大戦乱記

バッファローウォーズ

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命の花

ほくそ笑む鴉の使者

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午前八時。アーカイ州梅朝 義仁城 軍議の間

 剣合国軍と覇攻軍連合が激突してから、既に四日目となっていた。

 梅朝に派遣されていた軍師・安楽武は、本軍にとって後顧の憂いたる東方を磐石にすべく、涼周軍の諸将を含めた軍議を開く。
その中には、安楽武を快く思わない魏儒の姿もあった。

「……お忙しい中、わざわざご足労いただいて申しわけありません。どうしても涼周軍の参謀を担う貴方の意見を聞きたかったので」

「私とて時が惜しい。無用な前置きなく始められよ」

 昨日までは代理の者を遣わしていた魏儒だが、今日に限って本人が来城している。
呼び立てた安楽武は勿論の事、この場に居合わせる淡咲、キャンディ、レモネ、飛蓮も、その重要性を認識していた。

「では早速、本題に入りましょう。楚丁州の戦況は初日以降派手な動きがなく、各戦線ともに膠着状態にあります。その膠着を崩すかの様に、承土軍がファーテイス(カイヨー南隣)に兵を集めているとの事」

「存じている。アバチタ山岳軍との戦を苦にもせず、衡裔コウエイが何かしら企てている様だ」

「そこで一つ確認を。貴方々の施した策……アバチタ山岳軍を利用した承土軍妨害工作ですが、それは蒼虎の衡裔をどこまで足止めできるでしょうか?」

「まず結果から見ても、衡裔を東の戦場へ引き出す程の威力はない。承土本軍からも、想定以上の兵力を動かす事はできなかった。衡裔はおそらく、東側の戦場は長期に亘らせ、霍悦カクエツの起床を待つつもりなのだろう。霍悦さえ起きて暴れれば、アバチタ山岳軍にどれ程の兵力があろうと関係ないからな」

 剣合国・沛国・マヤ家連合軍 対 松氏・重氏連合軍による沛国防衛戦が発生した前後の事。魏儒達は覇攻軍と対峙する剣合国軍主力を援護する為、剣合国への侵攻を匂わせる承土軍の意識を逸らすべく、周辺国に裏工作を行っていた。(※第381話「北部動乱」参照)

 それは梓州シシュウ(心角郡を含むアーカイ州東隣)を挟んで剣合国の東に位置するアバチタ山岳国を扇動し、彼等が承土軍に奪われた角符カクフの奪還を巡って、両勢力の軍事行動を誘発させるというものだった。
策は見事に成功し、アバチタ山岳軍は角符奪還に向けて出陣。それに対して承土軍の東部兵団も、更なる東進を中断して守備に一転する。

 だが、両軍の戦はそこで膠着し、承土本軍から角符に派遣された兵力も、魏儒達が当初予想していた数に比べて少なかった。

「衡裔は我等の策を見抜き、無駄な戦力を東へ回すことなく、剣合国の戦場に投入した。そして今、楚丁州にある戦力を活かした策を成そうとしている」

「……衡裔の目は確実にカイヨーを狙っていると見て、間違いなさそうですね。
――それでは東部兵団大将の霹靂臥ヘキレキガ・霍悦とは、いったいどのような武将でしょうか? 衡裔を以てして、東の戦線を任せられる程の人物ですか?」

「私より楽瑜殿の方が詳しいだろうが……知りうる限りの素性なら提供しよう。
――霍悦の家は、古くから承土一族に仕えてきた譜代の臣下だ。霍悦本人も承土の娘婿に当たり、一門衆として扱われている」

「では、両者は互いに信頼している……と」

「……貴殿、わかっていて聞いているのではないか? 確かに “武” に関しての信頼は絶大だ。霍悦も裏切りといった下らぬ行為に興味は無いだろう。……だが、奴は野心家でもなければ忠臣という訳でもない。強いて言えば、一門に連なる地位も気にしていないだろう。そんな得体の知れない男を、謀略家である承土や衡裔が信頼する筈がない」

 裏切るような真似はせず、戦わせるぶんには列国を震わせる程に有能だが、その実なにを仕出かすか分からない不安要素の塊。
魏儒が下す霍悦の評価は、そんなところであった。

「承土が自分の養女を嫁がせたのも、謂わば鎖のようなものであろう。……私にとっても、正直言って霍悦の事は理解不能だ。奴はいつ目覚め、何がきっかけで激情に駆られるかもわからぬ。だからこそ “霹靂臥” 。奴の戦は敵も味方も運試し。双六と同じで、起きた時に振った目によって結果が変わるのだ。……だが、戦場に居させれば何時かは起きる。起きて暴れる。衡裔はただそれに期待して、攻め重視の東部兵団を態と守備に徹しさせたのだろう」

「東部兵団の切り崩しを謀ったとしても、効果は望めなさそうですね」

「略奪につられる下っ端の雑魚どもは兎も角、霍悦本人は栄耀栄華と無縁の存在だ。離間の策を狙っても通用せぬだろうな。……まぁ、楽瑜殿を代表として、東部兵団に人無しとは言いがたいが、謀るならば私よりも楽瑜殿に相談すべきだろう。彼の下には良識ある将兵が集い、彼が居なくなった今でも俄に残っているだろうからな」

「わかりました。色々と感謝します。……では私と淡咲殿も、衡裔の迎撃準備に注力するとしましょう。義士城の槍丁殿にも連絡しなければ」

「守りに関して案じる必要はない。衡裔は、私と楽瑜殿が全力で止める。我等の鉄壁戦術と堅固無双のカイヨー城があれば、承土軍に北上などさせぬ」

「実に頼もしい限りです。それでも、念には念を入れておきましょう。相手は承土軍随一の名将、蒼虎の衡裔ですから」

「……まぁ、よい。貴軍の事だ。とやかくは言わぬ。
――それでは私はカイヨーに戻る故、後の事については他の者へお伝え願いたい」

 安楽武は魏儒を警戒し、魏儒は安楽武を快く思っていないながら、剣合国の軍師と涼周軍の参謀は、妙に馬が合う話し合いをしていた。

 その内容を涼周は理解できなかったが、安楽武も魏儒も、互いの才覚は認めているのだという事は理解できた。

「魏儒、もう帰る? せっかく来た、もう少しゆっくりしてく」

「お気持ちは実にありがたく。私も涼周殿と語らいたいところだが、生憎と情勢がそれを許さぬのだ。逸早く片付けるように努める故、それまで暫しの辛抱を――」

「軍議中に失礼いたします! 楚丁州戦線より急報がもたらされました!」

 歩み寄った涼周に、魏儒が勇壮な言葉で返そうとした矢先。
戦場から送信された信号を解読した情報官が、慌ただしく駆け込んできた。

 それが涼周との会話を中断させた事は言うまでもなく、ついさっきまで余裕の表情を浮かべていた魏儒は、一転して目に見えた不快感を露にする。

「喧しい。情報部の端くれなら、どんな時だろうと慌てるな」

「もっ、申し訳ありません。……それで報告の件ですが、連日に亘って力攻めを避けてきた覇攻軍連合が、数刻前に突如として総攻撃に転じたとの事。その攻勢激しく、ナイト様が布陣されている邦丘の半分ほどが敵に奪われました」

 大戦略を打ち立て、布陣に関しても把握していた安楽武が、小さく眉根を寄せる。

「……本軍精鋭部隊の守る丘に、敵が到達したですか。……覇攻軍連合はどの様な攻め手を使ってきたのですか?」

「申し訳ありません。戦闘の詳細は未だ届いておりません。されど、後退する上で若君や韓任様が負傷され、部隊も大きな損害を被ったと」

「にぃにが!? にぃにが怪我したのっ!?」

 その報告に一番驚いたのは、実のところ涼周だった。

 キャンディや魏儒や飛蓮は、内心「しまった」と思った。
東の守りを固めるという名目で避難させた涼周に、ナイツ達がいる楚丁州戦線を気にさせてしまった事は、兄大好きで戦場までついていく幼子に参戦の動機付けとなっても不思議ではないからだ。

 事実、涼周は楚丁州へ向かいたいと訴える。キャンディや魏儒に加え、安楽武までもが否定しても納得せず、最終的には何時も通りのお忍び出陣さえ厭わないだろう。

「…………わかったわ。私が代わりにいく。だから周はここに居なさい。いいわね?」

「でもにぃに……怪我してる」

「怪我なんて一瞬で治してくるわ。とにかく周は、ここを動いちゃダメ。貴方の軍は貴方にしか動かせないんだから、私が抜けたぶんまでちゃんと守るのよ。いい?」

「……ぅ、わかった。飛蓮とレモネと一緒にいる」

「良い子ね、よしよし。……飛蓮ちゃん、レモネ君。涼周を頼むわね」

 飛蓮とレモネは同時に頷いて返す。安楽武と淡咲も、言われるまでもなく了承した。


 キャンディは急いで楚丁州へ向かう。彼女を見送った涼周は、飛蓮とレモネの手に引かれながら、涼周護衛部隊の駐屯地に戻ろうとした。

 その途中、三人の前に一人の兵士が現れた。軍議の間に突撃し、魏儒から叱責されたあの情報官だった。

「失礼いたします。涼周様、先程言う事ができなかったのですが……実は、ナイト様個人より、涼周様のお力を借りたいという言伝を預かっています」

「おとーさん? おとーさん、涼周に来てほしいって?」

「はい。ともに家族の力で敵を打ち破ろう……と」

「待って。それがナイト殿の言葉っていう証明は?」

 他言を憚るようなタイミングで打ち明けた情報官に、飛蓮は眉を潜めて訝しんだ。

 情報官は「私に聞かれても困る」というかの様に、弱々しく返す。

「私はただ、解読した信号をそのように伝えろと、命じられたまででして……。証拠となりますと……情報部の外へ出すわけにもいきませんので……」

「確たる証明がないのに信じる訳にはいかな――」

「おとーさん、嘘つかない。やっぱり涼周もいくっ!」

「えっ!? ちょ、ちょっと待って! レモネ殿! 急いで安楽武軍師に報告して、本当かどうか確認してもらって! 私は涼周殿を追うから!」

「はいっ! わかりました! 涼周様をお願いします! あなたも……あれ?」

 言うだけ言って返事も聞かずに駆け出した飛蓮を目で送ったレモネが、ふと視界の端を飛び立った鴉に視線を移すと、そこにいた筈の情報官が忽然と消えていた。

「……しまった……! 弟君の護衛部隊と『鬼黒士キコクシ』を一千名、楚丁州に送りなさい! 大至急です! これは覇攻軍の罠だ!」

 レモネから報せを受けた安楽武は、情報部に確認する間もなく動き出した。
軍師として策謀や計略に富んだ彼の直感が、敵にしてやられた事を把握したのだった。
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