大戦乱記

バッファローウォーズ

文字の大きさ
上 下
448 / 448
命の花

太陽の如きあなたがくれた、大切な大切な名前

しおりを挟む
「…………私を……殺して……」

 剣を手に返り血に塗れたあの人が、私を閉じ込める雨の檻に踏み込んだ時、全てに絶望していた私はこんな事を言ったらしい。

 私はあの人達と出会ってすぐに、理由もなく襲っていた。そう命じられたから。私の体に染み付いた呪いの実験が、人為的に魔人となった女を命令に忠実な戦闘狂となるように設定していたから。
だからそんな女を前にすれば、目の前に現れたあの人は私を殺し、終わりのない地獄の日々から私も解放されると思ったんだろう。最後に願った一縷の希望みたいなもの、だったんじゃないかとも思う。

「アホかお前は。殺す為にこんな大変な思いする筈ないだろう」

 でもあの人は、私を殺さなかった。今思えばあんたがそれを言うか!? と言い返したくなる第一声。存分に愛し合った今なら、絶対に言われたくない言葉だった。

「なんで……殺してくれないの?」

「俺の “目” に、お前が映ったからだ。助けて欲しいという聲を拾った。ここでお前を見捨てれば、俺はどの面下げて国母の許へ還れる」

「……なに? どういう……事? 私は、あなた達に酷い事……した。もうこれ以上……誰にも酷いことしたくない……! だから、お願い……私をこ――!!?」

「……アホだよお前。俺以上の大アホだ。お前には賢く生きて貰わないと困る。今ここで死なれちゃ、俺が世界一のアホになれないだろうが」

 あの人は、服の代わりにありとあらゆる実験器具を装着されていた私の身体を、優しく抱きしめてくれた。切り刻まれ、挿し込まれ、薬液と血にまみれた、冷たく醜い体を、躊躇いなく温めてくれた。

 その時になって漸く……雨や薬液以外に私の顔を濡らすものが出た。人の温もりに触れて、涙というものの真の意味を、初めて知ったんだ。



 身も心も助けられた後、漸く人並みの扱いというものをされてから、私はあの人達に名前を聞かれた。

 でも、私には期待に沿うような返事はできなかった。人体実験の被検者として、体を無茶苦茶にされて以降の記憶しかないのだ。

「名前……ない。実験前の記憶、知らないから。……あいつ等はただ、私の事を “雨女マガツヒ” って呼んでた。……呼ばれる名前……それだけ」

「マガツヒ……確か天界神話に出てくる雨神の名だな。……ふん、不快極まりない名前だ。お前には絶対似合わん」

「……ごめんなさい」

「ああ……謝るな。すまんすまん。お前を責めてる訳ではないのだ。……不快にさせてしまった様だな。これでも舐めて気を紛らわしてくれ」

「……これは?」

「これか? これはあ……いやちょっと待ってくれ。今思い出す」

 自分の好物の名前も覚えていないなんて、とんだ間抜けさんだと思った。けど後から思えば、あれは “アメ” を嫌悪する私に配慮して、“アメ” と言わないようにしてくれたんだ。

「……“キャンディ”。名前は……キャンディ。古の言葉で『幸せの果実』を意味していると……国母が言っていた」

「キャンディ。…………ぅん、おいしぃ……!」

「お気に召したようで何よりだ」


「おいしい。……これ、私好きかも。もっとちょうだい」

「……ふ、はははっ! そうか……そんなに気に入ったか。自分からもっとくれと言った相手はお前が初めてだ。……よしっ! 幾らでもあるから好きなだけ舐めなさい!!」

 そう言ってポケットから取り出した飴ちゃんの数が、余りにも異次元すぎて、私は思わず笑ってしまった。笑った顔を、あの人は拾ってくれた。

「綺麗に笑う。まるで太陽のようだ。明るく美しく、皆に元気を与えるような太陽」

「お日様…………私に、そんな風に笑う資格なんて、ない」

「資格の有無など意に介さず! 何故なら俺がお前の太陽になり、お前を心の底から笑わしてやるからだ!! そして俺もお前も笑ったなら、それは俺達の勝ちだ!!」

「……ほんとう? ……ほんとうに……私のお日様になってくれるの?」

「おぅ! 約束だ!! だからほら、キャンディ! 笑えっ!!」

「……ぅんっ! 私は……キャンディ!」

 両手に持ちきれない程の飴ちゃんを押し付けるあの人の笑顔が、何よりも太陽に思えた。何よりも太陽で、あの人の想いやりこそ私の名前だ。





「はふふっ……! えぇ、約束よ。私は笑っているから……ね」

 そして、私は小さく笑みを浮かべながら往く。無理にでも笑えば私の勝ちだから。

 永久に光射す “約束の地” へあの人を納め、子供達を影から見守りつつ、全ての元凶にケジメをつけるべく、私は往く。

「それにしても晴れすぎよ。飴ちゃん溶けたらあなたのせいだからね」

 今日もあの人は、私の頭上で高笑いしているんだろうな。
中央から離れた大地に踏み立った私は、その光景を想像して再び笑みが溢れた。

「はふふっ! さて! 母は強しって事を存分に堪能させて、終いには伝説の一つや百でも作ってもらいましょうか!!」

 胸にしまってある飴玉を取り出し、個包装を破いて一粒舐めるや、キャンディは一筋の光となって勇ましく飛び出した。
息子兄弟に負けじと、ナイトの想いやりを継いだ彼女は、行く先々で新たな伝説を作っていくのだった。


















 これで、本当に終わりです。打ち切りエンドに思える方もいるでしょうが、これは最初から考えていた通りの終わり方なので、私本人としては満足しています。まさか義兄弟の契りを結ぶまでに、三年以上かかるとは思いませんでしたが……。
それでも一区切りを打てる形で完結できて良かったです。

 最後までお付き合いくださった読者の皆様、小説初心者である私の作品に、貴重な時間を割いてくれて本当にありがとうございます。

 「大戦乱記」の続編も書けたら書くつもりですが、次は違う舞台での群雄伝を描こうと思っています。
また気が向いたら、そっちの作品にも目を通してもらえたら嬉しいです。

 それでは、「大戦乱記」の幕締めとさせていただきます。
                                Special Thanks!!
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

スパークノークス
ネタバレ含む
バッファローウォーズ
2021.09.29 バッファローウォーズ

感想ありがとうございます。
これからの励みになります。

解除

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。