上 下
58 / 65
八性 終わりの始まり

57

しおりを挟む
「き、綺麗!」
「でしょ!」

 そこはこの街を一望できる絶景スポット。
 私の通う学校、有名な赤色のタワー、最近できたムサシタワーもしっかり見える。
 他にも富士山も薄っすらだが、紅色に染まる空によって黒いシルエットが私の目に映った。

「ヘリってどこに止まるの?」
「ここにHってあるだろ?」
「う、うん」
「ここを目印にして着陸するんだ」
「え、近くないかな? 大丈夫?」
「大丈夫だって! ヘリのマークにはRとHがあって、Rは着陸できないマークで、Hは着陸ができるマークだから心配することないよ」

 大志君って意外と賢いんだな。って、失礼か。
 けど、私達の関係ってセフレ、いや、ワンナイトみたいなものだし。
 第一印象がそれぐらいなのは仕方ないだろう。
 それよりヘリとか初めて乗るよ。墜落とかしないのかな?
 テレビのニュースとかで時々、民家にヘリが墜落しましたみたいなんやってるし……。
 正直、ワクワク二割、怖さ八割ぐらい。だから、心臓はバクバクだ。

「ひ、一つ質問していい?」
「ん? 何かな?」
「えっと、ヘリより歩く方が逃げるには良い気がするんだけど……」

 みんなもそう思うでしょ?
 誰が考えても分かることだし、この状況の一番の謎だよね。

「いや、それは危険すぎる!」
「な、何で? ヘリの方が墜落の可能性があると思うけど」
「だって、今から……」

 大志君の顔から笑顔が消える。
 本当に危険なことがあるのだろうか?

「今から?」
「このホテルを……燃やすんだから」
「……」

 二人の間に強い風が吹き、時が止まる。
 私はしっかりその言葉を聞いていたが、大志君が何を言っているのか分からなかった。
 燃やすとは何なのかが分からなかったのではなく、何故そのようなことをするのかが理解できなかったのだ。

「どういう……こと?」
「そのままの意味だよ。このホテルを燃やし、灰にする」
「大志君の家が経営するホテルだよね? おかしくない? 意味分かってる?」
「もちろん、そこまで俺もバカじゃない」
「じゃあ、何で?」

 私から目を逸らしながら、嫌な表情をして口を開いた。

「それはカスミを傷付けたあいつらを殺すため」
「……」

 そこまでしなくても……という言葉が喉まで来ていたが何故か音にならなかった。
 おそらく、私は『殺す』という言葉に戸惑ったのだろう。
 いや、それだけじゃない。
 毎日のように世界では多くの人が殺されている。だが、その瞬間に立ち会う人など殺人犯以外にはいない。
 けど、私は今この瞬間、それに立ち会おうとしている。まるで、私が犯罪者みたい。
 そう、思ったのだ。

「そんな顔してどうした?」
「お願いがあるの……」
「ん?」
「あの二人が私を傷付けたことは事実。けど、その罪が死というのは流石に重すぎると思うの。だから、命だけは奪わないでほしい」

 私は初めて人のために頭を下げた。
 それも私に危害を加えた男達のために。
 でも、そんな男達の命だとしても、私の頭を下げる行為より重いと思ったからそうした。

「カスミはどこまでも優しい女の子だ。もう頭を上げて」

 顔を上げると大志君は笑っていた。
 その笑顔には殺意などもう感じられない。純粋でどこまでも続く太陽の光のような輝いた笑みだった。

「あ、ありがとう」
「俺は何も。それよりそろそろヘリが来るんじゃないかな? この双眼鏡で富士山方面を見てみてよ!」
「うん。すぐ分かるかな?」
「ヘリだから分かるよ。見つけたら言ってね!」
「うん、分かった」

 そんな会話をしてから十分が経つが、双眼鏡のレンズにはヘリらしきものは映らない。
 見えるものと言ったら、夕日と富士山の美しい景色と電線を飛び交うカラスの姿だけ。
 時折、強い風が吹くが特に景色は変わらない。
 ただ、髪を揺らし、シャツの隙間から乳首を刺激し、濡れたパンツを冷やす。
 大志君はというと、特に喋りかけることもなく、喋りかけられることなく、沈黙が続いている。
 男子と二人きりの時は大体の男子が自分から話しかけて来るから、こういう場合はどうすればいいか分からない。
 黙っているべきなのか、軽く世間話をするべきなのか。
 ヘリが早く来たらいいのに。

「――準備はできたか? ああ、分かった。こちらも今からだ。じゃあ……」

 電話だろうか?
 沈黙した屋上に大志君の声が微かに聞こえる。
 内容は聞こえなかったが、電話をしていたということはそろそろ来る頃なのだろう。

「ねぇ、かすみ」
「ん? ヘリはまだみたいだよ」
「……ヘリならこっちから来たみたいだよ。ほら、アレ!」
「ほ、本当に!」

 その言葉にテンションが上がった私は勢いよく振り返る。

「……嘘」
「え? それは何の真似……」
「おいおい、笑わすなよ。見れば分かるだろ?」
「……わか、分からない」
「だーかーら! お前を……殺すんだよ」

 大志君は右手でナイフを握り、こっちへ向かって来る。
 私にチンコを刺したからって、次はナイフを刺すのは流石に洒落にならない。

「ちょ、待って! ヘリで逃げるんじゃ――」
「ああ、それは俺だけだ! お前はあいつらと一緒に炎の中で死ぬんだよ。あ、違うか!今から俺が殺してあげるのか!」
「意味が……分からないんだけど。どうしてそんなこと……」
「まだ、まだとぼけるかぁ! 死んで償え! お前の罪を!」

 ナイフを向けられた私の足は動かない。
 それに頭の中は真っ白で、目の前の状況が全く分からない。
 とぼける? 死んで償え? 罪?
 私が大志君に何をしたっていうの?
 記憶を遡っても大志君との記憶は今日とヤった日だけ。
 そんなことを考えているうちに大志君は三メートル、二メートル、一メートルと距離を詰めて来る。
 ……怖い、怖い、怖い。
 ストーカー、痴漢、レイプ。性的な暴行なんか比べものにならない怖さだ。

「これで、これで……全て終わりだぁ! 死ねぇぇぇぇ!」

 肩を掴まれ、ナイフを振りかぶる。
 死ぬ、死ぬんだ私……。
 覚悟を決めて瞼を下ろした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...