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光たる英雄の闇なる思い出
始まりの残虐戦
しおりを挟む人界歴385年。話の舞台は現在より24年遡った、剣合国の暗黒期真っ只中である。
国王・ゲンガの縁戚に当たる沛国を除いて、周辺諸国は反剣合国の旗を掲げており、これに対して剣合国は、多くの貴族勢力と結び付きを深くする事で勢力を維持していた。
この貴族勢力の筆頭格は、名門貴族のカクゥオ家といった。
カクゥオ家は以前から実力と名声のある貴族だったが、人界歴371年に才色兼備と噂される令嬢のミネスと、剣合国第一王子・ラスフェが政略結婚したのを契機に、剣合国の外戚となって更なる繁栄ぶりを見せ、貴族勢力の頂点という地位を長年のあいだ不動のものとした。
剣合国はカクゥオ家が持つ横の繋がりを駆使して、多くの貴族勢力を味方を引き入れる事に成功し、カクゥオ家は歴代最高の繁栄と地位を手に入れる。
両勢力の政略結婚は戦略的に見た場合、互いに “利多し” であろう。
では反対に、感情的に見た場合はどうだったのか……
剣合国本拠地・大諒 義士城々内の宮殿にて
朝の廊下を歩く王太子妃・ミネス一行の前に、壮健なる子供が姿を見せた。
「おはようございます母上! ナイトは今日も鍛練を頑張ります! 一日でも早く、人界に名を馳せる勇者になるべく精進します! ですから母上も、是非様子を見に来て下さい!」
純粋な眼差しでミネスに語りかける子供こそ、後の剣合国軍大将 ジオ・ゼアイ・ナイトである。この時、彼は12歳だった。
「そう、頑張りなさい。……行きますよ」
然し、健気なるナイトの姿を一瞥するだけで、ミネスは女官達と共に颯爽と立ち去った。
その光景はまるで、もとからナイトなど気にも留めていないようであった。
「…………はい、母上。……それではまた、明日……」
少年ナイトは、誰も居なくなった廊下で静かに呟くのみだった。
政略結婚で結ばれたラスフェとミネスだったが、二人の相性は格別に悪く、ミネスの方に、彼女が以前から想いを寄せていた他家の男性がいた事もあって、夫婦仲は目に見えて冷めていたのだ。
そのような両親からナイトが愛情を向けられる筈もなく、ラスフェは妻子を他所に遊興に耽り、ミネスは無為な日々を自分の都合だけで過ごしていた。
「…………」
「ナイト、おはよう。あなたは毎日早起きで偉いわねぇ」
「あっ! 婆様っ!」
だが、項垂れるナイトに声を掛け、唯一愛情を向ける存在がいた。
「はい、婆でござる。おはようからお休みまで一貫して婆でござる」
国王・ゲンガの妻にして、沛国王・王洋西の実姉に当たる王周だ。
気品・慈愛・知恵・美貌・勇気と、才色兼備を絵に描いたような内面を持ち、外にあっては凛々しい言動で信望を集める人物。
質実剛健に努める彼女は、華美な衣装や装飾の類いを身につけず、豊かと幸せを意味する羊の首飾りを下げているだけだった。
そんな王周は、後世の者達が旧剣合国に於ける唯一の光だと言い伝える国母であり――
「ナイトや、今日はどうするのですか? 昨日も一昨日も鍛練に精を出したのですから、今日ぐらいゆっくり過ごしては如何? それと私の手には獲れたての烏賊がありますが、朝食にお一つ如何? 烏賊だけに如何……なんつって」
「婆様ぁ……この烏賊、筋肉ムキムキです。しかも水の中にいるよりピンピンしてて……今にも走り出しそ――あっ!」
烏賊は一瞬の隙を突いて王周の手から脱し、ドスドスドスドス!! と、絢爛豪華な殿中を我が物顔で走り去っていった。
何を隠そう隠しきれない、この王周こそが、ナイト節の師匠であった。
そういう意味では、人界史に於ける新芸術の開祖に当たるであろう。
そして孫の前で面子を失った王周は、暫く押し黙った後、開き直った様に堂々と語る。
「…………逃げられたものは仕方ありません! 今日の朝食はパンと茹で卵だけです!」
「はい! パンと茹で卵です! ……えっ、烏賊との組み合わせ最悪じゃないですか?」
「オーホッホッホ! そんな訳ないでしょう! この婆にかかれば、烏賊とパスタの組み合わせごとき造作もありません!」
「婆様ぁ、主食がパスタに変わってます」
「いやいや、そんな筈はありませんよ。婆はちゃんと、“今日の朝食はパンと茹で卵” って……あらぁぁーーー!?」
「ふ……ははははっ! 婆様が間違えたぁーー!」
事情を知るが故にナイトを想ったおふざけか、本当に王周の間違いかはさておき、ナイトの表情は先程と打って変わり、満開の花が咲いていた。
王周もそんな孫の姿を見て、優しく微笑む。
ナイトの一日はこうして始まり、彼はその一日を王周と一緒に過ごす事が多かった。
ナイトの人格の基を成した存在が国母・王周であるとは言うまでもなく、彼女は良くない環境に産まれたナイトの救いでもあったのだ。
然し、良くも悪くも平穏に過ごしていたナイトに、突如として不運が襲い掛かる。
際限なき欲望に駆られ、剣合国の全てを手に入れんとしたカクゥオ家が、西の強敵国・セェレ公国(アレス軍の前身国家)と組んで反乱を起こしたのだ。
この反乱は瞬く間に拡がりを見せ、カクゥオ家に賛同する貴族勢力や、王位継承権を狙う第二王子・ソロン派の陣営も入り乱れる程の大事件となった。
「……ナイト、来なさい。本家のお爺様が待っているわ」
「…………はい、母上……」
そして当のナイトは、カクゥオ家の手の者によってミネスと共に、カクゥオ本家のある保龍へ密かに連れていかれた。
無論、謀叛人の娘に当たるミネスの安全確保と、次期剣合国々王と決まっている第一王子・ラスフェの子供であるナイトを人質にとる為だ。
実際、カクゥオ家は戦端が開かれるより先に、義士城へ使者を送っていた。
要件は「ナイトを返して欲しければ、国土の九割と王位をカクゥオ家に譲渡すべし」という単純にして、要求としては滅茶苦茶なものだった。
先ずはこれで、剣合国の出方を探るという意味もあったろう。
だが、この要求に対してゲンガとラスフェの親子は、非道にも全く同じ答えを出し、返答の使者に “あの男” を派遣したのだった。
「フゥーー。……さぁて、大将直々のお達しだ。遠慮なく殺るとするか」
カクゥオ本家の居城・インカ城を前にして、別の戦場から飛んできた “男” は、悠々と煙管を咥えていた。
謂わば、戦を前にした彼なりの景気付けである。
これから起きるであろう惨劇を想像する事で肴とし、口の中に得も言えぬ味を作りだすや、それを愛用する煙にスパイスとして加えて楽しむのだ。
「フッ……今回の戦は、いつもと違う一杯が吸えそうだな」
その次は決まって戦の後の味を期待し、開戦の時を告げる。
「全軍、攻撃開始だ。城の中の人間は好きに処分しろ」
『オオオォォォーーー!!!』
“男” は、包囲する剣合国軍に情け容赦の無い号令を掛けた。
“男” は、漆黒の甲冑が霞む程に冷酷な笑みを浮かべる偉丈夫であり、左手は鞘に収めた得物の魔法剣を握り、右手は愛用の煙管で遊んでいた。
そして “男” は、自身の名が刻まれた軍旗を見て戦慄する敵を一瞥し、不敵に嗤う。
不気味に靡く大旗には、「蒙」の一文字が紫紺色で縫われていた。
旧剣合国の錝将軍にして、ゲンガとラスフェの暗黒期を支えた悪しき大黒柱。「地獄に生まれ地獄を追い出された暴勇の化身」こと、狂将・蒙儼である。
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