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命の花
太陽の如きあなたがくれた、大切な大切な名前
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「…………私を……殺して……」
剣を手に返り血に塗れたあの人が、私を閉じ込める雨の檻に踏み込んだ時、全てに絶望していた私はこんな事を言ったらしい。
私はあの人達と出会ってすぐに、理由もなく襲っていた。そう命じられたから。私の体に染み付いた呪いの実験が、人為的に魔人となった女を命令に忠実な戦闘狂となるように設定していたから。
だからそんな女を前にすれば、目の前に現れたあの人は私を殺し、終わりのない地獄の日々から私も解放されると思ったんだろう。最後に願った一縷の希望みたいなもの、だったんじゃないかとも思う。
「アホかお前は。殺す為にこんな大変な思いする筈ないだろう」
でもあの人は、私を殺さなかった。今思えばあんたがそれを言うか!? と言い返したくなる第一声。存分に愛し合った今なら、絶対に言われたくない言葉だった。
「なんで……殺してくれないの?」
「俺の “目” に、お前が映ったからだ。助けて欲しいという聲を拾った。ここでお前を見捨てれば、俺はどの面下げて国母の許へ還れる」
「……なに? どういう……事? 私は、あなた達に酷い事……した。もうこれ以上……誰にも酷いことしたくない……! だから、お願い……私をこ――!!?」
「……アホだよお前。俺以上の大アホだ。お前には賢く生きて貰わないと困る。今ここで死なれちゃ、俺が世界一のアホになれないだろうが」
あの人は、服の代わりにありとあらゆる実験器具を装着されていた私の身体を、優しく抱きしめてくれた。切り刻まれ、挿し込まれ、薬液と血にまみれた、冷たく醜い体を、躊躇いなく温めてくれた。
その時になって漸く……雨や薬液以外に私の顔を濡らすものが出た。人の温もりに触れて、涙というものの真の意味を、初めて知ったんだ。
身も心も助けられた後、漸く人並みの扱いというものをされてから、私はあの人達に名前を聞かれた。
でも、私には期待に沿うような返事はできなかった。人体実験の被検者として、体を無茶苦茶にされて以降の記憶しかないのだ。
「名前……ない。実験前の記憶、知らないから。……あいつ等はただ、私の事を “雨女” って呼んでた。……呼ばれる名前……それだけ」
「マガツヒ……確か天界神話に出てくる雨神の名だな。……ふん、不快極まりない名前だ。お前には絶対似合わん」
「……ごめんなさい」
「ああ……謝るな。すまんすまん。お前を責めてる訳ではないのだ。……不快にさせてしまった様だな。これでも舐めて気を紛らわしてくれ」
「……これは?」
「これか? これはあ……いやちょっと待ってくれ。今思い出す」
自分の好物の名前も覚えていないなんて、とんだ間抜けさんだと思った。けど後から思えば、あれは “雨” を嫌悪する私に配慮して、“飴” と言わないようにしてくれたんだ。
「……“キャンディ”。名前は……キャンディ。古の言葉で『幸せの果実』を意味していると……国母が言っていた」
「キャンディ。…………ぅん、おいしぃ……!」
「お気に召したようで何よりだ」
「おいしい。……これ、私好きかも。もっとちょうだい」
「……ふ、はははっ! そうか……そんなに気に入ったか。自分からもっとくれと言った相手はお前が初めてだ。……よしっ! 幾らでもあるから好きなだけ舐めなさい!!」
そう言ってポケットから取り出した飴ちゃんの数が、余りにも異次元すぎて、私は思わず笑ってしまった。笑った顔を、あの人は拾ってくれた。
「綺麗に笑う。まるで太陽のようだ。明るく美しく、皆に元気を与えるような太陽」
「お日様…………私に、そんな風に笑う資格なんて、ない」
「資格の有無など意に介さず! 何故なら俺がお前の太陽になり、お前を心の底から笑わしてやるからだ!! そして俺もお前も笑ったなら、それは俺達の勝ちだ!!」
「……ほんとう? ……ほんとうに……私のお日様になってくれるの?」
「おぅ! 約束だ!! だからほら、キャンディ! 笑えっ!!」
「……ぅんっ! 私は……キャンディ!」
両手に持ちきれない程の飴ちゃんを押し付けるあの人の笑顔が、何よりも太陽に思えた。何よりも太陽で、あの人の想いやりこそ私の名前だ。
「はふふっ……! えぇ、約束よ。私は笑っているから……ね」
そして、私は小さく笑みを浮かべながら往く。無理にでも笑えば私の勝ちだから。
永久に光射す “約束の地” へあの人を納め、子供達を影から見守りつつ、全ての元凶にケジメをつけるべく、私は往く。
「それにしても晴れすぎよ。飴ちゃん溶けたらあなたのせいだからね」
今日もあの人は、私の頭上で高笑いしているんだろうな。
中央から離れた大地に踏み立った私は、その光景を想像して再び笑みが溢れた。
「はふふっ! さて! 母は強しって事を存分に堪能させて、終いには伝説の一つや百でも作ってもらいましょうか!!」
胸にしまってある飴玉を取り出し、個包装を破いて一粒舐めるや、キャンディは一筋の光となって勇ましく飛び出した。
息子兄弟に負けじと、ナイトの想いやりを継いだ彼女は、行く先々で新たな伝説を作っていくのだった。
これで、本当に終わりです。打ち切りエンドに思える方もいるでしょうが、これは最初から考えていた通りの終わり方なので、私本人としては満足しています。まさか義兄弟の契りを結ぶまでに、三年以上かかるとは思いませんでしたが……。
それでも一区切りを打てる形で完結できて良かったです。
最後までお付き合いくださった読者の皆様、小説初心者である私の作品に、貴重な時間を割いてくれて本当にありがとうございます。
「大戦乱記」の続編も書けたら書くつもりですが、次は違う舞台での群雄伝を描こうと思っています。
また気が向いたら、そっちの作品にも目を通してもらえたら嬉しいです。
それでは、「大戦乱記」の幕締めとさせていただきます。
Special Thanks!!
剣を手に返り血に塗れたあの人が、私を閉じ込める雨の檻に踏み込んだ時、全てに絶望していた私はこんな事を言ったらしい。
私はあの人達と出会ってすぐに、理由もなく襲っていた。そう命じられたから。私の体に染み付いた呪いの実験が、人為的に魔人となった女を命令に忠実な戦闘狂となるように設定していたから。
だからそんな女を前にすれば、目の前に現れたあの人は私を殺し、終わりのない地獄の日々から私も解放されると思ったんだろう。最後に願った一縷の希望みたいなもの、だったんじゃないかとも思う。
「アホかお前は。殺す為にこんな大変な思いする筈ないだろう」
でもあの人は、私を殺さなかった。今思えばあんたがそれを言うか!? と言い返したくなる第一声。存分に愛し合った今なら、絶対に言われたくない言葉だった。
「なんで……殺してくれないの?」
「俺の “目” に、お前が映ったからだ。助けて欲しいという聲を拾った。ここでお前を見捨てれば、俺はどの面下げて国母の許へ還れる」
「……なに? どういう……事? 私は、あなた達に酷い事……した。もうこれ以上……誰にも酷いことしたくない……! だから、お願い……私をこ――!!?」
「……アホだよお前。俺以上の大アホだ。お前には賢く生きて貰わないと困る。今ここで死なれちゃ、俺が世界一のアホになれないだろうが」
あの人は、服の代わりにありとあらゆる実験器具を装着されていた私の身体を、優しく抱きしめてくれた。切り刻まれ、挿し込まれ、薬液と血にまみれた、冷たく醜い体を、躊躇いなく温めてくれた。
その時になって漸く……雨や薬液以外に私の顔を濡らすものが出た。人の温もりに触れて、涙というものの真の意味を、初めて知ったんだ。
身も心も助けられた後、漸く人並みの扱いというものをされてから、私はあの人達に名前を聞かれた。
でも、私には期待に沿うような返事はできなかった。人体実験の被検者として、体を無茶苦茶にされて以降の記憶しかないのだ。
「名前……ない。実験前の記憶、知らないから。……あいつ等はただ、私の事を “雨女” って呼んでた。……呼ばれる名前……それだけ」
「マガツヒ……確か天界神話に出てくる雨神の名だな。……ふん、不快極まりない名前だ。お前には絶対似合わん」
「……ごめんなさい」
「ああ……謝るな。すまんすまん。お前を責めてる訳ではないのだ。……不快にさせてしまった様だな。これでも舐めて気を紛らわしてくれ」
「……これは?」
「これか? これはあ……いやちょっと待ってくれ。今思い出す」
自分の好物の名前も覚えていないなんて、とんだ間抜けさんだと思った。けど後から思えば、あれは “雨” を嫌悪する私に配慮して、“飴” と言わないようにしてくれたんだ。
「……“キャンディ”。名前は……キャンディ。古の言葉で『幸せの果実』を意味していると……国母が言っていた」
「キャンディ。…………ぅん、おいしぃ……!」
「お気に召したようで何よりだ」
「おいしい。……これ、私好きかも。もっとちょうだい」
「……ふ、はははっ! そうか……そんなに気に入ったか。自分からもっとくれと言った相手はお前が初めてだ。……よしっ! 幾らでもあるから好きなだけ舐めなさい!!」
そう言ってポケットから取り出した飴ちゃんの数が、余りにも異次元すぎて、私は思わず笑ってしまった。笑った顔を、あの人は拾ってくれた。
「綺麗に笑う。まるで太陽のようだ。明るく美しく、皆に元気を与えるような太陽」
「お日様…………私に、そんな風に笑う資格なんて、ない」
「資格の有無など意に介さず! 何故なら俺がお前の太陽になり、お前を心の底から笑わしてやるからだ!! そして俺もお前も笑ったなら、それは俺達の勝ちだ!!」
「……ほんとう? ……ほんとうに……私のお日様になってくれるの?」
「おぅ! 約束だ!! だからほら、キャンディ! 笑えっ!!」
「……ぅんっ! 私は……キャンディ!」
両手に持ちきれない程の飴ちゃんを押し付けるあの人の笑顔が、何よりも太陽に思えた。何よりも太陽で、あの人の想いやりこそ私の名前だ。
「はふふっ……! えぇ、約束よ。私は笑っているから……ね」
そして、私は小さく笑みを浮かべながら往く。無理にでも笑えば私の勝ちだから。
永久に光射す “約束の地” へあの人を納め、子供達を影から見守りつつ、全ての元凶にケジメをつけるべく、私は往く。
「それにしても晴れすぎよ。飴ちゃん溶けたらあなたのせいだからね」
今日もあの人は、私の頭上で高笑いしているんだろうな。
中央から離れた大地に踏み立った私は、その光景を想像して再び笑みが溢れた。
「はふふっ! さて! 母は強しって事を存分に堪能させて、終いには伝説の一つや百でも作ってもらいましょうか!!」
胸にしまってある飴玉を取り出し、個包装を破いて一粒舐めるや、キャンディは一筋の光となって勇ましく飛び出した。
息子兄弟に負けじと、ナイトの想いやりを継いだ彼女は、行く先々で新たな伝説を作っていくのだった。
これで、本当に終わりです。打ち切りエンドに思える方もいるでしょうが、これは最初から考えていた通りの終わり方なので、私本人としては満足しています。まさか義兄弟の契りを結ぶまでに、三年以上かかるとは思いませんでしたが……。
それでも一区切りを打てる形で完結できて良かったです。
最後までお付き合いくださった読者の皆様、小説初心者である私の作品に、貴重な時間を割いてくれて本当にありがとうございます。
「大戦乱記」の続編も書けたら書くつもりですが、次は違う舞台での群雄伝を描こうと思っています。
また気が向いたら、そっちの作品にも目を通してもらえたら嬉しいです。
それでは、「大戦乱記」の幕締めとさせていただきます。
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