせて言うと、ハロルドが目をぎらつかせて振り向いた。
「『ナディア様』だろうが。
誤解をまねくようなことを言うな」
「はいはい、『お疲れさまでした、ナディア様』」
入口には、すでに馬車が待っていた。
そこでナディアは、ハロルドに続いて乗り込もうと、スカートを引っ張り上げたのだったが
「何をしている?」
ちょうど座席に座ったハロルドに言われたものだから、頭にハテナマークを浮かべつつも、上げかけた足を下ろした。
「え?だって……」
「だってじゃない。
俺はもう疲れた。
今すぐにでもベッドに倒れこみたいくらい、疲れたんだ。
あんたを送ってる暇なんてない」
ハロルドは冷たく言い放つと、ナディアの後ろに立っていたレナードに声をかけた。
「おい、こいつ、送って行ってくれ」
そしてナディアどころか、レナードもまだ返事をしないうちに
「じゃあな」
と言うなり、さっさと扉を閉めてしまったのである。
「ええ!?ちょっと!」
ナディアは声を荒げたが、窓の向こうのハロルドはなんのその。
むしろいつもよりも爽やかに微笑むと、片目をつぶって見せた。
馬車はそのまま走り出し、呆気に取られているナディアと、苦笑いを浮かべたレナードは、寂し気にそれを見送ったのだった。
「……信じられない。
あれでも婚約者なの!?」
ナディアは大声を上げた。
「まあまあ、あいつはああいう奴ですから。
さあ、ちょうど僕の馬車が来ましたから、冷えないうちに乗ってください」
そう言ってレナードはナディアの手を取り、馬車に乗り込む。
二人が腰を下ろしたところで、レナードは小さく笑った。
「それにしても、今日のハロルドは、なんだか楽しそうでしたね。
あんなに生き生きしてるのを見るのは、初めてかもしれません」
「生き生き……そうですか?
私には、いつも通り意地悪なだけにしか見えませんでしたけど」
「あいつが心置きなく意地悪ができるのも、あなたがいるからですよ。
許してあげてください」
「そんな……」
ナディアは悲鳴を上げた。
「そんなに私が気に入らないなら、婚約は破棄すれば良いんですよ。
私はずっと、そう言ってるのに!」
「いや、ナディア様のこと、かなり気に入ってると思いますよ?
さっきだって……」
と、何を思い出したのか、クスクス笑っている。
しかし、そうは言われても、ナディアにはとても、ハロルドが自分のことを気に入っているなどとは思えなかった。
少しでも気に入ってくれているのならば、少なくとももう少し優しくしてくれるに違いない。
帰り際に片目をつぶって見せたハロルドを思い出すと、ムカムカしてきて。
ナディアは悔しさにスカートを握りしめた。
「まったく、馬鹿にしてますよ!
他の人が見ている前では良い人ぶってるのに、二人きりになると、いつだって冷たいんですから!
婚約者っていうんなら、もう少しくらい優しくしてくれたっていいのに」
そう言うと、レナードがニヤニヤ笑いながら答えた。
「優しくしてほしいんですか?」
「そ、それは……まあ……優しくしてほしいです、よ」
不意に、初めてハロルドに見つめられた時のことを思い出した。
またあんなふうに、青い瞳を細めて、優しく微笑まれれば、好きになってしまうかもしれない。
そう考えて、ハッとしたナディアは、ブンブンと首を横に振った。
いやいや!
あんな奴を好きになってたまるか!!
「まあ、意地悪できるほど本音を見せられる相手だってことですよ。
許してあげてください」
「はあ……」
ふう、と息をつくナディアの横で、レナードはなんだか楽し気だ。
「僕は、きみたちはお似合いだと思いますけどね」
その言葉には、言い返したいことが山ほどあったけれど。
もうすっかり疲れてしまっていたナディアは、
「はあ……」
と力なく言っただけだった。
そしてぐったりと座席に沈み込んだのだった。
0
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。



妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました
常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。
裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。
ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た


好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません
かずきりり
恋愛
今日も約束を反故される。
……約束の時間を過ぎてから。
侍女の怒りに私の怒りが収まる日々を過ごしている。
貴族の結婚なんて、所詮は政略で。
家同士を繋げる、ただの契約結婚に過ぎない。
なのに……
何もかも義姉優先。
挙句、式や私の部屋も義姉の言いなりで、義姉の望むまま。
挙句の果て、侯爵家なのだから。
そっちは子爵家なのだからと見下される始末。
そんな相手に信用や信頼が生まれるわけもなく、ただ先行きに不安しかないのだけれど……。
更に、バージンロードを義姉に歩かせろだ!?
流石にそこはお断りしますけど!?
もう、付き合いきれない。
けれど、婚約白紙を今更出来ない……
なら、新たに契約を結びましょうか。
義理や人情がないのであれば、こちらは情けをかけません。
-----------------------
※こちらの作品はカクヨムでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる