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第一章:アナザーニューワールド
56 光の柱
しおりを挟むマリリンの祈りが届いたのか、それとも回復魔法の威力が強くなったためか……いずれにしてもとても意識を戻せるはずがない祖父だったが、その目がゆっくりと開き、そしてマリリンに気付いた。
「おぉ……マリリン。無事でよかった……。任せろって言っていたのにこの様じゃ。すまない。」
「おじい様! 気が付いたのね! 今ヒヨリンを呼んで助けてあげるから! ヒヨリンの魔法ならこのくらいの傷どうってことないわ!!」
「そうか……ヒヨリンも無事か。それは本当によかった……。じゃが、ワシはもう無理じゃ、自分の事は自分が一番よくわかる。最後にマリリンに会えただけで幸せじゃ、もうすぐ先に逝ったヒミコが迎えにくるじゃろうて……。」
「やめて! そんな事言わないで! 絶対助けるから諦めないで! シン! ごめんなさい、すぐにヒヨリンを起こしに行ってきて!」
マリリンは必死に叫ぶ。
「すまない、だがもう遅いのじゃ。頼むから最後まで聞いてくれ。そこにいる者も聞いてほしい……。マリリンがつれ攫われた後、違う鬼族達に見つかってしもうた……。奴らは巫女がいないのを知ると、年寄りは全て殺し、若い者達は全員連れ去ってしまったのじゃ……。ワシも村長として必死に抵抗したが、この様じゃ……本当にすまない……。」
最後の命の灯を燃やして、必死に伝える村長。しかし、マリリンにとってはそんな事はどうでもよかった。とにかく、今は自分の育ての親である村長を助ける事しか頭には無い。
「いいから! もう話さないで! 今助けるから! 何してるのシン! 早くヒヨリンを呼んできて! 早く! お願いよ! 早く行ってってば!」
マリリンの泣き叫ぶ声で俺も平静を取り戻す。あまりの悲惨な状況に俺は脳内がフリーズしていたのだ。そして俺は、マリリンに言われた通りヒヨリンを呼びに行こうと走ろうとするが、何かに躓いて転んでしまった。
見ると、長老が最後の力を振り絞って長刀を握り、俺の足に引っ掛けたのだ。
しかし、それに気づかないマリリンは激昂する。
「何してるのよ! 急いでって言ってるでしょ!」
マリリンはかなりヒステリックになっている。
誰かに当たらなければ精神を保つことができなかったのだ。
「すまない、そこの若い者よ。初めてあった者にこんな事を頼める義理もないが、マリリンとヒヨリンをどうかよろしく頼む……幸せにしてほ……じゃ……。代わりに……この長刀を持って行くんじゃ。きっと役にたつ……じゃろう……。」
「わかった、必ずその願いは俺が叶えてみせる。だから安心してくれ! すぐにヒヨリンを呼んでくるから耐えてくれ!」
俺はその言葉を聞くと、一言だけ残して駆け出す。
そして長老は、穏やかな笑みを浮かべ、マリリンを見た。
「マリリン……泣くんじゃない、美人がだいなしじゃ……マリリンにお願いが……があるんじゃ……ワシを山のふもとに立てたヒミコが眠る墓に入れて……ほしいんじゃ……ゴハ!」
長老の命はもうわずかだった故に、激しく吐血しながらも、言葉を続ける。
「わかったわ……わかったから……もうしゃべらないで……。」
「ワシも……ヒミコも……マリリンと……ヒヨリンのおかげで幸せじゃ……った……しあわ……せに……なるん……じゃぞ……。」
最後にその言葉を残すと……長老は静かに息を引き取った。
そんな事を知らない俺は、猛ダッシュでヒヨリンのところに行くと直ぐに抱きかかえて戻る。
ヒヨリンも俺に抱きかかえられた振動で意識が戻ったみたいだーーーが、既に手遅れだった。
なんとか長老の下に辿り着いた俺だが、既に長老の息は無い。
すると天から光の柱が現れ長老を包み込む。そして、その光の柱の上から俺が見た事のない老婆が笑顔で舞い降り、透明になった長老の手をとって空へ連れていく。
「どういう……事なんだ? あの光は? 俺は……俺は間に合わなかったのか!?」
俺の叫びをよそに、光の中の二人はとても幸せそうな顔していた。
そして二人は笑顔をマリリンとヒヨリンに向ける。
「じいじ……ばぁば……。」
それに気付いたヒヨリンは涙を流しながら呟いた。
「おばぁさま……おじいさま……おばあぁさまぁぁ! おじいさまぁぁ!」
マリリンの叫び声に返事はなく、その声はその場に空しく響き渡る。
そして二人は、静かに空へ消えていくのだった……。
「なんで! どうして! どうしてのなの! わたしが……私にもっと力があったら……。もうやだ! 誰か助けてよ! 一人にしないで! やだ……こんなのやだよ……いやああぁぁぁぁ!」
残されたマリリンはそのまま膝をつき、魂のなくなった長老の前で少女のように泣きわめく。
俺は言葉を無くした。
そして涙が止まらない。
「俺が……もっと早く来ていたら! 昨日のうちに向かっていたら……俺が……俺のせいだ! くそ……なんで気付かなかった! なぜこの可能性を考えなかった! ゆるさねぇぞ鬼族! こんなの人がする所業じゃねぇ! 絶対に許さねぇ、だがもっと許せねぇのは俺だ!」
ドガッ!!
思いっきり自分の頬をグーでぶん殴る俺!
行き場のない怒りをぶつけるには……自分しかいなかった。
ドガッ! ドガドガッ!
何度も……何度も無力な自分を責め、そして自分を殴り続ける。
すると、顔面が自分の血で真っ赤に染まっていった。
「もうやめて……あなたは悪くない。生命の源に宿る母なる水の精霊よ、かの者の傷を癒し救い給え、ウォーターヒーリング!」
振り返ると俺の顔を両手で掴むヒヨリンが立っている。
「ヒヨ……リン。すまない……助けられなかった。」
ヒヨリンに目を合わす事の出来ない俺は、下を向いて謝罪した。
「いいの、辛いけど私は大丈夫。だってマリリンがいるもの……。」
気丈なセリフとは裏腹に、ヒヨリンの目には涙が溢れている。
そしてヒヨリンは、泣き崩れているマリリンの傍に寄り添った。
「おねぇちゃん、じぃじとばぁば、幸せそうな顔してたね……。だからもう泣かないで。私がいるから……ね? じいじとばぁばに二人で花嫁姿見せてあげよ? だから……おねがい……もう一人にはしないで……。」
「ヒヨ……り……ん……。あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ヒヨリンは泣きながらマリリンを抱きしめると、しばらくの間泣きながら抱きあう。
そして、その場には悲しみの声だけが響き渡るのだった。
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