大戦乱記

バッファローウォーズ

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命の花

開戦を彩る猛将の激刃

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 邦丘に布陣した剣合国軍主力部隊は、加喰の森から続々と姿を見せる覇攻軍連合の第一陣を前に、静かに睨んでいた。

「……っと、これはまた、不利な形になったな」

 やがてファーリムが呟くと、隣で構えるナイトも表情を険しくさせた。
というのも、判明した覇攻軍連合の布陣が、全箇所に於いて彼等が有利となる配置になっていたのだ。



「…………俺達の相手は、ヴェム族を主とする従属勢力部隊か。一番やりずらい奴等と戦う事になるとはな。……まさか、俺がここに配置されると読んで向かわせたとでも?」

 邦丘主軍 左翼大隊 バスナ。兵一万二千。丘の東側終端に布陣し、フォンガン隊の側面を守ると同時に、フォンガン及びメイセイ隊との連携を担う。
彼等が対峙した相手は、覇攻軍に従属する大族・ヴェムを筆頭とした、従属勢力の連合大隊。兵数はおよそ一万七千。
その内の一万が、「暴槍エカム」の異名を持つ若き族長 ヴェム・エカムに率いられるヴェム族軍だった。



「中央攻めは最大兵数を誇る承土軍か。まっ、妥当と言えば妥当だが……このファーリムと歴戦の猛者達を相手に数で押しきれると思っているなら、それは大きな間違いだ」

 邦丘主軍 中央大隊第一陣 ファーリム。 兵二万三千。
対するは商吉を上将とする承土軍三万。サキヤカナイ以外の参戦勢力では、連合内最大規模の兵数を誇っていた。



「若。私達の相手は二部隊構成のようです。右側は六華将ウォンデの大隊につき、兵数およそ一万五千。あれが主攻となって丘の裏手を狙うでしょう」

「……左は「貴」の旗字から察するに貴幽のようだね。パッと見て、兵数は特別多くないようだ。さすがに新参者が率いる急造隊に、多くの兵は割かないか」

「でも若。童ちゃんを狙ってるっていう貴幽に関しては、部隊の攻撃力というより……」

「うん。あいつは個人の戦闘力が桁外れに強く、能力的にも単独行動をする方が向いている。だから兵の数もそれなりにして、動きやすくしたんだろう」

「経験の無さそうな用兵を任せるより、奇を突いて敵を乱すような行動をさせた方が得策だ……って事ですね。はぁー、厄介な奴はお断りよ」

「ウォンデだけでも相当な曲者だと言うのに、ここに来て貴幽も馬を並べるか。……これは何時も以上に、警戒を厳とすべきです」

「あぁ、韓任の言う通りだ。皆、貴幽には充分に気を付けるように。あいつの目的は戦争の勝利なんかじゃない。あいつは必ず、俺達の考えの斜め上を突いてくるぞ」

『ハハッ!』

 邦丘主軍 右翼大隊第一陣 ナイツ。兵二万(輝士隊一万を含む)。
彼等の眼前に現れた敵軍は、覇攻軍最高戦力と目される六華将の二人が率いるサキヤカナイ二万。将は「夜襲の壊し屋」ことウォンデと、新たな六華将に加えられた貴幽。
その二将と実際に対戦し、実力の程を知っているナイツは、韓任、李洪、メスナを筆頭とする将校達に注意喚起を促した。



 一方、昨日の時点で互いの姿を視認していたメイセイ、フォンガン、マドロトス、蝶歌、價久雷に関しては、両軍の主力が対峙した頃に別の動きを見せ始めていた。

 言い換えるならば、今まさに決戦の火蓋が切って落とされようとしていたのだ。

「ハーハッハッハ!! では手筈通り、先駆けは俺達マドロトス軍がもらうとしよう!!」

「抜かせ軽薄屋! その役柄はこの飛雷将メイセイにこそ相応しい!! 全軍――」

「「突撃だァァァ!!」」

『『ウオオオォォォーーー!!!』』

 前哨戦を彩った二人の猛将が、大戦の先陣を競って吶喊する。
不思議とそのタイミングは重なり、メイセイ軍とマドロトス軍の兵もまた、先頭を突き進む将に続いて爆進を始めた。



「おぅおぅ! メイセイの奴、痺れ切らして突っ込みやがったな!」

「フォンガン将軍。俺らの前の敵も動きそうですぜ」

「へっ! 俺達と知ってて尚、挑み来るか! その意気や良し!!」

「……将軍、敵を褒めてる場合っすか? 数はざっと俺達の二倍。それにマドロトス軍だって、今はメイセイ将軍の方に向かってるのでいいですが、いつ俺達の方に来るか分かったもんじゃないですぜ」

「だーはっはっ!! 数の優劣なんざァ気にするな! 真の戦士ってのはよ――」

 フォンガンは大太刀を肩に掛けた状態で、バシィィン!! と力強く胸を叩く。

「心で戦うもんだァァ!! さぁ! やるぞオメェら!! 敵も味方も覚悟を決めろォ!! 今日はヒデェ乱戦になるぜェェーー!!」

『ッシャアァァァーーィイ!!!』

 問題解決に至らないものの、フォンガンの檄は成功し、兵士達は士気を爆発させた。
この乗りの良さと気楽さこそが、フォンガン隊の強みと言えるだろう。

 そして、普段ならここで高まった士気のまま突撃するだけだが、血沸き肉踊った彼等は珍しくも守勢に回り、現場維持に努めた。
これは丘の東側終端に位置するバスナと支え合う意味に加え、マドロトス軍と蝶華国・旧護増国軍の挟撃に備えて兵力を固める意味もあった。

「……紅蓮の鬼将・フォンガン。メイセイに続いて突撃するかと思いきや、動かぬか。言葉では気合いを謳っているものの、それは鼓舞する上での建前に他ならず、実際は将軍らしく兵数の不利を懸念しているようだ」

「士気の高さはそのまま攻撃力の高さに繋がる、って聞いた事がある。激突する前に全軍を奮わせたのも、攻め手と受け手の立場的優劣を払拭させる為みたいね。守備に回っても普段と変わらない姿勢を示すのが、あの男の守り方か」

 攻め手となる蝶華国・旧護増国軍の将、蝶歌と價久雷は、昨日に続いて戦の流れを取るフォンガンに最大限の警戒を見せた。

 然し、北東に位置するマドロトス軍が進んで攻撃に出た手前、彼女らも出陣しない訳にはいかず、二軍は友軍から一呼吸遅れる形で突撃を開始した。

 邦丘を巡る両軍の主力同士もまた、東側の平野戦を見届けた後に開戦する。
真っ先に戦端を開いたのは、覇攻軍連合最左翼に位置するウォンデ大隊一万五千と、それを迎え撃つべく出撃した韓任隊六千および李洪隊四千の計一万だった。

「よぉ、剣合国の狗・韓任! 今日こそはてめぇら狗共の素っ首叩き落とし、跡形もなく壊し尽くしてやる!! 夜な夜な泣いていた剣の切れ味、その身で堪能させてやるぜ!!」

「囀ずいてないで、さっさと掛かって来たらどうだ? 覇攻軍の小鳥ちゃん」

「……アァァ!? てめぇ、マジで言葉気ィ付けろよ! 恥ずかしい姿に惨殺バラすぞ!? アァッ!?」

「やれるものならやってみるがいい。覇攻軍の小鳥……否、雑魚虫よ!」

「言ったな糞野郎がァ!! ウゥオラァァッ!! 史上最大・史上最悪・史上悲惨・史上恥辱・史上最低な壊れ加減を以ておっ死ねや韓任ンン!!」

 簡単な挑発に乗ったウォンデが、戦場に響き渡る怒声を上げながら猛進する。
彼が通った後は地面が深く抉れ、周囲の草花は生気を失うや灰となった。

 怒りに我を忘れて無自覚のうちに放出する魔力は、近寄るだけで常人の精神を破壊するほどの災厄ぶりにつき、後に続くウォンデ隊は大分遅れて丘を駆け上がる。
対する韓任隊も、挑発主の韓任がウォンデを担当するように最先頭を突き進み、後に続く騎兵は騎馬隊の最大火力をぶつける為に駆け下る。

『オオオォォォォーーー!!!』

 主将同士の激突を機に、将兵入り乱れての大乱戦と相成った。
とはいえ、ウォンデと韓任の周辺は、龍虎が暴れる檻の中に全裸で入り込む様なもので、戦いの次元が違う為に誰も近寄らない。
兵同士の集団戦に関しても、地勢を用いた韓任騎馬隊の突撃がウォンデ隊を激しく蹂躙し、初撃で大きなダメージを与えていた為、やや一方的なものだった。

「若。右の方は特に問題なさそうですよ。韓任殿ならウォンデなんかに負けませんし、李洪殿が韓任隊の歩兵を指揮してますから、兵力差はどんどん埋まっていく筈です」

 隣の様子を眺めるナイツとメスナの戦況には余裕があった。
主将同士の一騎討ちに発展している韓任とウォンデの戦場に反して、ナイツと貴幽の戦場は歩兵の第一陣が緩やかに衝突したに過ぎなかったからだ。
これは用兵術に疎い貴幽が隊長という事に加え、貴幽を警戒しているナイツが、陣地外で行われる乱戦を避けた結果といえる。

「俺達の方も、このままいけば問題ないだろう。貴幽隊の五千に対し、俺達は倍の一万。地理的優位にもあり、兵の質も此方が上だ。より効果的な戦法で迎撃すれば、兵力差は歴然となるに違いない。……あくまでも、“このままいけば” の話だけど」

「……何事もなく貴幽隊が壊滅してくれたら、凄く助かるんですけどね。まぁ、そんな事はないでしょうし、被害が大きくなる前に仕掛けてくるかもです」

「だが、それに対する備えは万全だ。メスナ、彼等にはちゃんと伝えてくれた?」

「勿論! 既に私達の陣営に来てくれてますよ!」

「よし、それなら大丈夫だ。……後は貴幽の動き次第で、あいつが先に潰れるか、部隊が先にやられるかだ」

 二人が浮かべる余裕の笑みは、輝士隊の持ち場に手抜かりがない証拠だった。

 この日、彼等は戦を優位に進める。有力な将の首級を挙げる事こそできなかったが、同数で始まった戦いを勝ちで終わらせるのだ。
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