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命の花
朱に染まれ、本陣精鋭軍
しおりを挟む「幕引きだ。ジオ・ゼアイ・ナイトよ。我が正義に則り、うぬをこの地に沈めてくれる」
遠目にナイトと目を合わせた覇梁が呟くや、彼によって振りかざされた得物に従い、覇梁本隊一万五千が突撃を開始する。
前方三面に展開したガトレイおよび承土軍の後続として、剣合国軍本陣に波状攻撃を仕掛けんとしたのだ。
「……ファーリム。左半分の兵を連れてバスナの加勢に向かえ。ここは俺が受け持つ」
覇攻軍本隊が出現した事で、剣合国軍の本陣が総攻撃の危険に曝される中、ナイトはそれ以上の危機がバスナを襲っていると判断した。
何せ今のバスナでは、正面のヴェム族軍は容易く流せても、本気の唆釈は防げない。
ファーリムかナイトのどちらかが中央を離れて対処する必要があり、ナイトはバスナとの付き合いが一番長く、連携の取りやすいファーリムが適任だと思った。
「……一度暴れだせば、サシでの勝負にならざるを得ない唆釈の方が安全だろう。寧ろ大将こそ、バスナの加勢に向かわれるべきだ。何かしら企んでいる覇梁とガトレイには、一万も兵を残してくれれば俺が当たる」
「いや……覇梁の狙いは俺だ。俺がバスナの許へ向かえば、奴ももれなくついてくる。それで余計な混乱を招くぐらいなら、俺は動かん方が良い。ファーリムが行ってくれ」
「……わかった。だが、一つだけ約束だ。死ぬなよ」
ファーリムともあろう傑物が、望ましくない戦況を前に弱気になったとかではない。
ただ単にナイトの顔色から、良からぬものを感じ取ったのだ。
「ふっははは! 帰って奥を抱きまくるつもりだ! 楽園を前に死ぬわけにはいかんさ!!」
だが、一拍置いて答えたナイトは普段のナイトであった。
ファーリムはやれ杞憂かと微笑を浮かべ、背を向けるやバスナの持ち場へ急行する。
「ふっ……やっぱり、あんたは最高の大将だ。では、また後でな!!」
「あぁ、またな。…………死ぬつもりはないさ。それが天命であってもな」
ナイトの返事は、ファーリムが部下達に指示を出すための大声を出してからだった。
「さて……来いよ覇梁。お前が何者で、なぜ執拗に俺を狙うのか……薄っすらとだが、わかってきた。後はお前の存在理由を知らせに来い。俺は逃げも隠れもせん」
陣頭に立って堂々と構えるナイトの背後から、彼の直属部隊が戦列に上がってくる。
対する覇梁本隊も、変わらぬ威風を纏いながら全力で距離を詰める。
二大勢力の大将同士が、今度は自慢の兵団を伴って対峙したのだ。
「っ放てェェーー!!」
その場に留まったファーリム隊右半分を指揮する副将・遼遠の号令の下、配置に着いたばかりのナイト直属兵を含めた一斉射撃が行われる。
第一波として覇梁に先んじていたガトレイ隊の前衛は、あと一歩で防柵に接触できそうだったところを、硝煙撒き散らす弾幕によって返り討ちにされた。
「勇者達よ、怯むな!! 突っ込めぇい!!」
「槍持てェェーー!!」
前衛の味方を盾に尚も猛進するガトレイ兵に対し、ナイト直属兵の布陣完了を待っていた事で迎撃に遅れた遼遠は、一斉射撃を一回きりで終わらせるや、即座に銃を捨てさせて槍に持ち替えさせた。
忽ち白兵戦が展開され、防柵の隙間から両軍の槍が突き出される。
一瞬だけ鈍い白光をちらつかせた槍の刃先は、次の瞬間には至るところで鮮血を帯びたものへと変わり、同時に大勢の兵士が絶命の声をあげた。
そこからは将軍の号令など意味を成さない程の武力衝突と相成り、互いの全力を用いた集団的死闘が繰り広げられる。
柵を破壊せんとする者と、阻止すべく得物を振るう者。乗り越えようとする者がいれば、後方の櫓上から射撃して撃ち殺す者がいる。
漆黒の鎧に身を包むサキヤカナイの黒と、白銀の鎧に身を包む剣合国軍の白。
黒と白が激しく交わり、最前線に位置する柵を巡って命を散らし、等しく朱に染まる。
この柵を突破するか死守するかで、本陣前の攻防は決着がつくと言っても過言ではない故に、戦いは殊更激しさを増すのだった。
「強弓兵を前に出せ!! 前衛の味方を援護せよ! 覇梁殿が加わる前に、なんとしても一点を抉じ開けるのだ!!」
「弓兵ッ! 構えるなり射ちまくれェ!! 狙いは敵の後方だ!! 櫓の銃兵も増やせ! 柵に取り付く奴等を片っ端から撃ち殺すのだ!!」
両軍の前衛指揮官が、柵の内外から弓兵による援護射撃を始める。
弧を描いて敵の頭上に降り注ぐ矢の雨は、高低差からくる地理的要因によって剣合国軍に利があり、ガトレイ側の弓兵を激しく損傷させた。
櫓上の銃兵も増強され、ガトレイの前衛部隊は目に見えて崩れだす。
然し、それでも着実に防柵の耐久力を削っていく忍耐強さは、流石ガトレイの直属兵と言える勇敢な姿だった。
その姿を見る遼遠は、敵ながら見事と心中で感嘆する。
(良い兵だ……ファーリム様やナイト様に鍛えられた我等が兵団に、何ら遜色ない。……実に良い精鋭だ……)
「だが! 勝つのは我々だ!! 全兵士に告ぐ! 敵を蹂躙せ――」
『ぐわあぁぁぁッ!!?』
「なっ!? どうした!?」
突如、剣合国軍の優勢に進んでいた柵攻防戦の一角より、一際大きな悲鳴と粉砕された様々な『もの』が派手に吹き飛ばされた。
数にして八十名程、部隊規模にして小隊とほぼ同じの持ち場が、一瞬で抉られたのだ。
檄を発しようとした遼遠は、機先を制される形でその一角を注視する。
「……退け、雑魚ども」
漆黒の軍馬に跨がる覇梁が、自身の部隊から離れて単騎掛けをしていたのだ。
先程の常人離れした破壊力も、当然ながら彼の仕業である。
用心深い性格や慎重な言動をすると噂の覇梁でありながら、ことナイトに関しては、派手かつ大胆に動いているようだった。
「っ……!! 覇梁様に続けェェーーーー!!!」
勇者達の士気爆発。将校の指示を真面目に聞くガトレイ直属兵の殆どが、珍しく前線を切り裂いていく覇梁の姿を前に奮起した。
その威力はガトレイの統率力が一時的に封印される程で、これには当のガトレイも驚きを隠せず、彼は生じた流れに任せた全力突撃の姿勢を強めざるを得なかった。
「くっ……! 奴の現れた穴に、敵兵が殺到しているのか! ……だが、これは好機でもある! 全予備隊をあの一点に集中させろ!! ここで敵大将・覇梁を討つ!!」
『オオオォォォォッ!!!』
想定外の武力に出鼻は挫かれたが、士気の高さに於いては剣合国軍も負けていない。
遼遠はピンチをチャンスと捉え、直ちに予備兵力を集中させた。
それに呼応して、陣頭指揮を執るガトレイの本陣も前へ出る。
両者は開戦して早くも、この戦が佳境を迎えた事を感じ取ったのだ。
然し、遼遠やガトレイの思わぬ事態は、これで終わった訳ではない。
覇攻軍側の大将が最前線に現れたとなれば、当然この男も――
「!? ……やはりな。我が出れば、うぬも出てくると思ったぞ。ジオ・ゼアイ・ナイト!!」
「おぅ、お前こそよく来たな。剣の技を以て、全力で歓迎するぞ……覇梁!!」
凄まじい武力で無人の如く駆け抜ける覇梁が馬を止め、一瞬の動揺に目を見開かせたる相手は、何を隠そう隠れる気は毛頭ない、剣合国軍大将・ナイトである。
彼は覇梁に倣って馬上で迎え討ち、ジオ・ゼアイの末裔を証明する剣のペンダント「王道」を表に出していた。
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