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命の花
覇王の檄
しおりを挟む「「もしも大切な人と、もう一度だけ逢えたら……か。ふふっ! 歴史家がそんな私的な内容まで記録してどうするの。後世の人がそれを見て、じゃあ俺も! って真似する訳でもないでしょ。……まぁ、夢を見る事は嫌いじゃないよ。それが叶わぬ夢であればあるほど、俺の心を揺り動かすから。
――で、そうだねぇ……もう一度だけ逢えたらか……。やっぱり、まずは謝るべきだよね。……あっ、でもなぁ、それはそれで……」
どうしたのか? 何か、問題があるのだろうか?
「謝っちゃうと、たぶん止まらないだろうね」
止まらない……それは謝罪の言葉だろうか?
「それも含めて……色々。シラウメの花が傍で咲いていたとしても、きっと壊れてしまう。それをあの方は、自分のせいだと思ってしまうだろうね」
……確かに、そうかもしれないなぁ。第三者の目線で記録している私も、そう感じるよ。……では謝罪以外の何か、でよろしくお願いしたい。
「…………それなら……心ゆくまで、良い子良い子って撫でられたいかな。ずっと我慢してるんだもん。それぐらいは、許してくれるといいな……」
許してくれるとも、必ず……ね。
私がそう言い返すと、あの御方は悲しみの色を纏った笑みを浮かべ、それからゆっくりと目を瞑り、後ろに控える姫にもたれ掛かった。
一筋の涙が頬を伝い、頭が撫でられるまでの様子を、私は黙って見ていた」
白詰草の月 一日
楚南にて大陣容を整えた覇梁は、出陣の刻を前にして諸将を召集する。
「……ガトレイ。全ての主将を集めよ。出陣に先立ち、皆に伝える事がある」
「……覇梁殿が決起集会とは。珍しい事もあるものですな」
「今さら飾り立てるような事はせぬ。ただこの一戦こそ、我の命運を賭し大戦なれば、他の者にとっても重要な起点になろう。それを約束してやるのだ」
「……成る程。承知致した、暫し待たれよ」
ガトレイは直ちに諸将を呼び集める。
熱気に欠ける覇梁が事前に鼓舞するような真似をしないと知りつつも、滅多に見られない姿なだけに、弥が上にも期待していた。
今戦の主役を張る強者達は、三十分と待たずに連合本部へ参集した。
浮かべる面構えは十人十色。当然といえば当然である。彼等が戦う理由もまた、十人十色なのだから。
単純に破壊を楽しむ狂将・ウォンデは「喜」を浮かべ、底知れない器を宿すガトレイは「楽」を見せ、姿は無くとも気配を感じさせる鴉黔は絶対的な「静」を漂わせる。
涼周殺害を存在理由とする貴幽は己が責務に奮い立ち、剣合国に対する報復を狙う雑賀衆の面々は激しい闘志を心に宿す。
方や、故国再興の為に耐え忍ぶことを優先する價久雷は泰然と構え、覇攻軍以上に剣合国を憎む蝶歌は複雑な怒りを胸に抱き、覇攻軍憎さが殆どを占めるヴェム・エカムは明らかな敵意の眼差しを見せる。
援軍の将である商吉、幹該、張在もまた、主命を帯びて参陣したに過ぎず、覇梁の為に身命を賭す気はさらさらなかった。
(……見事なまでに、「忠誠」の二文字に欠ける者達ばかりが集まったな。ここまでくると、連合が維持できているのが奇跡に思えてくる)
味方の顔触れを見たガトレイは、改めて自軍の欠陥を視認した。
サキヤカナイを主体とした連合軍に纏まりが欠け、覇梁にもその才能があるとは思えない現状、副大将を務める自分がどうにか補填するしかない……と彼は思っていた。
然し、覇梁は最初から、この連合軍を纏め上げるつもりはなかった。
彼は様々な思惑が交錯する自軍を前にして、堂々と語り出すのだ。
「これより我々は、剣合国軍との決戦に突入する。今まで以上に激しい戦いとなり、かつ、今までの戦を積み重ねても足りぬ程の意味を持つ」
あまりにも普段通りの言動は、この連合軍に問題を感じないとでも言うかの如く。
「それ故、この戦で大功を立てた者には、今まで以上に絶大な恩賞を約束する」
「絶大な……恩賞?」
誰にでもない誰かの疑問符に、覇梁は変わらぬ言動で答える。
「欲しいものを充分に取らす。金や地位は元より、人質解放による独立や、その後の不干渉まで。望めば更なる戦も起こしてやろう」
『!!?』
その瞬間。僅かながらではあるが、皆の目付きが輝き、顔色が統一された。
覇梁の傍らにあって、彼とともに諸将を前にしているガトレイだけは、その様子を見逃さず、覇梁の人柄を誰よりも知るだけに奮えが止まらなかった。
成る程。甚だ成る程……と。
「手柄の立て方は問わぬ。剣合国軍主将の首級でも良し、勝利の為の礎となって玉砕するも良し。ナイトを討ち取ることに繋がるのであれば、全てうぬ等の判断に任せる」
「手柄を立てれば……俺達は解放されるのか……!」
「クソ野郎共を大量に殺せば、もっともっと壊せるってか!」
(……場合によっては剣合国軍を撃破した後、我が軍の圧倒的優位を築けるという訳か。これは面白い。大兵力を要する我等承土軍にとって、絶好の機ではないか)
「そんなら、俺は十ヶ郷の奪還を支援してもらうかね!」皆が皆、望むものを欲する個の集団である。この効果は甚だ大きかった。
「嘘はつかぬ。この覇梁、約定は如何なる理由があっても必ず果たす」
“皆を信頼している” という、大衆的な正義の感情を抱いている訳ではない。
ただ単に、覇梁は自分の傘下にある者達の「色」を、否定しないだけなのだ。
(絆で結び付かない連合軍を大戦力の塊と成すには、これほど最上なものはない。覇梁殿が筋を通す人物だと知れている事も、皆のやる気に繋がっている。……全てか……。ナルマザラスを乗っ取った始めから、全て計算の内だったのか!)
端的な口約束に関わらず、全軍の士気は限りなく高まった。
覇梁の傍で誰よりも奮えたガトレイがそう判断したのだから、間違いなかった。
「では出陣るぞ。此度は乱取り推奨にて、己が得たいものは力尽くで掴み取れ」
『オオオォォーー!!』
召集時とは打って変わって、連合本部には鬨の声が響き渡る。
総勢十二万八千の覇攻軍連合は、満を持して出陣した。
予め配備されていた楡函砦の守兵一万以外は、余さず動員するという総力戦だった。
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