生死のサカイ

柴王

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31、茜色に輝く記憶

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 とにかく、温かかったのを覚えてる。わたしが朝起きると、たいていお父さんもお母さんもすでに起きていて、朝ご飯のいい匂いがわたしの鼻をくすぐる。

 わたしの目に飛び込んでくるのはスーツ姿のお父さんと、朝ご飯を用意するお母さん。

「おはよう!」

 わたしは二人にあいさつをし、顔を洗ってから三人で朝ご飯を食べる。

「いってらっしゃい!」

 ご飯を食べ終わった後、わたしはお母さんといっしょに出勤するお父さんを玄関で見送る。これが朝のルーティーン。

「いってきます!」

 そしてわたしは幼稚園の迎えのバスに乗り込むときにお母さんにあいさつする。幼稚園では、外で活発に遊ぶよりは、部屋でお絵かきをする方が好きだった。

「ただいま!」

 幼稚園から帰った後は、お母さんが夕飯の準備をするのを横で見る。

「おかえり!」

 お父さんが帰ってくる頃にはテーブルには夕飯が並んでいて、朝と同じように三人で笑い合いながらご飯を食べる。ご飯の後は、三人で遊ぶことも多かった。

「おやすみ!」

 と言ってからも、わたしはお母さんに絵本の読み聞かせをおねだりする。でも、いつの間にかうとうとして、たいてい物語が終わるころにはぐっすり眠ってしまう。

 休日には遠出することもあった。見る場所見る場所新鮮で、ただひたすら楽しかったことを覚えてる。

 お父さんとお母さんの笑顔につられて、わたしも笑顔になる。そうして三つの笑顔が並ぶと、心があったかくなる。

 これが、わたしの両親との、短く温かい記憶。わたしの今までの人生で、ひときわ輝く儚い記憶。…………わたしが6歳の時に両親が事故で亡くなる前の、幸せな、記憶。

 ***

「……ネ! アカネ!」

 声が、聞こえる。わたしは現実に引き戻される。

「んん……」

 わたしが目を覚ますと、そこにはわたしの顔を心配そうに覗き込むアオイの姿があった。

「アオイ……」
「良かった……目を覚ました」
「ここは……?」

 わたしは首を動かさないで目だけで周囲を見回す。

「公園のベンチだ。倒れたキミをボクがここまで支えてきたんだ。時間は、キミが気を失って倒れてから10分弱経っている」
「そっか……。ありがとうアオイ。心配かけてごめんね」

 わたしは横になったまま、わたしの側に立っているアオイに笑顔を向ける。

「……! ああ、まったくだよ…………」
「ありがとね、アオイ」

 わたしは倒れる前のことを思い出そうとする。えっと、わたしたちはさっき…………。

「そうだ!お父さんとお母さんは!?」

 わたしはガバッと勢いよく起き上がる。とともに軽い頭痛がする。

「いっ……」
「急に起き上がっちゃだめだ。…………キミの父親と母親は、あの後公園から……いや、アカネから一度離れることにして去っていったよ……アカネを気遣ってね」
「そっか……。」

 まだ信じられないけど、やっぱりあれはお父さんとお母さんだったんだ。……わたしが二人に見せた反応は、やっぱり二人を悲しませちゃったのかな…………。

「アカネ、これからどうする? 彼らにこれからまた会うかい? それとも、今日のところはやめておくかい?」

 アオイは少し不安そうな表情をしながら尋ねてくる。

「ごめん……わたし、まだ気持ちの整理がつかなくて…………。いったん、家に帰って休んでもいい?」

 ***

 時刻は午後8時頃。わたしたちが公園から帰ってきてから、夕食の時間も含めて家の中は重苦しい雰囲気が漂っていた。わたしはお父さんとお母さんのことで頭が支配されている。そしてアオイは、そんなわたしにどうやら気を使っているようだった。

「あの、アオイ。これはわたしの問題だから、アオイはいつも通りでいてくれていいんだよ?」

 わたしはたまらずアオイに話しかける。

「『わたしの問題』……?」

 アオイはピクッと体を動かして小さな声でつぶやく。アオイの雰囲気が明らかにさっきと変わった。

「? アオイ?」

 アオイは勢いよく立ち上がる。

「ちがう! キミの両親が依頼人として現れたなら、その依頼を聞いて向き合うのはボクたち二人の仕事だ!」
「アオイ…………」

 わたしは、今までになく感情をあらわにしたアオイから目が離せない。

「それに、それを抜きにしても…………」

 アオイは怒りの感情を顔に出す。

「ボクはキミの友達だ! キミが困っているなら、それはボクの困りごとと同じだ、そうだろう!? …………だから、『わたしの問題』なんて、言わないでくれ…………!」

 そうして言い終わった後、アオイはこの前二人で撮ったプリクラをわたしの前に突き出す。
 わたしは、ハッとする。

「…………アオイ。そっか、そうだよね…………。わたしたちは、相棒で、友達なんだ。だからわたしは、アオイに頼っていいんだ。…………いや、頼らなくちゃいけないんだ」

 わたしはアオイがプリクラを突き出してきた手を、両手で握る。

「ありがとう、アオイ! 遠慮なく頼らせてもらうね!」

 そしてアオイは、いつもの余裕のある表情を見せる。

「ああ、ボクに任せておけ」

 わたしたちは、いつものように笑い合った。
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