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光たる英雄の闇なる思い出
新六華将
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覇梁、ウォンデ、マドロトスに呼応して、南亜郡へ攻め込んだ覇攻軍主力であったが、国境を守る剣合国軍は流石に手強く、とある戦場を除いて互角の戦況が続いていた。
その戦場とは、国境最東端に位置するメイセイ隊の持ち場である。
貴幽との一騎討ちに敗れたメイセイが、部下達による決死の救出劇で前線を離脱して以降、彼の部隊は内側へ総退却しており、覇攻軍の将 ディチス・オグルスは大々的な追撃を以て奥深くまで侵攻していた。
「…………うむ、ここまでか。全兵に告ぐ! 反転して態勢を整えるぞ!」
緋彗平野の剣合国軍本陣より亜土雷隊が駆け付けて漸く、オグルスは兵を引いた。
引き揚げ方も見事なもので、オグルス隊は被害を最小限に抑えながら、友軍と足並みを揃えられる位置まで下がった。
時を同じくして、ナイト達の前から消え去った覇梁とウォンデも味方本隊と合流する。
本隊を率いてファーリムと相対するフハ・ガトレイは、負傷状態で帰還した二人を出迎えるとともに、予想外の結果に内心驚いた。
「……ウォンデ殿はともかくとして、覇梁殿がナイトに傷を負わされるとは……正直、予想の上をいきました」
「おいガトレイ! “俺はともかくとして” ってどういうこった! 俺は負けちゃいねぇぞ!!」
ガトレイも覇梁も、手当てを拒否するほど元気なウォンデの主張を、徐に無視した。
「…………ナイトではない。うぬの鉞を退けし幼子大将だ」
「……ナイツの弟分、涼周か。……つくづく戦場を変える存在の様ですな」
「うむ。だが、それを実際に知れただけでも充分な収穫と言える。此度の作戦の失敗は、次への布石となろう」
「……次への布石……。……そう言えば覇梁殿。先程、興味深い二人が面白き者の書状を携えて陣中に罷り越しましたぞ」
「……戦は一旦止めだ。その二人を我が前に通せ」
「既に、そこへ」
ガトレイが本陣の隅を手で示せば、そこには貴幽と付人の青年が佇んでいた。
二人は覇梁とウォンデが視線を改めるや、得物を所持した状態でゆっくりと歩み寄り、周りの警戒心など我関せずで堂々と参上した。
覇梁も覇梁で、詳しい事情を知らないにも関わらず、それを許す。
偏にガトレイの目を信じればこそ、訪問者を警戒する必要はないと思ったのだ。
「この二人は張軍から来たようで、かの国の錝将軍 セルファイナ殿より、我が軍の一席に据えられよとの推薦状を持参しています。ここへ来る道中、オグルス殿の戦場に乱入して敵将 メイセイを一蹴したとの事。力量も疑う余地はないかと思われる」
「…………流石は「赤日のセルファイナ」だ。よくよく存じておる」
ガトレイが貴幽の付人より預かっていた書状を差し出すと、覇梁はそれを瞬く間に読み通し、一人静かに納得した。
「……雲が濃くなってきたな。この降りそうで降らぬ曇天は、うぬを顕すか」
眼前に佇む二人を再び見やる時、覇梁の目は特に貴幽を凝視していた。
そして禍々しき狂人の双眸から感じ得るものがあったらしく、ただ一枚の紙切れから下すにしては到底理解できない特権を与えるのだ。
「貴幽……うぬは我と同じ匂いがする。我と同じく、身も心も苦難に塗り潰されて尚、決して屈する事なき面構えだ。
――うぬを我が一輪に加えよう。新たなる六華将・貴幽よ、天命に従い、うぬの責務を存分に果たすがよい」
「……武人を従えし乱世の覇王よ、そなたの期待に応えよう」
突然の新六華将任命に、ガトレイを除いた諸将の悉くが動揺する中、貴幽とその付人は静かに拳を重ね合わせた。
「ガトレイ。次の戦に備えて作戦を練り直す。全軍を楚南まで引かせろ」
「承知致した。早速各部隊に信号を飛ばそう」
ガトレイを経由して全軍撤退の指示が伝わると、覇攻軍は洪水が引くかの如く、速やかに楚南へ向けて撤退した。
方や、本営の復旧と状況精査に追い付いていない剣合国軍は追撃を行えず、彼等は結果として、覇攻軍にしてやられる形となったのだ。
「…………ときに覇梁殿。一つだけ気掛かりな事があるのだが」
退陣の最中、覇梁と一対一の機会に恵まれたガトレイは、不意に生じた疑問を問い質す。
覇梁はただ、堂々とそれに応えてやる。
「言うてみよ。我に答えられるものならば、包み隠さず申そう」
「では遠慮なく。先ず貴幽という男……武将の類いには到底思えぬが、邪教国と専ら噂の張軍より派遣されたとの事で……まぁそういう輩だろうとは理解できる。ただ問題は、今まで何の接触もしてこなかった張軍が、今この時になっていきなり助っ人を寄越した訳だ。我等を助け、剣合国軍に害する事で、張軍に何の利があるというのか。その事に関して、何か存じておられるか?」
「ガトレイ。うぬは博識だ。何を任せても成果を上げる万能の天才であり、我が軍にあって右に出る者はおるまい。然し、それは表の世界にあっての知識。裏の世界について、うぬは思う以上に知り得まい。
――逆に聞くが……ガトレイ。うぬは『神職』という存在を知っておるか?」
「……聞いた事はある。確か上古とも言えるほどの大昔に、世界中で暴れていた魔のものを封印し、それを守護する為に各地に根付いた一族の総称……だったか。長い戦乱によって廃れ、今やどれだけの氏族が存命しているのか定かではないらしいが……」
「奴等には、決して譲れぬ正義がある。大局的に見て、それが善であろうが悪であろうが関係ない。ただ天命に従い、己が責務を果たす。それこそが奴等の掲げる “正義” であり、存在理由である。言うなれば、この覇梁とて同じだ」
「……貴幽は、その “神職” であると」
「仮にそうでなくとも、それに類するものと見て間違いなかろう。そして張軍に関して言えば、神職を敬う者共だ。奴等にとって、他国との外交関係は意味を成さぬ。我等の許へ貴幽を送ったのも、この戦場が貴幽にとっての職場足り得ると判断したからであろう。場所が変われば、奴は承土軍の許に行っていたやもしれぬ。承土軍宛ての書状も、当然のように持っている筈だ」
「ほぅ……そういう事であれば、有り難く使わせてもらおうか」
揺らぎなく語る覇梁を前に、ガトレイは微笑を浮かべていた。
知識欲に餓える彼が、また一つ世界を知った瞬間である。
緋彗平野 剣合国本軍陣地
敵の撤退に伴い、負傷した諸隊が続々と城塞へ帰還した。
オグルス隊に敗北したメイセイ隊もまた、マドロトスによって半壊された門を潜る。
常勝とまではいかないものの、十中八九勝ちを収めてくる誇り高き部隊に、似合わぬ項垂れ具合であった。
「……すまん。今日の戦いが後手に回ったのは、全て俺の責任だ。俺が敵の本隊に踊らされたばかりに、マドロトスの侵入を許し、あまつさえ対峙した敵にすら敗れる始末……。どの様な処分も甘んじて受けよう」
「おぅ! ではそんなメイセイに沙汰を言い渡す!! 回復して間もない状況だが、俺と共に各隊を鼓舞して回るぞ!! 今すぐ酒を持てェェい!!」
「止めなさいアホ」
敗戦の罰を求めるメイセイ。恩赦(?)を与えるナイトと、それに感動する筋肉自慢達。そして夫の乱行を、後頭部チョップで諫めるキャンディ。
肉体的負傷と精神的負傷から早くも復帰したメイセイとキャンディを含めて、今日も剣合国軍は平和で――
「平和な訳ないでしょうが。浮かれるな、って言ってるのよ。話を聞けば、涼周を狙うあの危ない奴が現れたのよね。貴幽……だっけ? あの糞野郎の名前」
話の主導権を握ったキャンディが、ナイト達をはね除けてメイセイの前に立つ。
仲間の慰安も大事だが、今は情報収集と今後の対応策を練るのが先決と考えたのだ。
メイセイもナイトの計らいには感謝しつつ、真剣そのものであるキャンディに応えた。
「あぁ、間違いない。言い訳になるが……奴の力を侮った。戦争や人の情とは無縁の粗忽者ゆえに、俺の敵ではないだろう……とな」
「…………精神的な隙を持たないメイセイ殿ですら敗れるか……。本当、面倒な存在ね」
「……確かに奴は、“俺の心に穴は無い” と評した。だが実際に殺り合ってみて、それ以前に厄介なものが奴の根底にあり、それが力の源となって奴に味方していると感じた。……季の宮で神職どもと殺り合った、あの感覚に似ている」
「……メイセイの剣を以てしても、それ以上は量れず……か。参ったな」
「皮肉にも、実際砕かれたしな。単純な膂力も底がしれん」
ナイト、キャンディ、メイセイの三人は頭を悩ませた。
ナイト親衛隊にして彼自慢の筋肉兵達も静まりかえり、服を着るにまで至ってしまう。
「メイセイ! 重傷を負ったって聞いたけど大丈夫なのか!?」
「ぅ! にぃに号、痛い痛いの飛んでけしにきた!」
そんな中、メスナから「メイセイ負傷」とだけ知らされたナイツが、涼周を肩車した状態で駆け込んできた。
メイセイは一瞬だけ押し黙り、話はこれまでとしてナイツと涼周に向き直る。
「……心配を掛けてすまなかったな。お前達の母親のお陰で、もう大丈夫だ。
――さて、怪我も治ったところで……行くとするか、ナイト殿」
「おぅ、お前達も行くぞ! 両手に酒を持てェェい!!」
『うおおぉぉぉーーー!! 何処までも御供いたしまするぞォォーー!!』
ナイトの号令に従い、筋肉兵達が再び上半身裸となる。
そして予め用意していた酒樽を抱え、嬉々として出陣した。
「……はいはいいつもの鼓舞ですねーー。御武運をーー」
「うむ! 健気なり!!」
付いていきそうになった涼周を留めつつ、ナイツはヤル気のない見送りをした。
キャンディも事ここに至っては何も言わなかった。
だが、それによって良くも悪くも冷めたもとい冷静になったナイツは、ここで一点だけ不審に思う事があった。
(……ウォンデ不在の敵部隊と戦って、メイセイが負傷した? よくよく考えると、おかしな話だ。奴の部隊には、ウォンデ以外にメイセイと戦える武将はいないだろうに)
「……母上。一つだけ聞きたい事があるのですが」
「……私もちょっと疲れたわ。後でもいいかしら?」
「お疲れでしたら他の者に聞きますので、母上は休んでくださって構いませんよ」
「……今は貴方達と一緒に居たいの。いいから、ゆっくりしていきなさい」
「……? ……分かりました。それではお言葉に甘えて、少しだけ休憩します。…………取り敢えず涼周、それ、お酒だから飲んじゃダメだよ」
「ぅぅん、花の絵が書いてあるから絶対蜂蜜」
キャンディの得も言えぬ雰囲気に押され、ナイツの疑問は半強制的に抑え込まれた。
彼の求める答えが明かされたのは、それこそ涼周が眠りについて以降だった。
(うわぁーーん若ぁぁーー! 助けてくださぁーーい!!)
そして、ナイツとキャンディに代わって涼周を寝かしつけたメスナは運の悪いことに、蜂蜜をお腹いっぱい食べる夢に騙された涼周によって、身体中をガジガジされたという……。
その戦場とは、国境最東端に位置するメイセイ隊の持ち場である。
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「…………うむ、ここまでか。全兵に告ぐ! 反転して態勢を整えるぞ!」
緋彗平野の剣合国軍本陣より亜土雷隊が駆け付けて漸く、オグルスは兵を引いた。
引き揚げ方も見事なもので、オグルス隊は被害を最小限に抑えながら、友軍と足並みを揃えられる位置まで下がった。
時を同じくして、ナイト達の前から消え去った覇梁とウォンデも味方本隊と合流する。
本隊を率いてファーリムと相対するフハ・ガトレイは、負傷状態で帰還した二人を出迎えるとともに、予想外の結果に内心驚いた。
「……ウォンデ殿はともかくとして、覇梁殿がナイトに傷を負わされるとは……正直、予想の上をいきました」
「おいガトレイ! “俺はともかくとして” ってどういうこった! 俺は負けちゃいねぇぞ!!」
ガトレイも覇梁も、手当てを拒否するほど元気なウォンデの主張を、徐に無視した。
「…………ナイトではない。うぬの鉞を退けし幼子大将だ」
「……ナイツの弟分、涼周か。……つくづく戦場を変える存在の様ですな」
「うむ。だが、それを実際に知れただけでも充分な収穫と言える。此度の作戦の失敗は、次への布石となろう」
「……次への布石……。……そう言えば覇梁殿。先程、興味深い二人が面白き者の書状を携えて陣中に罷り越しましたぞ」
「……戦は一旦止めだ。その二人を我が前に通せ」
「既に、そこへ」
ガトレイが本陣の隅を手で示せば、そこには貴幽と付人の青年が佇んでいた。
二人は覇梁とウォンデが視線を改めるや、得物を所持した状態でゆっくりと歩み寄り、周りの警戒心など我関せずで堂々と参上した。
覇梁も覇梁で、詳しい事情を知らないにも関わらず、それを許す。
偏にガトレイの目を信じればこそ、訪問者を警戒する必要はないと思ったのだ。
「この二人は張軍から来たようで、かの国の錝将軍 セルファイナ殿より、我が軍の一席に据えられよとの推薦状を持参しています。ここへ来る道中、オグルス殿の戦場に乱入して敵将 メイセイを一蹴したとの事。力量も疑う余地はないかと思われる」
「…………流石は「赤日のセルファイナ」だ。よくよく存じておる」
ガトレイが貴幽の付人より預かっていた書状を差し出すと、覇梁はそれを瞬く間に読み通し、一人静かに納得した。
「……雲が濃くなってきたな。この降りそうで降らぬ曇天は、うぬを顕すか」
眼前に佇む二人を再び見やる時、覇梁の目は特に貴幽を凝視していた。
そして禍々しき狂人の双眸から感じ得るものがあったらしく、ただ一枚の紙切れから下すにしては到底理解できない特権を与えるのだ。
「貴幽……うぬは我と同じ匂いがする。我と同じく、身も心も苦難に塗り潰されて尚、決して屈する事なき面構えだ。
――うぬを我が一輪に加えよう。新たなる六華将・貴幽よ、天命に従い、うぬの責務を存分に果たすがよい」
「……武人を従えし乱世の覇王よ、そなたの期待に応えよう」
突然の新六華将任命に、ガトレイを除いた諸将の悉くが動揺する中、貴幽とその付人は静かに拳を重ね合わせた。
「ガトレイ。次の戦に備えて作戦を練り直す。全軍を楚南まで引かせろ」
「承知致した。早速各部隊に信号を飛ばそう」
ガトレイを経由して全軍撤退の指示が伝わると、覇攻軍は洪水が引くかの如く、速やかに楚南へ向けて撤退した。
方や、本営の復旧と状況精査に追い付いていない剣合国軍は追撃を行えず、彼等は結果として、覇攻軍にしてやられる形となったのだ。
「…………ときに覇梁殿。一つだけ気掛かりな事があるのだが」
退陣の最中、覇梁と一対一の機会に恵まれたガトレイは、不意に生じた疑問を問い質す。
覇梁はただ、堂々とそれに応えてやる。
「言うてみよ。我に答えられるものならば、包み隠さず申そう」
「では遠慮なく。先ず貴幽という男……武将の類いには到底思えぬが、邪教国と専ら噂の張軍より派遣されたとの事で……まぁそういう輩だろうとは理解できる。ただ問題は、今まで何の接触もしてこなかった張軍が、今この時になっていきなり助っ人を寄越した訳だ。我等を助け、剣合国軍に害する事で、張軍に何の利があるというのか。その事に関して、何か存じておられるか?」
「ガトレイ。うぬは博識だ。何を任せても成果を上げる万能の天才であり、我が軍にあって右に出る者はおるまい。然し、それは表の世界にあっての知識。裏の世界について、うぬは思う以上に知り得まい。
――逆に聞くが……ガトレイ。うぬは『神職』という存在を知っておるか?」
「……聞いた事はある。確か上古とも言えるほどの大昔に、世界中で暴れていた魔のものを封印し、それを守護する為に各地に根付いた一族の総称……だったか。長い戦乱によって廃れ、今やどれだけの氏族が存命しているのか定かではないらしいが……」
「奴等には、決して譲れぬ正義がある。大局的に見て、それが善であろうが悪であろうが関係ない。ただ天命に従い、己が責務を果たす。それこそが奴等の掲げる “正義” であり、存在理由である。言うなれば、この覇梁とて同じだ」
「……貴幽は、その “神職” であると」
「仮にそうでなくとも、それに類するものと見て間違いなかろう。そして張軍に関して言えば、神職を敬う者共だ。奴等にとって、他国との外交関係は意味を成さぬ。我等の許へ貴幽を送ったのも、この戦場が貴幽にとっての職場足り得ると判断したからであろう。場所が変われば、奴は承土軍の許に行っていたやもしれぬ。承土軍宛ての書状も、当然のように持っている筈だ」
「ほぅ……そういう事であれば、有り難く使わせてもらおうか」
揺らぎなく語る覇梁を前に、ガトレイは微笑を浮かべていた。
知識欲に餓える彼が、また一つ世界を知った瞬間である。
緋彗平野 剣合国本軍陣地
敵の撤退に伴い、負傷した諸隊が続々と城塞へ帰還した。
オグルス隊に敗北したメイセイ隊もまた、マドロトスによって半壊された門を潜る。
常勝とまではいかないものの、十中八九勝ちを収めてくる誇り高き部隊に、似合わぬ項垂れ具合であった。
「……すまん。今日の戦いが後手に回ったのは、全て俺の責任だ。俺が敵の本隊に踊らされたばかりに、マドロトスの侵入を許し、あまつさえ対峙した敵にすら敗れる始末……。どの様な処分も甘んじて受けよう」
「おぅ! ではそんなメイセイに沙汰を言い渡す!! 回復して間もない状況だが、俺と共に各隊を鼓舞して回るぞ!! 今すぐ酒を持てェェい!!」
「止めなさいアホ」
敗戦の罰を求めるメイセイ。恩赦(?)を与えるナイトと、それに感動する筋肉自慢達。そして夫の乱行を、後頭部チョップで諫めるキャンディ。
肉体的負傷と精神的負傷から早くも復帰したメイセイとキャンディを含めて、今日も剣合国軍は平和で――
「平和な訳ないでしょうが。浮かれるな、って言ってるのよ。話を聞けば、涼周を狙うあの危ない奴が現れたのよね。貴幽……だっけ? あの糞野郎の名前」
話の主導権を握ったキャンディが、ナイト達をはね除けてメイセイの前に立つ。
仲間の慰安も大事だが、今は情報収集と今後の対応策を練るのが先決と考えたのだ。
メイセイもナイトの計らいには感謝しつつ、真剣そのものであるキャンディに応えた。
「あぁ、間違いない。言い訳になるが……奴の力を侮った。戦争や人の情とは無縁の粗忽者ゆえに、俺の敵ではないだろう……とな」
「…………精神的な隙を持たないメイセイ殿ですら敗れるか……。本当、面倒な存在ね」
「……確かに奴は、“俺の心に穴は無い” と評した。だが実際に殺り合ってみて、それ以前に厄介なものが奴の根底にあり、それが力の源となって奴に味方していると感じた。……季の宮で神職どもと殺り合った、あの感覚に似ている」
「……メイセイの剣を以てしても、それ以上は量れず……か。参ったな」
「皮肉にも、実際砕かれたしな。単純な膂力も底がしれん」
ナイト、キャンディ、メイセイの三人は頭を悩ませた。
ナイト親衛隊にして彼自慢の筋肉兵達も静まりかえり、服を着るにまで至ってしまう。
「メイセイ! 重傷を負ったって聞いたけど大丈夫なのか!?」
「ぅ! にぃに号、痛い痛いの飛んでけしにきた!」
そんな中、メスナから「メイセイ負傷」とだけ知らされたナイツが、涼周を肩車した状態で駆け込んできた。
メイセイは一瞬だけ押し黙り、話はこれまでとしてナイツと涼周に向き直る。
「……心配を掛けてすまなかったな。お前達の母親のお陰で、もう大丈夫だ。
――さて、怪我も治ったところで……行くとするか、ナイト殿」
「おぅ、お前達も行くぞ! 両手に酒を持てェェい!!」
『うおおぉぉぉーーー!! 何処までも御供いたしまするぞォォーー!!』
ナイトの号令に従い、筋肉兵達が再び上半身裸となる。
そして予め用意していた酒樽を抱え、嬉々として出陣した。
「……はいはいいつもの鼓舞ですねーー。御武運をーー」
「うむ! 健気なり!!」
付いていきそうになった涼周を留めつつ、ナイツはヤル気のない見送りをした。
キャンディも事ここに至っては何も言わなかった。
だが、それによって良くも悪くも冷めたもとい冷静になったナイツは、ここで一点だけ不審に思う事があった。
(……ウォンデ不在の敵部隊と戦って、メイセイが負傷した? よくよく考えると、おかしな話だ。奴の部隊には、ウォンデ以外にメイセイと戦える武将はいないだろうに)
「……母上。一つだけ聞きたい事があるのですが」
「……私もちょっと疲れたわ。後でもいいかしら?」
「お疲れでしたら他の者に聞きますので、母上は休んでくださって構いませんよ」
「……今は貴方達と一緒に居たいの。いいから、ゆっくりしていきなさい」
「……? ……分かりました。それではお言葉に甘えて、少しだけ休憩します。…………取り敢えず涼周、それ、お酒だから飲んじゃダメだよ」
「ぅぅん、花の絵が書いてあるから絶対蜂蜜」
キャンディの得も言えぬ雰囲気に押され、ナイツの疑問は半強制的に抑え込まれた。
彼の求める答えが明かされたのは、それこそ涼周が眠りについて以降だった。
(うわぁーーん若ぁぁーー! 助けてくださぁーーい!!)
そして、ナイツとキャンディに代わって涼周を寝かしつけたメスナは運の悪いことに、蜂蜜をお腹いっぱい食べる夢に騙された涼周によって、身体中をガジガジされたという……。
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