ハロルド王子の化けの皮

神楽ゆきな

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「あーあ、もう十分務めは果たしただろ。
これで今日は帰るとするか」

隣でハロルドがあくび交じりに言うのを聞くと、ナディアはほっと胸を撫でおろした。
ようやく家に帰れると思うと、一気に気持ちが軽くなる。

そして、歩き出した彼の後ろについていった。

「お疲れ様、ナディア」

後ろからレナードがひょいと顔を覗かせて言うと、ハロルドが目をぎらつかせて振り向いた。

「『ナディア様』だろうが。
誤解をまねくようなことを言うな」
「はいはい、『お疲れさまでした、ナディア様』」

入口には、すでに馬車が待っていた。
そこでナディアは、ハロルドに続いて乗り込もうと、スカートを引っ張り上げたのだったが

「何をしている?」

ちょうど座席に座ったハロルドに言われたものだから、頭にハテナマークを浮かべつつも、上げかけた足を下ろした。

「え?だって……」
「だってじゃない。
俺はもう疲れた。
今すぐにでもベッドに倒れこみたいくらい、疲れたんだ。
あんたを送ってる暇なんてない」

ハロルドは冷たく言い放つと、ナディアの後ろに立っていたレナードに声をかけた。

「おい、こいつ、送って行ってくれ」

そしてナディアどころか、レナードもまだ返事をしないうちに

「じゃあな」

と言うなり、さっさと扉を閉めてしまったのである。

「ええ!?ちょっと!」

ナディアは声を荒げたが、窓の向こうのハロルドはなんのその。
むしろいつもよりも爽やかに微笑むと、片目をつぶって見せた。

馬車はそのまま走り出し、呆気に取られているナディアと、苦笑いを浮かべたレナードは、寂し気にそれを見送ったのだった。

「……信じられない。
あれでも婚約者なの!?」

ナディアは大声を上げた。

「まあまあ、あいつはああいう奴ですから。
さあ、ちょうど僕の馬車が来ましたから、冷えないうちに乗ってください」

そう言ってレナードはナディアの手を取り、馬車に乗り込む。
二人が腰を下ろしたところで、レナードは小さく笑った。

「それにしても、今日のハロルドは、なんだか楽しそうでしたね。
あんなに生き生きしてるのを見るのは、初めてかもしれません」
「生き生き……そうですか?
私には、いつも通り意地悪なだけにしか見えませんでしたけど」
「あいつが心置きなく意地悪ができるのも、あなたがいるからですよ。
許してあげてください」
「そんな……」

ナディアは悲鳴を上げた。

「そんなに私が気に入らないなら、婚約は破棄すれば良いんですよ。
私はずっと、そう言ってるのに!」
「いや、ナディア様のこと、かなり気に入ってると思いますよ?
さっきだって……」

と、何を思い出したのか、クスクス笑っている。
しかし、そうは言われても、ナディアにはとても、ハロルドが自分のことを気に入っているなどとは思えなかった。

少しでも気に入ってくれているのならば、少なくとももう少し優しくしてくれるに違いない。

帰り際に片目をつぶって見せたハロルドを思い出すと、ムカムカしてきて。
ナディアは悔しさにスカートを握りしめた。

「まったく、馬鹿にしてますよ!
他の人が見ている前では良い人ぶってるのに、二人きりになると、いつだって冷たいんですから!
婚約者っていうんなら、もう少しくらい優しくしてくれたっていいのに」

そう言うと、レナードがニヤニヤ笑いながら答えた。

「優しくしてほしいんですか?」
「そ、それは……まあ……優しくしてほしいです、よ」

不意に、初めてハロルドに見つめられた時のことを思い出した。
またあんなふうに、青い瞳を細めて、優しく微笑まれれば、好きになってしまうかもしれない。

そう考えて、ハッとしたナディアは、ブンブンと首を横に振った。


いやいや!
あんな奴を好きになってたまるか!!


「まあ、意地悪できるほど本音を見せられる相手だってことですよ。
許してあげてください」
「はあ……」

ふう、と息をつくナディアの横で、レナードはなんだか楽し気だ。

「僕は、きみたちはお似合いだと思いますけどね」

その言葉には、言い返したいことが山ほどあったけれど。
もうすっかり疲れてしまっていたナディアは、

「はあ……」

と力なく言っただけだった。
そしてぐったりと座席に沈み込んだのだった。

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