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命の花
招いて斬る。死神包囲陣
しおりを挟む覇梁とナイトが正々堂々の対峙を果たした頃。剣合国軍右翼に当たる輝士隊の持ち場でも、異様な形で対峙する者がいた。
「……止まれ。そこまでだ」
本陣に構えるナイツが不意に呟いた。
眼下に広がる戦場へ向けてではなく、本陣の入口を固める兵士達の背中に向けて。
当然、ナイツの視線先に居る兵士達は、何事かと周囲を見渡す。本陣待機の中級将校らも、若き上官の視線先を注視した。
「……んっ!? な、何者だ貴様! 一体いつの間に入ってきた!?」
そこで漸く気付いた、もとい認識した。入口を守護する兵士達を通り過ぎた所、既に本陣内部へ入った所に、得物の大剣を携えた貴幽が佇んでいる事に。
「雨、未だ降らず……だな。天はお前に味方しなかった様だけど、当然と言えば当然か。雨が降らなければ気配も隠せられない愚か者なんかに、誰が微笑むもんか」
曇天を一瞥したナイツは、動揺する将兵とは裏腹に貴幽を嘲笑った。
淡咲やキャンディからその性質を知り、メイセイから強さの異常性を聞き、実際に刃を交えた経験から実力が本物だと分かっている上で、彼は不様だと嗤う。
「お前は芸のない奴だ、貴幽。自分の力を過信し過ぎるから、こうなるんだ」
言うや否や、ナイツは左手を挙げた。
それと同時、本陣の至る箇所から一斉に飛刀が投げられ、貴幽に集中攻撃を浴びせる。
ナイツが応援を頼み、予め伏せておいた飛刀香神衆の精鋭達だった。
「ホアァッ!」
然し、彼等の一斉飛刀をもってしても、貴幽には傷一つつけられなかった。
左足を軸に時計回りで回転した貴幽は、右足で自分を中心とした円を描くように大地を蹴り回し、勢いよく跳ねた土の礫で飛刀を相殺したのだ。
その最中である。飛刀が投げられなかった唯一の方向……貴幽が現れる為に兵を伏せられず、今となっては彼の背後になる南側から、今度は亜土雷が斬りかかった。
全身に魔力を帯びて身体強化を施した彼は、土礫など意に介さず突進。弾かれた飛刀が地に落ちるより先に、一刀を叩き込もうとした。
「……無駄だ」
だが残念な事に、奇を狙った亜土雷の一閃も、あと一歩のところで防がれてしまう。
貴幽は即座に回した大剣と腕の隙間から亜土雷を睨み付け、端的な一言を発するだけで力量の差を知らしめた。
「無駄じゃない!!」
次は正面からナイツが斬りかかる。
貴幽は前後の挟撃を防ぐ為に跳び退こうとするが、飛刀兵がそれを許さない。
着地が予想される場所や空中に飛刀を投げる事で、先んじて退路を塞ぐ。
それに亜土雷も連携して攻め、ナイツに攻撃の隙を与える。
「キィエヨォッ!!」
「ぬっ!?」
危機的状況に陥った貴幽は瞬時に対処法を切り替えた。
跳ぼうとして上げた足を再び大地に根付かせ、大剣に魔力を込めて荒々しく振り回す。
武力にものを言わせた完全なる “剛” の一振りは、背後に密着していた亜土雷を大きく弾き飛ばし、目前まで迫ったナイツをも後退らせた。
(……惜しい。ここにメスナが居れば、今の大振りの隙を突けた筈だ)
絶好の機会を逃しつつも、貴幽の動きを冷静に分析するナイツ。
最初の立ち位置に戻った今、勢い任せに戦う事は避け、味方との連携を図る。
(思った通りだ。貴幽は単に堪え性がないだけでなく、危なくなった時は大振りを多用する。大剣という性質もあるだろうけど……それ以上にこいつは、対集団戦に相当慣れていない。だからすぐに武力で解決しようとするんだ。……メスナの得物なら、その大雑把な隙を縫って突く事ができる!)
当初の作戦では、亜土雷と共にメスナも参戦する予定だった。
そして彼女が用いる多節細剣は魔力によって伸長し、彼女本人も、一点を狙った正確な突きの技術に精通している。
それらを活かした作戦の一つが、飛刀兵の足止め攻撃に始まり、亜土雷とナイツによる挟撃で生じた隙を、メスナが中距離の間合いから狙い討ちするというもの。
これなら如何な貴幽と言えども無傷では済まない筈だった。
(途中まで上手くいっただけに、メスナが承土軍の対応に抜けた事は痛かったな……)
ナイツと亜土雷にとっても、斜め駆けを見せた承土軍が輝士隊の持ち場に乱入し、メスナが離脱を余儀なくされたのは想定外だった。
沛国の累洙陣地で貴幽と初めて戦った時(第二十章参照)に比べ、今回は全員が味方サイドの人間で構成されている。
故に連携が取りやすく、涼周とキャンディに危機が迫っている訳でも無いので、全体の戦況が敵側に傾かない限りは討伐に専念できた。
だからこそ、メスナは戦力的に重要な存在だったのだ。
「……それでも、こいつはここで討ち取る。承土軍を無視する訳にもいかないしな。
――さぁ、次はないぞ貴幽。お前は武人として恥ずべき戦い方しかできないまま、ここで一人寂しく死ぬんだ」
「…………乱世の死神を何処に隠した」
「言うとでも思うのか? そもそも涼周にとっての死神こそが、乱世の死神だろ」
切っ先を向けたナイツの主張に対し、貴幽は興味無さげに問い返す。
ナイツもナイツで、貴幽を皮肉って返した。
「漆黒の魔剣士……やはり貴様は討って捨てねばならんようだ。貴様の頭にある死神の基準が、全て間違っている」
「あぁ、そうだろうな。お前が間違っているんだから、正しい筈がない」
「ナイツ様。痴れ者の遺言に逐一返す必要はありませぬ。
――貴幽とやら、覇攻軍に与するほど愚者極まりない貴様に言える事はただ一つ。童殿を殺すと言う貴様を、私が先に殺すまで」
大隊から離れて行動する亜土雷は、敵将の早期討ち取りを望んで睨みを強めた。
貴幽は前後を挟まれ、周囲を囲まれた状態でありながら、尚も堂々と君臨する。
「邪魔立てする者は余さず屠る。それが天より与えられし、我が使命也!!」
「涼周に会いたかったら俺を殺して、その屍に許可を得てから進むんだな!! たが、そう簡単に討たれるような存在じゃないぞ、俺達は!!」
『オオオォォオオッ!!』
ドンッ!! と大地を踏み締めた死神の気迫に対抗して、ナイツ達も気勢を上げた。
乱世の死神にとっての死神と、輝士隊本陣は交戦を開始。
亜土雷は洗練された剣技でナイツの動きに合わせ、飛刀兵達は絆の成せる絶妙なタイミングでナイツを好援護する。
彼等は着実に押し込んでいき、ナイツの剣は徐々に貴幽の首へ迫った。
亜土雷も殺意・激情を滾らせ、彼にしては珍しく、感情を露にした一撃を放つ。
「童殿を守る。それが私の剣……セヤアァッ……!!」
凄みを纏った亜土雷本気の一閃が、貴幽の構えを大きく崩し、得物を仰け反らせた。
その得物を手繰り寄せ、防御の構えをとらせないように、数本の飛刀が貴幽の肩へ向けて投げられる。それは仰け反った大剣をそのまま振れば、弾く事が可能な位置だ。
飛刀を無視すれば利き肩を負傷すると察した貴幽は、本能的に大剣を振るう。
それ即ち、僅かな間と言えども、得物を急所の防御から外しという事だった。
部分的な危険を優先し、全体的な危険を見過ごしたのだ。
ナイツは再び訪れた一瞬の好機を見逃さず、貴幽の死角へ一気に踏み込む。
(今だっ!! 喰らえぇぇ!!)
次の瞬間、ナイツの剣は貴幽を切り裂き、二つに割れた体を突破して反対側に出た。
(よし! 手応えは――)
「フゥオオォォォッ!!」
刹那。両断したと認識した貴幽とは別の貴幽が現れ、背後からナイツに斬りかかった。
「な――ぐあぁぁっ!?」
「ナイツ様っ!」
ナイツは咄嗟の判断で足に魔力を伝え、大地を蹴り飛ばす様にその場を跳び去った。
然し、貴幽の刃を完全に避ける事はできず、致命傷とまではいかないものの、背中に大きな切り傷を喰らってしまう。
(なんだ!? ……何がおきた!? 俺は確かに、すれ違いざまに切り伏せた筈だ!)
激痛に震えつつも即座に立ち上がり、剣を構え直して貴幽と対峙する。
亜土雷も一旦挟撃の形を解き、ナイツの傍に駆け寄って護衛に回った。
「…………この傷、やはり貴様は侮れぬ。姿や雰囲気・実力は大きく劣れども、貴様はあの日戦った漆黒の魔剣士に相違ない」
見れば貴幽も傷を負っている。左の脇腹に、浅くとも確かな一太刀を浴びていた。
「……ナイツ様、なぜ敵将の隙を見逃したのですか」
「えっ……“見逃した” ? ……俺が?」
「はい。懐深くに飛び込んだまでは良かったですが、その後、貴幽の動きを追わずに直進なされました。ナイツ様であれば、あの動きに追い付けたかと思うのですが」
「動きを追わず…………そうか。そういう事か……」
「どういう事でしょうか。出来れば手短に」
「認識をずらされたんだ。俺には貴幽が動かず、両断されたように見えた」
「……成る程。報告にあった腐れ愚者らしく、小賢しい真似をするものです」
事態を把握した亜土雷は更に睨みを強め、ナイツより一歩前に出た。
負傷したナイツに代わり、自分が主攻を担うつもりである。
対する貴幽も、先ずは一人を片付けた……などという楽観視は見せず、己が受けた傷からナイツの危険性を再認識。確実に始末すべく、全身に魔力を滾らせた。
「死神に備えて出し惜しんだ余力だが、使わぬ訳にはいくまい! 乱世の死神に先んじて、げに鬱陶しい貴様を屠る!
――極技・亡者海!!」
天に向けて大剣を振り上げた貴幽。
淡咲と戦った時に比べて、殺気や闘争心の込もった本気の一振りだった。
「貴様が胸に刻みし過去の敗者どもと、げに懐かしき邂逅を果たさせてやる。貴様にとって、未来の糧たらんとした者どもの怨み節だ」
貴幽を中心とした彼の周辺に、曇天色をした無数の影が音もなく立ち上ぼる。
影は瞬く間に人の形を成すと共に、一つ一つが全く別人のそれを作っていく。
見る者すべての「認識」を影から人に変え、生者と言われても差し支えない程に生々しい姿となったそれは、ナイツが殺した故人達を生み出したのだ。
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